教育と愛国

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教育と愛国
監督 斉加尚代
製作 澤田隆三、奥田信幸
ナレーター 井浦新
撮影 北川哲也
編集 新子博行
製作会社 映画「教育と愛国」製作委員会
配給 きろくびと
公開 日本の旗 2022年5月13日[1]
上映時間 107分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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教育と愛国』(きょういくとあいこく)は、毎日放送(MBS)が2017年7月に『映像'17』で放送したドキュメンタリー作品である。放送上の正式タイトルは『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』で、2017年度(第55回)のギャラクシー賞でテレビ部門大賞を受賞した[2]

本ページでは、この作品を基に岩波書店が2019年に刊行した書籍『教育と愛国―誰が教室を窒息させるのか』(書籍版)[3]および、追加取材と再編集を経て2022年に劇場で公開されたドキュメンタリー映画『教育と愛国』(映画版)についても述べる[4]。映画版は、日本ジャーナリスト会議の2022年度JCJ大賞を受賞し[5][6]、日本映画ペンクラブの2022年文化映画ベスト1に選ばれた[7]

制作の背景[編集]

2017年3月24日、文部科学省は2016年度の教科書検定の結果を公表した。2018年度から正式教科となる「道徳」の小学校教科書が初めて申請され、8社の24点が検定意見を受けた修正を経て合格した[8]。この際に、東京書籍の1年用の道徳教科書に収録された教材「にちようびのさんぽみち」に付された検定意見が特に話題となった。文科省は子どもが自分の住む地域を散歩して「パン屋」で友だちに出会うという話に対し、学習指導要領にある「国や郷土を愛する態度」に照らして扱いが不適切である、という意見を付け、東京書籍が「パン屋」を「和菓子屋」に変更したことが判明。インターネット上で論争が巻き起こったあげく、全日本パン協同組合連合会が抗議する事態に至った[9][10][注 1]

毎日放送の報道局員(当時)として『映像』(ドキュメンタリー番組の放送枠)向け作品の取材や制作を手掛けていた斉加尚代は、上記の動向をかねてから注視。2017年度の高校向け歴史教科書の検定において、沖縄戦の住民の集団自決に旧日本軍が関与したとされる記述の削除を文部科学省が要請したことや、この要請に出版社が応じたこと[12]が上記の動向と「根っこのところでつながっている」と感じたいう[10]

斉加は、このような問題意識を踏まえて、教科書や初等中等教育への政治介入をテーマにした番組の企画書を2017年5月7日に作成[13][10]。学び舎の歴史教科書『ともに学ぶ 人間の歴史』を採用した麻布中学校を手始めに、番組の制作に向けて取材を進めた。最初の取材先を麻布中学校に定めたのは、「『ともに学ぶ 人間の歴史』には旧日本軍と従軍慰安婦の記述がある」として、大量の抗議ハガキが学校宛てに届いていたことによる。ハガキの多くは匿名で送られていたが、差出人の実名が記されたハガキには、籠池泰典(当時は学校法人森友学園の理事長)や松浦正人(当時は山口県防府市の市長・教育再生首長会議の会長)の名があったという[14]

概要[編集]

テレビドキュメンタリー『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』[編集]

2017年7月30日、『映像'17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』が放送[15]。番組では松浦正人へのインタビューが使われた[16]。同年12月9日、朝日新聞は夕刊の文化芸能欄に、テレビ業界の現況を論じた記事「回顧2017」を掲載。上智大学教授の水島宏明はこの記事の中で、『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』を2017年の報道番組ベスト3の一本に選んだ[17]

2018年3月4日(5日深夜)、『映像'17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』の短縮版が、TBSの報道番組「JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス」の枠で放送される[18]。同年5月、放送批評懇談会主催の第55回「ギャラクシー賞」が発表され、同番組はテレビ部門大賞を受賞した[2]。また、第38回「『地方の時代』映像祭」において放送局部門優秀賞を受賞した[19]。受賞が決まったことを踏まえて、同年6月16日に再放送を実施[20]。もっとも、編成局の担当者が報道局(部署名はいずれも当時)の幹部にクレームを入れるほど、再放送での視聴率は低かった[21][注 2][注 3]

書籍化と映画化[編集]

2019年5月30日、書籍版『教育と愛国―誰が教室を窒息させるのか』が岩波書店から出版される[25]

斉加は2020年8月から9月にかけ、『映像'17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』映画版の制作(映画化)事業の企画書を書き上げ、毎日放送のコンテンツ戦略局へ提出。同年10月1日、日本学術会議推薦した会員候補のうち、菅義偉首相が6人の歴史学者を任命しなかったことが報じられる[26]新会員の任命拒否は大きな社会問題となった。斉加は「学問の自由も危ないぞと切羽詰まる思いで」映画化を急いだが、正式決定までには1年を要した[27][注 4]

映画版には伊藤隆籠池泰典の最新インタビュー、2021年7月に大阪市で開催された「表現の不自由展かんさい」[29]の取材などが追加で盛り込まれた。50分のテレビ版は107分の映画版として生まれ変わった[19][30]。冒頭で、米国の対日国策映画『汝の敵、日本を知れ』(1945年)の一シーンが紹介される。

映画版は2022年5月13日から、日本全国の映画館で順次公開[28]。同年7月18日までの時点で、2万7,000名以上の観客動員を記録した。2021年6月から毎日放送の代表取締役社長を務める虫明洋一は、2022年7月の社長定例会見で、映画版について「(『映像』シリーズとして)40年以上放送しているテレビドキュメンタリーが、『テレビ』という枠から飛び出して、映画の世界で一定の結果を出していることは非常に嬉しい」との見解を披露した[31]

2022年8月31日、日本ジャーナリスト会議は映画版を第65回JCJ大賞に選出した[5][6]。2023年1月、日本映画ペンクラブは映画版を2022年文化映画ベスト1に選出した[7]。同年3月25日、日本映画復興会議は映画版を日本映画復興奨励賞に選出した[32]

2023年4月25日、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭で上映された[1]

出演者[編集]

(出演順)[33]

スタッフ[編集]

  • 監督 - 斉加尚代
  • プロデューサー - 澤田隆三、奥田信幸
  • 撮影 - 北川哲也
  • 編集 - 新子博行
  • 録音・照明 - 小宮かづき
  • 語り - 井浦新
  • 朗読 - 河本光正関岡香古川圭子
  • 配給・宣伝 - きろくびと
  • 製作協力・宣伝 - 松井寛子
  • 製作 - 映画「教育と愛国」製作委員会

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 教科書検定の結果が公表されたときの初等中等教育局局長藤原誠[11]
  2. ^ ラジオとの兼営局だった毎日放送は、この時期から、テレビ番組における平均視聴率が在阪民放5局中4位にまで低迷。また、2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症流行の影響で、同年以降は収益が大きく落ち込んでいた。2021年4月1日には、当初の計画より半年早く、ラジオ放送事業とラジオ放送免許を「株式会社MBSラジオ」に移管。毎日放送はテレビ単営局へ移行するとともに、部署の大規模な改編を実施したため、報道局は同日付で「報道情報局」に改められた。斉加も報道情報局番組センターの一員として再スタートを切ったが、この改編については「ショックを受けたが、『名は体を表す』と言いますよね」と述べている。
  3. ^ 毎日放送では報道・ドキュメンタリー番組に対する局外からの評価がおおむね高く、伝統的に「不偏不党」の方針を番組の制作で貫徹しているものと見られていた[22]。しかし、2022年1月1日放送の新春特別番組『東野&吉田のほっとけない人』に日本維新の会の関係者(当時の代表で大阪市長松井一郎、当時の副代表で大阪府知事の吉村洋文、当時の特別顧問で大阪維新の会初代代表・大阪市長・大阪府知事を歴任していた橋下徹)を揃って迎えたことに対して、政治的公平性の観点から内外で批判が殺到[23]。毎日放送が番組のチェック体制を大幅に見直したり、放送倫理・番組向上機構(BPO)が当該回の放送について、「紙一重」で審議を見送りながらも小町谷育子(当時の放送倫理検証委員長)が全ての放送事業者に向けた「談話」を特別に公表したりする事態に至った(当該項で詳述)。斉加は橋下の大阪府知事時代に(当時の報道局で)府政担当記者を務めていて、記者会見での質問や取材をめぐって、橋下を初めとする大阪維新の会・日本維新の会の関係者・支持者などから記者としての資質ばかりか人格全体を否定されるかのようなバッシングを受けていた。このような経緯から、毎日放送局内での検証作業中に受けた取材には、作業とは無関係ながら「私は(上記の放送自体を)許容できません」とのコメントを出している[21][24]
  4. ^ 毎日放送の「映像」シリーズで放送された作品の映画化は、2012年公開の『生き抜く―南三陸町 人々の一年』[28]、2022年公開の『三本指のレジスタンス』(本作品の劇場公開に先駆けて3 - 4月に開催された「TBSドキュメンタリー映画祭2022」の大阪限定公開作品)に次いで3本目。

出典[編集]

  1. ^ a b 教育と愛国 - IMDb(英語)
  2. ^ a b 映像'17「教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか」”. 放送批評懇談会. 2022年6月11日閲覧。
  3. ^ 教育と愛国―誰が教室を窒息させるのか”. 岩波書店. 2022年6月13日閲覧。
  4. ^ 松本創 (2022年5月18日). “不当な支配に服することなく―映画「教育と愛国」が問うもの”. じんぶん堂. https://book.asahi.com/jinbun/article/14619288 2022年6月11日閲覧。 
  5. ^ a b JCJ賞”. 日本ジャーナリスト会議. 2022年9月5日閲覧。
  6. ^ a b JCJ大賞に「教育と愛国」 斉加尚代監督のドキュメンタリー映画”. 朝日新聞 (2022年9月4日). 2022年9月5日閲覧。
  7. ^ a b 映画「教育と愛国」 日本映画ペンクラブ・文化映画部門でベスト1”. MBS (2023年1月26日). 2023年4月6日閲覧。
  8. ^ “「道徳」教科書、8社24点が合格 16年度検定結果”. 日本経済新聞. (2022-6-). https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG23H3G_U7A320C1000000/ 2022年6月11日閲覧。 
  9. ^ “「パン屋」怒り収まらず”. 毎日新聞. (2017年4月4日). https://mainichi.jp/articles/20170405/k00/00m/040/078000c 2022年6月11日閲覧。 
  10. ^ a b c 仲藤里美 (2022年5月25日). “斉加尚代さんに聞いた:強まる教育への政治介入。この国で今、何が起きているのか〜映画『教育と愛国』”. マガジン9. https://maga9.jp/220525-1/ 2022年6月11日閲覧。 
  11. ^ 文部科学審議官小松氏が就任 初中局長に藤原氏”. 日本教育新聞 (2016年6月20日). 2023年5月30日閲覧。
  12. ^ 山口哲人、原昌志、村上一樹、小松田健一、後藤孝好 (2022年5月6日). “集団自決巡る教科書の記述から「軍の強制」削除<沖縄は復帰したのか~50年の現在地>”. 東京新聞. https://www.tokyo-np.co.jp/article/175647 2022年6月11日閲覧。 
  13. ^ 斉加 2019, p. 7.
  14. ^ 松本創 2021, pp. 98–99.
  15. ^ 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか”. MBSドキュメンタリー 映像'22. 毎日放送. 2022年6月11日閲覧。
  16. ^ “教科書検定制度にも「忖度」政治的圧力あえぐ教科書”. 日刊スポーツ. (2017年7月28日). https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1863533.html 2022年6月18日閲覧。 
  17. ^ 小峰健二「(回顧2017)放送 攻めるネット番組、もたつくテレビ」 『朝日新聞』2017年12月9日付夕刊、文化芸能、4面。
  18. ^ 「教育と愛国 ~教科書でいま何が起きているのか」 2018年3月4日放送”. JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス. TBSテレビ. 2022年6月22日閲覧。
  19. ^ a b 2017年入賞作品一覧”. 「地方の時代」映像祭. 2022年6月13日閲覧。
  20. ^ “ドキュメンタリー:ギャラクシー大賞「教育と愛国」 16日に再放送”. 毎日新聞. (2018年6月11日). https://mainichi.jp/articles/20180611/ddf/012/040/005000c 2022年6月13日閲覧。 
  21. ^ a b 公式パンフレット, p. 12.
  22. ^ 松本創「維新を勝たせる心理と論理」 『世界』2022年3月号、岩波書店、186-197頁。
  23. ^ 後藤洋平、赤田康和、江戸川夏樹 (2022年2月2日). “「維新3人同時はまずかった」 MBS元日特番、トップが放った一言”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/ASQ1S65HFQ1QULZU00L.html 2022年6月13日閲覧。 
  24. ^ “特集ワイド:映画「教育と愛国」が示すもの 「政治の道具」迫る危機 ディレクター・斉加尚代さん”. 毎日新聞. (2022年4月13日). https://mainichi.jp/articles/20220413/dde/012/040/012000c 2022年6月18日閲覧。 
  25. ^ 教育と愛国―誰が教室を窒息させるのか”. 岩波書店. 2022年6月13日閲覧。
  26. ^ 菅首相、日本学術会議「推薦候補」6人の任命拒否 「共謀罪」など批判、政治介入か”. 毎日新聞 (2020年10月1日). 2022年9月2日閲覧。
  27. ^ 公式パンフレット, p. 32.
  28. ^ a b 大田季子 (2022年5月14日). “人気ドキュメンタリー番組MBS「映像」シリーズ映画化第2弾「教育と愛国」5/13(金)から全国で公開”. 朝日ファミリーデジタル. https://www.asahi-family.com/news/31388 2022年6月10日閲覧。 
  29. ^ 笹川翔平、武田肇 (2021年7月18日). “大阪「不自由展」、混乱なく閉幕 津田氏「意味大きい」”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/ASP7L61C2P7LPTIL025.html 2022年6月11日閲覧。 
  30. ^ 映画「教育と愛国」公式WEBサイト
  31. ^ 社長記者会見をオンラインで開催しました』(プレスリリース)毎日放送、2022年7月21日https://www.mbs.jp/kouhou/news/log/20220721_4244.shtml2022年7月21日閲覧 
  32. ^ 日本映画復興賞 Facebook 2023年3月25日”. 2023年5月26日閲覧。
  33. ^ 公式パンフレット, pp. 26–37.

参考文献[編集]

  • 『「教育と愛国」公式パンフレット』映画「教育と愛国」製作委員会、2022年5月13日。 
  • 斉加尚代『教育と愛国―誰が教室を窒息させるのか』岩波書店、2019年5月30日。ISBN 978-4000613439 
  • 松本創『地方メディアの逆襲』筑摩書房ちくま新書〉、2021年12月7日。ISBN 978-4480074454 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]