ノート:都営地下鉄三田線

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都営地下鉄の地上駅の項目について。

意味がわからない。そもそも地下にしなかった根拠が不十分です。 しかも、現在この付近は高架駅。地上駅といったら、普通は地表面の駅ではないのですか。--以上の署名のないコメントは、222.158.173.130会話)さんが 2005年6月26日 (日) 04:28 (UTC) に投稿したものです。[返信]


建設計画で

これは現行の東京都の法律(条例?)では都外に出る場合は1駅間のみしか都外に出ることが出来ないためと言われているが詳細は不明である。

とありましたが、[1]で探したところ、それらしい条例は見つかりませんでした。東京都地下高速電車条例でも第二条で「地下高速電車による旅客運送は、東京都及びその周辺の区域において行う…」とあるだけです。1駅間というのはどこからきたのでしょうか。210. 2005年10月23日 (日) 18:51 (UTC)[返信]

川島令三氏の「全国鉄道事情大研究 東京都心部編」のどこかのページで見た記憶があります。<上記条例(目蒲東急之介 2005年12月14日 (水) 16:56 (UTC)[返信]

その件ですが、上記の本の都営新宿線のページに書かれていた記憶があります。211.122.217.236 2006年1月3日 (火) 23:50 (UTC)[返信]

「志木駅でも折返し可能ではあったが当時の同駅には引上線がなかった」とありますが、志木は昔から区間運転の終点駅でおそらく昭和40年当時に引上線は存在していたんじゃないでしょうか?複々線化後に設置というのは明らかに間違いなので削除しました。誰か詳しい方フォローをお願いします。222.151.185.83 2006年3月11日 (土) 09:06 (UTC)[返信]

延伸計画が記載されていますが、どの程度の情報なのでしようか?--以上の署名のないコメントは、219.42.217.45会話)さんが 2007年1月1日 (月) 13:23 (UTC) に投稿したものです。[返信]

三田駅が終着駅?[編集]

本文に「路線名の由来は名称制定時の終着駅である三田から」と説明されていますが、三田駅が「終着駅」なのですか? どちらかというと新高島平駅のほうが終着駅っぽそうですが。59.128.64.174 2007年11月18日 (日) 11:57 (UTC)[返信]

「路線名の由来は名称制定時の起点駅(開業部分)である三田から」もしくは「路線名の由来は経由地である三田から」あたりが適当でしょうか。他の方の意見も伺いたいですね。--X_nishi 2007年11月19日 (月) 03:50 (UTC)[返信]

もちろん、三田駅が「終着駅」です。あまりにも、平成の文献は間違いが大過ぎます。きちんと、昭和の文献のみ利用しなくては信じられません。昭和の文献を引用し、はじめて平成の資料を補足で付け加えるべき。--以上の署名のないコメントは、219.109.196.220会話)さんが 2019年12月31日 (火) 00:49 (UTC) に投稿したものです。[返信]

西高島平以北の失効した延伸計画について[編集]

2007年12月3日、IPユーザー220.109.87.205さんにより、新大宮バイパスがらみの記述が修正されました。コメントは「事実誤認的な記述を修正」だそうです。これについて、誤認であるというならば、執筆者が正しいとしている情報について出典を求めます。

参考までに、国会議事録から関係情報を引用しておきます。

「現在の、まあ具体的な話で恐縮でございますが、たとえば、高島平でとまっている六号線を、何らかの形で荒川を渡って埼玉県に持っていく。あるいは赤羽でとまる予定の七号線を、やはり荒川をくぐって埼玉県の東北本線の東側に持っていくというふうな方法によって、それをできれば私のほうの東北線、高崎線につなぎますれば、ちょうどいまの営団の東西線と私のほうの連絡と同じようになる。非常に都心に直通できて、しかも、郊外から乗りかえなしで来られるというようなことになりますので、私は、都市交通審議会のメンバーの一人といたしましても、そういう方法が一番いいんじゃないかというふうに思っております。」
参議院予算委員会 - 4号 昭和48年03月16日 

このように、三田線は(少なくとも荒川を渡るまでは)地下ではなく地上方式で延伸されることを、計画の当事者である都市交通審議会のメンバーが国会で発言しています。7号線の延伸区間について、荒川を「渡って」ではなく「くぐって」と言い直していることからも分かるとおり、三田線の「荒川を渡って」は、単に「通り過ぎる、越える」という意味ではなく明確に地上方式で川を渡ることを示しています。1週間以内に提示の無い場合は元に戻させていただきます。Alt_Winmaerik 2007年12月4日 (火) 12:26 (UTC)[返信]

件の表現に修正された方から出典が出されなかったため、差し戻しました。Alt_Winmaerik 2007年12月19日 (水) 15:05 (UTC)[返信]
202.223.109.49‎さんにより、何ら出典が示されないまま、上記IPユーザー220.109.87.205さんとまったく同じ編集がなされましたので、差し戻しました。同一人物なのかどうか知りませんが、編集する前にノートの議論に参加しきちんと出典を示してください。よろしくAlt_Winmaerik 2007年12月27日 (木) 13:51 (UTC)[返信]

大宮国道事務所が刊行した「大宮国道二十年史 さきたまの道」に、「長期的計画で自動車専用道路を具備することを前提に新大宮バイパスを設計した」とあるので「事実誤認的な記述を修正」と致したのです。さらに、自動車専用道路のランプの設置位置も記してあり、ほぼ計画通りに設置されているのです。新大宮バイパスの中央分離帯に25年近く着工しなかったために、一種の『都市伝説]となったのでしょうか。--60.87.63.17 2007年12月31日 (月) 05:36 (UTC)[返信]

コメントありがとうございます。貴方は「事実誤認的な修正」とコメントされた方とIPが異なるので同一人物かどうか判断できかねますが(なぜアカウントを取らないのでしょうか)、審議会の委員が国会で発言していることについてはどうお考えですか? 都市伝説を信じて国会で発言しているとでも仰りたいのでしょうか? 貴方の引用した部分は、単に道路建設用地を確保したという記述に過ぎず、三田線が地下方式で延伸される証左とは言えないと思いますが? 地上が道路なら鉄道は地下に違いないというのは貴方の判断に過ぎず、検証可能性は満たしません。
またついでに指摘しておきますが、貴方は2007年10月16日に都営三田線の記事に対して、「答申」を「東京都交通審議会の答申」に修正されています[2]が、貴方の仰る「東京都交通審議会」なるものは実在するのでしょうか。文脈上ここでいう「答申」とはどう考えても(当時)運輸省配下の審議会であった都市交通政策審議会による答申であり、東京都は関係ありません。上の案件についても同じことが言えるのですが、記事を書く際は、ご自身の判断を持ち込まないようお願いいたします。事実のみ書いてください。Alt_Winmaerik 2007年12月31日 (月) 07:21 (UTC)[返信]

「東京都交通審議会」は、浦和市が刊行した「浦和市史」の「通史編Ⅳ」に記述されております。 公文書に異議を唱えるなら、実際にご覧になることをお勧めします。 併せて、戸田市が刊行した「戸田市いまむかし」と「戸田市史年表」をご覧頂けたら幸いです。 なお、これは「失効」ではなく「削除」であります。建設免許の許可が出されておりませんので…。--202.223.109.49 2008年1月5日 (土) 05:08 (UTC)[返信]

どうも、私が何に対して出典を求めているのかがご理解いただけていないようです。まず、こちらが質問していることにきちんと答えていただけますか? 都市交通審議会のメンバーが国会で三田線の延伸方法について発言している内容について、です。都市伝説と仰るからには相応の根拠がおありなのでしょうから。
次に、貴方が上で仰っている「長期的計画で自動車専用道路を云々…」という記述がその文献に載っているという貴方の主張は理解していますよ。そのうえで、貴方が記事本文に書いた、三田線を「地下」方式で延伸するという文言がその文献に載っているのかどうかを聞いています。載っているのなら検証可能性を満たしますから堂々と「地下で」と書けますし、載っていないなら書けません。ご存知とは思いますが、これはウィキペディアの記事を書く上では基本的なルールです。
「実際にご覧になることをお勧めします」というのもウィキペディアのルールを誤解されています。出典を示す義務は記事を書き加えようとする側(今回「地下で」という文言を加えようとしている貴方)にあるのですから、貴方がその文献の然るべき部分をきちんとこのノートに引用して、本文にも出典を示して記事を書かなければならないのです。
そして、現在貴方が提示した出典の貴方が引用されている部分だけを見た場合、「新大宮バイパスを、将来自動車専用道路を設けることを考慮して設計した」という出典にはなりますが、三田線を地下方式で延伸する出典にはなっていない、という点を強調したい。貴方が本文に書き加えた「地下で」というのは、地上が道路ならば鉄道は地下しかないという貴方の判断に過ぎないということになってしまいます。可能性としては、予算次第で大阪市営地下鉄中央線のように高速と地下鉄を二重高架にだってできるでしょう。高速がある=鉄道は地下、は自明ではないのです。同じ事を何度も申し上げるつもりはありませんので、上で太字にした部分をもう一度よくお読みいただければと思います。
ちなみに、本文の該当部分の答申というのは都市交通審議会の出したもので東京都交通審議会ではありません。東京都交通審議会と修正するのであれば、答申の内容部分についても東京都交通審議会の出した答申の内容に修正しなければ辻褄が合わなくなります。公文書に異議を唱えているわけではなく、「都市交通審議会」を「東京都交通審議会」に書き換えるだけで、肝心要の答申の中身にまったく手をつけていないことが問題だと申し上げているのです。Alt_Winmaerik 2008年1月8日 (火) 13:51 (UTC)[返信]
私が上記で質問してから10日になりますが、IPユーザーさんから何ら回答がありませんので、明後日20日日曜23:59までに出典の提示がない場合は「地下方式で延伸の類の文言は削除」で確定させていただきます。ちなみに、衆議院予算委員会第五分科会 - 5号(昭和46年02月24日)や、参議院建設委員会 - 2号(昭和45年12月03日)では、国鉄総裁や建設大臣が二重高架方式を示唆する発言をしております。したがって「三田線は、新大宮バイパスに沿って地下で延伸」との文言は、余程の根拠がある(信頼できる出典がある)場合を除き書くべきではないと思われます。ご参考まで。Alt_Winmaerik 2008年1月18日 (金) 03:17 (UTC)[返信]
出典の提示が無いため、各種修正を行いました。Alt_Winmaerik 2008年1月20日 (日) 14:57 (UTC)[返信]
「大阪市営地下鉄中央線のように高速と地下鉄を二重高架」だとは、あなたは外環道のことをお忘れですね。美女木ジャンクションの構造をご存知でしたらお分かりでしょう。それに、新大宮バイパスが西浦和付近まで荒川に沿うように建設された事により、二重高架であったら運休するリスクを考えれば、自ずと地下となるのです。そして、東京大宮電気鉄道の記述・埼玉県営地下鉄構想の記述を削除しても、戸田・蕨・浦和・与野・大宮の各市の市史に記述があるのですよ。あなたがこれらを否定しても、揺るぎない事実なのですから。--60.87.63.17 2008年2月12日 (火) 11:34 (UTC)[返信]


(インデント戻します)どうにもご理解いただけていないようです。

>「自ずと地下になるのです

いいえ、なりません。それは貴方の意見です。そういったものは独自の調査と呼ばれ、ウィキペディアでは排除されることになります。

>「埼玉県営地下鉄構想の記述

「埼玉県営地下鉄」は、国の計画ではなく沿線自治体の構想ですよね。6号線の西高島平以北への延伸計画は、20年以上前に都市交通審議会の答申から削除されております。運輸大臣の諮問機関が出す答申にも存在せず、建設の目処もたっていない、一部自治体の構想する路線の記事を、三田線の建設経緯の中に書く必要があるのですか?

また再三に渡り申し上げているように、国の計画では地下方式との文言はなく、むしろ国会で都市交通審議会委員や国鉄総裁等が地下化はコストがかかるからとの理由で高架方式を示唆しています。無論、これらは美女木ジャンクションだの外環道ができるずっと前の話ですから、それらを考慮しているかどうかは存じませんが。それに外環道やジャンクションの構造等々はこの議論に直接影響しません。なぜならそれらを考察したところで、それは地上方式での延伸が物理的に可能かどうかについての各自の判断でしかなく、独自の調査にあたるからです。もしそうではなく、ウィキペディアにおける検証可能性を満たす資料をお持ちだいうことでしたら、都営三田線(もしくは都市交通審議会答申における6号線)を地下方式で延伸するとの文言の掲載された資料と、掲載部分の引用をお願い致します。これはだいぶ前から貴方にお願いしているわけですし、資料がでればもっと建設的な議論ができると思うのですが? 資料を出さずに「自明だ」といい続けても平行線だとは思いませんか?Alt_Winmaerik 2008年2月15日 (金) 09:46 (UTC)[返信]

屁理屈を言い続けても、現地を視察していない・地域史を無視される方はこの場から退場して頂けませんか?地域を知る方に記述を任せることが出来なければ、あなたはとても心の狭い人とお見受けいたします。屁理屈に自身がおありならば、川島令三氏に上申されるのがよろしいでしょう。--202.223.109.50 2008年3月7日 (金) 07:43 (UTC)[返信]

IPから上記と同一ユーザーと見受けられますのでその前提で指摘させていただきます。まずあなたはウィキペディアで記事を書く前に、Wikipedia:個人攻撃はしないWikipedia:議論が白熱しても冷静になどを熟読する必要がありそうです。前者には、個人攻撃の例として「個人の性格や経験を決めつけて攻撃する。「あなたには人の心がわからない」など。」とあります。あなたの発言にある「とても心の狭い人」「屁理屈に自身(→自信?)がおあり」「現地を視察していない」「この場から退場」などの言説は、すべて個人攻撃の典型例と言えるでしょう。こういった発言を続けるのであれば、あなたの発言はWikipedia:投稿ブロックの方針の2項「他者を誹謗中傷する内容」に該当し、投稿ブロックの対象となります。まずそれを自覚されたほうが良いでしょう。
また同時に、ウィキペディアの基本方針である「中立的な観点で書く、検証可能性を守る、独自研究は載せない」もあわせて確認のほどを。あなたの発言では「現地を視察していない」とありますが、私は新大宮バイパスの中央に首都高が着工される前からその道路を何度となく通過しておりますが、いったい何を根拠に仰っているのでしょうか。それにウィキペディアは現地視察結果を記述する場所ではありません。私はウィキペディアのルールに従って記事を書いています。しかしながら、あなたからの退場命令はウィキペディアのルールに基づいていませんので、従うつもりもその義務も負いません。今後も執筆を続けますのであしからずご了承ください。Alt_Winmaerik 2008年3月18日 (火) 16:32 (UTC)[返信]
都市交通審議会の答申路線は「今後整備について検討すべき路線」程度のものです。「計画」という表現を「答申」に改めさせていただきました。222.13.35.50 2008年7月14日 (月) 05:26 (UTC)[返信]
「都市交通審議会答申第15号」(1972年)には、「今後整備について検討すべき路線」として、都営地下鉄6号線の高島平‐戸田市西部‐浦和市西部‐大宮市西部の路線構想が描かれていますが、具体的な建設ルートの記述はありません。本文にある「新大宮バイパスの上下線間にあった当時未開通の自動車専用道路予定地(現在の首都高速道路5号池袋線)を活用して北上」の出典を明示していただけないでしょうか? よろしくお願いします。222.13.35.17 2008年7月14日 (月) 18:02 (UTC)[返信]
出典ならばすでに示されていますが? 衆議院予算委員会第五分科会 - 5号 昭和46年02月24日。すでに提示されているのですから、まずはそれを確認するのが筋でしょう。国会議事録はネットで誰でも自由に閲覧できます。それからあなたが2008年7月14日に書き換えた部分は元に戻させていただきました。理由は、計画と答申は別物だからです。「○○という計画がある」のと「答申に○○と書かれている」では内容がまったく異なります。国土交通大臣の諮問機関である運輸政策審議会の出してくる答申と、一地方自治体レベルの構想では、重みがまったく異なります。Alt_Winmaerik 2008年7月24日 (木) 04:55 (UTC)[返信]


<延伸計画> 三田線の大宮方面の延伸計画は、過去、長期整備路線構想として管轄省庁が発表した記憶があります。(大手新聞) また、電話で、都交通局の担当部署に大宮延伸について、問い合わせことがありますが、その当時は、 交通局内部でも、志村坂上から大宮延伸は、調査・検討されていたようです。 全て過去の話ですので、悪しからず。--以上の署名のないコメントは、122.21.233.75会話)さんが 2008年3月18日 (火) 03:47 (UTC) に投稿したものです。[返信]


川島令三氏が2008年10月20日に講談社から刊行した、「図解 日本三大都市 未完の鉄道路線」を一読してみてみましたところ、地下案であったと記述しております。この道のオーソリティーも高架案を否定したことに対してどう思われておりますか?--202.223.109.50 2008年12月19日 (金) 08:23 (UTC)[返信]

(1)あなたは上で私に対して暴言を吐いた後、何の謝罪もなしに議論を続けようとしていますね。その神経にはあきれるばかりです。まずはけじめをつけてください。議論はそれからです。
(2)国会議事録を確認しましたか? 検索キーワード六号線、三田線などで上にある審議会委員の発言などはすべて検索できます。高架案についても確認してください。
(3)川島令三氏が「この道のオーソリティ」なのかどうか、あるいは氏の著書がウィキペディアでいう「信頼できる情報源」に値するのかどうかについては、まず議論が必要でしょうね。とりあえず前から口酸っぱく言っているように、どう書かれているのかを具体的に引用してもらわないと議論になりません。Alt winmaerik 2009年2月14日 (土) 17:27 (UTC)[返信]


「何らかの形で荒川を渡る」は、「何らかの形で」に着目すれば、「高架」とも「地下」とも確定していないのだから、この一文を以て三田線延伸につき「高架」と断じ「地下」を排除するがごときは、軽率の謗りを免れないだろう。 続けての「やはり荒川をくぐる」も、「やはり」というのは「同様に」という意味だから、むしろ「やはり(三田線と同様に)荒川をくぐる」との意味にも解釈できるのであり、この一文を以て三田線延伸につき「高架」以外の解釈の可能性を排除することも、明らかな誤読であると言わねばならない。 結局のところ、この一連の発言は三田線および7号線を荒川の向こうに伸ばすことに主な関心があるのであり、高架か地下かについては必ずしも確定的な意味が込められているものではないというのが、文言に忠実な解釈と言える。 (なぜか、投稿記録が削除されていたので、再投稿)--以上の署名のないコメントは、61.25.227.34会話)さんが 2009年2月26日 (木) 10:51 (UTC) に投稿したものです。[返信]

どうやら、この議論に参加しているIPユーザーは、他人の提示した出典にはまったく目を通さず、自身は出典を示さず、ただ自説を押し通すことにしか関心が無いようです。こんな議論ともいえないやり取りにいつまでも時間をかけるつもりはありませんので、これより下に書いてあることをしっかり読んでください。
まずIPが書いたことに反論しておきます。件のIPは、ネットにアクセスできる者であれば誰でも検索できるはずの国会議事録すらまともに読んでいないようなので、長くなりますがより前の部分からあらためて引用しておきます。

>「私はやはり、いつか御答弁したと思いますが、東京の都営でも、あるいは営団地下鉄でも、これを延ばすということが一番いい問題じゃないか。いまの東北線、高崎線の沿線を見ますと、もうあそこにさらに線路をふやすということはほとんど私不可能だと思います。したがいまして、やはり新しいところを鉄道線路によって開拓していくという意味で、ちょうどいい例が営団の東西線と私のほうの中央線並びに総武線を直通運転いたしました。これは全然新しいところに線路をつくって、非常に新しい通勤地帯を開発し、また、いままでの沿線と全く関係のないところでございますので、いままでの駅に対する影響も非常にいい影響であるという意味で、私がかねがね申しておりますのは、現在の、まあ具体的な話で恐縮でございますが、たとえば、高島平でとまっている六号線を、何らかの形で荒川を渡って埼玉県に持っていく。あるいは赤羽でとまる予定の七号線を、やはり荒川をくぐって埼玉県の東北本線の東側に持っていくというふうな方法によって、それをできれば私のほうの東北線、高崎線につなぎますれば、ちょうどいまの営団の東西線と私のほうの連絡と同じようになる。非常に都心に直通できて、しかも、郊外から乗りかえなしで来られるというようなことになりますので、私は、都市交通審議会のメンバーの一人といたしましても、そういう方法が一番いいんじゃないかというふうに思っております。」

これを読めば、「やはり」にIPユーザーの言うような意味が無いことは明白です。IPユーザーの指摘は単なる曲解で揚げ足取り以外の何者でもない。また別の出典も提示しておきます。

>西野 保行「高島平という街と都営三田線 -田圃からの大化け-」『鉄道ピクトリアル』1996年8月号

>「…将来の(埼玉方面への)延伸を考えて、新河岸川および荒川の下をくぐるような縦断面を設定した場合は、あまりに深くなり、またこの荒川が蛇行した跡の低地部分の地下水位を考慮すると、かなりの難工事と工事費が見込まれることが解った。そのため、先の段丘崖(志村坂上駅の北側にある台地崖線・荒川へ向かう急坂)から地上に顔を出し、高架線で行くことが検討されたこの場合のルートは、中仙道沿いでは地価も高く、支障物件も多いことから、いったん志村三丁目付近まで西側にルートを振り、これから北上して蓮根を経て新河岸川を渡る直前(蓮根橋南詰)に志村駅を設け、ここを終点とするものであった。」

このように、荒川を地上方式で渡りたいがために、わざわざ用地確保の容易な西側に線路を曲げてルート変更をしていることは紛れも無い事実です。三田線が志村坂上から志村三丁目を経由して蓮根に至る過程で急なS字カーブがあるのはこのためです。都心から放射状に伸びる地下鉄路線で、ほぼ同じ時期に計画もしくは着工されたものには千代田線東西線都営新宿線などがありますが、いずれも荒川手前までは地下区間、荒川手前で35‰などの急勾配により地上に出て、トンネルではなく橋梁で川を越えていることからも、川をくぐるのが如何に困難でコストが高くつくのかが分かるというものでしょう。ほとんどが地下区間の都営新宿線も東大島 - 船堀間で荒川を渡るだけのために地上に出ているのです。
また時の運輸大臣のこのような発言もあります。

>国会議事録より 参議院建設委員会 - 2号 昭和45年12月03日

>○瀬谷英行

>まず、道路と鉄道の問題なんですけれども、いま埼玉県、神奈川県、千葉県といったような東京周辺地域は人口が激増しております。(・・・中略・・・)ところが、道路の建設は必ずしもそれに伴うように進捗しておりません。この交通問題を解決するためにはどうしたらいいか、という問題なんでありますけれども、一つの方法として、道路と鉄道をある程度併用するという構想はどういうものかということなんです。ただいま大宮のバイパス道路というのは、幅約四十メートルのものが工事に着手をしております。このまん中は高速道路用に充ててあるわけです。ああいうところ、地下鉄を東京都からそのまま延長をしてきて高架鉄道に利用するといったような方法は考えられないものだろうか。専門の技術屋さんの書いた本によると、まん中に二メートルぐらいの柱を建てると複線の高架鉄道を上に走らせる構造は技術的に可能であるということが出ているわけです。だとすると、かなりの幅を高速道路用に取っておるけれども、もし高速道路に利用するならば、これを二重構造にして電車を二階に自動車を三階にと、こういう方法もできるのではないかと考えられるわけです。(・・・後略)

>○根本龍太郎運輸大臣

ただいま瀬谷さんが言われたことは、非常に重要な問題だと考えております。(・・・中略・・・)地下鉄、高速自動車道路については帝都高速度交通営団からも申し出がございません。また運輸省からもございませんので、具体的な協議には入っておりませんが、もしそういうことが向こうのほうの計画ができてこちらに協力を求められますれば、御指示の線に沿いまして、われわれは十分にこれが検討の対象にしたい。ただ、あそこは非常に金がかかるのです。荒川をまたいで行きますから、御指摘のように高架軌道ならいいけれども、地下鉄になりますと非常に多くの金がかかるので、むしろ地下鉄よりは御指摘のように高架軌道のほうがいいのではないかと考えております(・・・後略)

これを読んでもまだ自説に固執するつもりでしょうか。
なおIPユーザーが主張している川島令三ですが、彼の著書である「全国鉄道事情大研究 東京北部・埼玉篇〈2〉」掲載の6号線延伸計画を見ると、「埼玉県の新大宮バイパス沿線の自治体が現在構想しているものの実現の目処のたっていないプラン」の一つとして記述されています。そしてこのプランは、1960年代に都市高速鉄道6号線(のちの三田線)が計画された当時の都市交通審議会の出した答申や計画との連続性が無い、まったく別の話です。このノートで最初から議論しているのは、1985年の答申でとっくに削除されている6号線の計画・建設段階の埼玉延伸の話です。件のIPユーザーは、2007年12月27日の差し戻しで、西高島平以北の延伸が地下方式だということを「建設経緯」の節に書こうとしていたのだから、現在の自治体の構想を書こうとしていたわけではないことは明白です。つまり「建設経緯」に加筆する以上、現在の自治体の構想ではダメで、上の鉄道ピクトリアルのように、6号線計画・建設時の埼玉方面延伸の計画を記した文献でなければ出典にはならないということです。もちろん、川島氏がこの両者の区別をできているのかどうかというのは、また別の話ですけど。
それから上のIPユーザーはウィキペディアの基本的なルールをもっとよく知るべきです。IPユーザーは、議論を通じて自説の根拠足りうる出典をろくに出さず、相手の揚げ足取りに終始しているし、ノートの議論を通じて何をしたいのかまったく不明瞭です。本来ノートページとは、Help:ノートページ#ノートページの用途にもあるように、記事本文をどうまとめるのかに関する調整の場です。リンク先にはこうあります。
  • 「一般に、記事のテーマについての自説や個人的感想を述べるため「だけ」にノートページを利用することは歓迎されていません。あくまで、主ページの記事がどうあるべきかという観点から発言するようにしてください。」
建設経緯の内容については、延伸が地上か地下かというのは三田線にとっては非常に瑣末なことなので、1年以上前に書いた内容(地上とも地下とも言及しない表現)で十分です。議論が目的ならウィキペディアではなくどこかの掲示板やblogでやったらどうでしょうか。--Alt winmaerik 2009年3月4日 (水) 16:19 (UTC)[返信]

感銘力を有する根拠を欠く書き込みが散見されるので、尋ねます。 「他人の提示した出典にはまったく目を通さず」…この根拠を示してください。 「自身は出典を示さず」…この主張の正当性を証明してください。他人の出典解釈の文理上の誤りの指摘に不要かつ無関連の出典を持ち出すのはいたずらに議論を混乱させるだけと当方は考えます。 「自説を押し通すことにしか関心が無いようです」…この根拠を示してください。 「こんな議論ともいえないやり取り」…この主張の正当性を証明してください。さしあたり、あなたの定義する「議論」が不明確です。 「これを読めば、「やはり」にIPユーザーの言うような意味が無いことは明白です。IPユーザーの指摘は単なる曲解で揚げ足取り以外の何者でもない。」 …この主張の正当性を証明してください。「意味が無いことは明白」とする根拠、「指摘は単なる曲解で揚げ足取り以外の何者でもない」とする根拠、ともに示してください。 「IPユーザーが主張している川島令三ですが」…私はそのような主張をしていませんので事実無根です。事実無根の書き込みですので撤回及び謝罪を求めます。 まずは以上につき回答してください。 当方を「粘着IPユーザー」とするかのような書き込みを見つけました。この書き込みについて知るところを示してください。なお、当方に対する誹謗中傷であることが明らかとなった場合は、書いた人物に対して撤回と謝罪を求めます。 当方を落胆させる書き込みは他にもありますが、それは後日、反論を行う予定です。--以上の署名のないコメントは、60.62.137.33会話)さんが 2009年3月5日 (木) 09:06 (UTC) に投稿したものです。[返信]

経路図について[編集]

だいぶマシになりましたがまだまだ大手町付近が複雑で分かりにくいです。東京駅は直接連絡はしていないので、経路図から外してしまった方がいいように思います。また、有楽町線の有楽町駅は連絡駅で駅名こそ違うものの他路線の日比谷駅より近いぐらいですから、日比谷線日比谷駅と同様の表記にしてしまっても良いかと思います。--↑PON(ウエポン) 2008年5月9日 (金) 12:43 (UTC)[返信]

地下鉄線乗換はアイコンに置き換えることでかなりスッキリすると思います(私が最近作成した有楽町線南北線の経路図はそのように表記しています)。確かに現状の経路図が見づらいことは私も同意です(三田線に限らず他の地下鉄路線も)。また有楽町駅の日比谷駅への統一にも賛成です。東京駅の表記について最初は削除反対の考えでしたが、現状の表記は中途半端で、かと言って正確に東京駅の連絡を書こうとするとそれだけで膨大な量になり余計見づらくなるだけだと思いますので、それならばいっそ削除してしまっていいと思います。--Mapio 2008年5月9日 (金) 15:41 (UTC)[返信]
大手町駅と東京駅との連絡運輸を行っているのは実質東西線だけなので煩雑なのであれば東京駅の部分は消していいと思います。
また、都営三田線新板橋駅は元々JR線の板橋駅と連絡運輸をしていたようですが、それに関する記載はどうするべきでしょうか?--鉄道趣味人 2008年5月16日 (金) 16:31 (UTC)[返信]
東京駅削りました。南北線以外の地下鉄路線を削除するのも検討課題ですね。--Maxima m 2008年9月21日 (日) 09:06 (UTC)[返信]

東急池上線への乗り入れ中止の経緯[編集]

乗りものニュース(https://trafficnews.jp/post/116313)によれば、三田線から(泉岳寺経由での)池上線への乗り入れが中止された経緯として、交通局が東急の意向に反する方針を取ったことが挙げられています。一方、本ページの当該箇所は交通局の視点に偏った記述がなされていながら、特段の出典は示されていません。この点を補うか、記述を改めるかすべきであるように思われます。 オムニバランス会話2022年3月15日 (火) 04:30 (UTC)[返信]