ノート:キリヴィラ語

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独自研究の疑い(文例について)[編集]

 自身が行った記述に関して、独自研究の疑いが浮上して参りました。まず、私自身の動機から最初にお話しし、その後掲載へと至った根拠をご説明致します。

 記事とはそれを記す書き手のみではなく、読み手という存在があってこそ成り立つものでございます。私はこの言語について読者の理解の助けとなる事を期し、ただ音素や動詞組織に関する表を掲載するのみならず、具体的な例文を用いて説明を行う方法を取りたいと考えました。さてこの言語について詳しく述べようとしますと、主な情報源はグンター・ゼンフト氏の著作(Senft 1986)に限られて参ります。しかし未だ御存命のゼンフト氏による著作からそのまま例文を引用したりすると場合によっては著作権法に抵触する恐れがあり、非常に抵抗がございました。そこで、1910年代後半に実際にトロブリアンド諸島まで調査に赴きこの言語に接したマリノフスキの手による著作(Malinowski 1948)からの引用であれば著作権に関する問題は起こらないと考えた次第でございます。マリノフスキの論文においては、

"Bu kusisusi bala [You remain, I shall go]"--the usual form of "Good by."

このような全体的な意味と逐語訳を両方載せた箇所が存在し、これは解説用の素材としてうってつけであると判断致しました。

 さて、Senft 1986にはキリヴィラ語-英語/英語-キリヴィラ語辞書が附属していますが、-sisu- 〈在る、居る〉の項に成句としてkusisu balaという〈さようなら〉を意味する表現が掲載されていました。しかし「動詞」節の表をご覧頂ければお分かりになるかと存じますが、この状態には〈貴方は居る、私は去る〉という様に一対一で用いる事が含意されています。キリヴィラ語はロシア語などと同様に動詞の形が人称の違いにより変化する言語であり、挨拶のような定形文についても例外ではないであろうと判断致しました。 上記の英文中のYouに関して〈二人称単数〉であるのかそれとも〈二人称複数〉であるのかという疑問が生ずるやもしれません。しかし、この科白が登場した際の状況は「一人の人物が他人数に対して言葉を発する」というものでした。よってこのYouは〈二人称複数を表す代名詞〉で確定します。そしてここで「動詞」節の表のうち二人称複数の欄に目を移しますと「2」の列に"buku- -si"という欄がございます。これは真ん中に動詞の語幹をはさむ形です。そして主に未来における動作を表す相に属します。よって英文による逐語訳も併せて考慮致しますと、bu kusisusi balaとは先に挙げたkusisu, balaや相の違いにより変形したものとの解釈し得る、という結論を導き出した次第でございます。


 以上が、私が文例を用いた解説を記すに至った経緯でございます。今から振り返りますと、私は慎重な態度で臨みつつ記事を発展させる事を企図するも、結局は過程において手段を誤ったという感が否めません。具体的には、「複数の文献に記述されている要素を組み合わせて結論を導き出す」という操作が独自研究に抵触している可能性に本日になって漸く気づいた次第でございます。この文を下地とした分析的な記述は、どなたかご高名な方――とりわけ言語学者――が指摘を行った形跡が確認できない限りはたとえ真実であったとしても掲載してはならないものであったのかと考えますと、全く落ち着かなくなって参りました。私は以上に記しました通り誠意をもって慎重に執筆に臨んで参りましたつもりでございます。よって、自身の手による記述を維持していきたいというのが本音ではございます。しかし、その「誠意」はあくまでも主観にしか過ぎないものです。結局私は独り善がりに陥りやすい人間に過ぎない、という自覚がございます。よって客観性を確保すべく、当記述の是非に関して皆様の裁定を伺いたい所存でございます。いかがでしょうか。--Eryk Kij会話2015年8月23日 (日) 16:13 (UTC)[返信]

本件を査読依頼に提出しご意見を募りました結果、本記述は無難なものに差し替える事と致します。お目汚し失礼致しました。--Eryk Kij会話2015年10月29日 (木) 07:59 (UTC)[返信]