アストンマーティン・ヴァルキリー

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アストンマーティン・ヴァルキリー
概要
製造国 イギリスの旗 イギリス
販売期間 2021年 -
設計統括 エイドリアン・ニューウェイ
マレック・ライヒマン
ボディ
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドア スポーツカー
エンジン位置 ミッドシップ
駆動方式 RWD
パワートレイン
エンジン コスワース 6,500 cc V型12気筒
最高出力 1,160 PS / 10,500 rpm
最大トルク 900 Nm / 6,000 rpm
変速機 リカルド7速セミAT
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ヴァルキリー (Valkyrie) は、イギリスの自動車メーカー、アストンマーティンが製造・販売する、高級スポーツカーハイパーカー)。フォーミュラ1 (F1) のレッドブル・レーシングとの共同プロジェクトとして開発された。

ヴァルキリー (Valkyrie) とは北欧神話に登場する、戦死した英雄の魂を導く半神ワルキューレWalküre)」の英語表記である[1]。アストンマーティンの特別なモデルに受け継がれてきた”V”のイニシャルが与えられている[1]

概要[編集]

ヴァルキリーはアストンマーティンに宿るスポーツカーの伝統と、レッドブルが持つF1の先端技術を融合した究極のロードカーとして企画された。開発はQ by アストンマーティン・アドバンスド、レッドブル・アドバンスド・テクノロジーズ、AFレーシングAGの協力により行われ、アストンマーティンのマレック・ライヒマン、レッドブルのエイドリアン・ニューウェイという双方のデザイン責任者が指揮している[2]

「空力の鬼才」としてF1マシンをデザインしてきたニューウェイ自身、ロードカーの設計は長年の夢であったという[3]。2014年8月、F1シーズンの夏季休暇中にアイディアが具体化し、9カ月間のシミュレーション作業を経て、自動車メーカーとの提携を選択した[4]。アストンマーティンをパートナーに選んだのは、お互いのファクトリーが30マイル(約48 km)ほどしか離れていなかったことと、インフィニティとのパートナーシップを通じて、アストンマーティンの経営陣と面識があったためである[4]

2016年3月にプロジェクトを正式発表し、諸々の情報公開を経て、2019年内の納車開始にむけて準備が進められたが、開発期間の延長や1台当たり2,000時間以上の製作時間を要することから、デリバリー開始は2021年までずれこんだ[5]。価格は200〜250万ポンド(約3億2,000万〜4億円)[6][5]。生産台数は150台限定で、予約完売となっている。日本には11台がデリバリーされる予定[7]

また、バリエーションとして、オープントップモデルのヴァルキリー スパイダー(85台)[8]と、サーキット走行に特化したヴァルキリーAMR Pro(40台)[9]が限定生産される。

さらに、両社はハイパーカープロジェクトの第二弾として、ヴァルハラ  (Valhallaの開発を発表している[10]ヴァルハラとは、北欧神話でワルキューレに選ばれた戦士の魂が集められる主神オーディンの宮殿である。

沿革[編集]

日付はイギリス現地時間。

  • 2016年3月17日 アストンマーティンとレッドブル・レーシングの提携、およびコードネーム”AM-RB 001”の開発プロジェクトを発表[11]
  • 2016年7月5日 AM-RB 001の概要発表、アストンマーティン・ゲイドン工場にて試作車を公開[12]
  • 2017年3月6日 ジュネーヴ・モーターショーにて正式名称”Valkyrie”を発表[13]
  • 2017年10月4日 AM-RB 001を日本初公開[14]
  • 2017年11月17日 サーキット専用バージョン”AMR Pro”を発表[15]
  • 2019年7月13日 F1イギリスGPの会場となるシルバーストン・サーキットにて初のデモンストレーション走行[16]
  • 2021年6月28日 ヴァルキリーAMR Proを発表[17]
  • 2021年8月12日 米国カリフォルニア州ペブルビーチにて、ヴァルキリー スパイダーを発表[18]
  • 2021年11月4日 量産第1号車が完成[19]
  • 2022年3月21日 ヴァルキリーAMR ProがバーレーンGP開催地のバーレーン・インターナショナル・サーキットで初のデモンストレーション走行を行った[20]
  • 2023年10月4日 ヴァルキリーAMR Proをベースとしたマシンで2025年のル・マンに参戦することを発表[21]

メカニズム[編集]

エンジンは英国のエンジンビルダー、コスワース製の6,500 cc自然吸気V型12気筒エンジン(バンク角65度)をミッドマウントする。V型6気筒ターボという選択肢も考えられたが、ストレスマウントの振動やギアボックスの軽量化、エンジンサウンドの好みという点で自然吸気V12が搭載された[4](ヴァルハラではV6ターボを搭載予定)。最高回転数は11,000 rpm、最大出力は10,500 rpmで1,014馬力、最大トルクは7,000 rpmで740 Nm[22]。排ガス規制に適合するロードカー用自然吸気エンジンとしては、世界で初めて1,000馬力に達した、とされる[22]

ハイブリッドシステムはF1に導入された運動エネルギー回生システム (KERS) に似た機構で、インテグラル・パワートレイン製の電気モーターとリマック製のバッテリーで構成される[22]。162馬力・280 Nmのモーターアシストを加えると、最大出力は10,500 rpmで1,176馬力、最大トルクは6,000 rpmで900 Nmとなる[22]

車体はカーボン(CFRP)製で、車両重量は約1,000 kgに抑えられ、パワーウェイトレシオ1:1 (1.0 kg/PS) を謳っている[6]。細部まで軽量化を徹底しており、フロントノーズのアストンマーティンのウィングバッジは厚さ70ミクロン(0.07 mm)のアルミを溶着している[23]。電気モーターの搭載により、スターターモーターやオルタネーター、リバースギアが不要になり、重量増を相殺している[4]

ニューウェイはゲーム「グランツーリスモシリーズ」のために手掛けたレッドブル・X2010〜X2014のデザインを応用しており[24]、空力主義のレーシングカーを思わせる大胆なボディスタイリングになっている。フロントグリル部分は大きく開口し、バンパーの代わりにフラップ付きの吊り下げ式ウィングを装備している。キャビンとエンジンルームの底はティアドロップ形状で、車体下面は大きなトンネル状になっており、ここを通過する気流のヴェンチュリ効果によってダウンフォースを獲得する。プロトタイプのAM-RB 001から実車仕様のヴァルキリーに進む段階で、ディフューザーやテールランプなどリアセクションのデザインが変更されている(下の画像参照)。

コクピットは並列2座席で、ガルウィングドアを採用。乗員はフォーミュラカーのように足を持ち上げた格好で乗車する。身長2mの乗員でも自然なポジションをとれるようにしているが、2人分のスペースを確保するため、運転席と助手席をやや前後にずらして設置している[25]。スイッチ類は脱着式ステアリング上に集約される。

オープントップモデルの「スパイダー」はシザーズドアを採用。ルーフを取り外した状態でも空力パフォーマンスを維持するよう、アクティブエアロダイナミクスシステムとアクティブシャシーシステムのチューニングが見直されている[26]

テクニカルパートナーとしては、リカルド(7速セミAT)、マルチマティック(カーボンコンポジット)、アルコンおよびサーフェス・トランスフォームズ(ブレーキシステム)、ボッシュ(エレクトロニクス)、ワイパック(照明)、ミシュラン(タイヤ)が挙げられている[27]

モータースポーツ[編集]

AMR Pro[編集]

ヴァルキリーAMR Pro(2022年ラグナ・セカにて撮影)
AMR Proプロトタイプ(2019年)

コードネームAM-RB 002と呼ばれていたサーキット専用(トラックバージョン)のヴァルキリーは、AMR Proというサブネームを与えられた[9](AMRはアストンマーティン・レーシング)。

当初は公道仕様のヴァルキリーから最大限のパフォーマンスを引き出すことをテーマにしていたが、後述するル・マン・ハイパーカー(LMH)計画においてル・マン24時間レースの総合優勝を狙うレースカーとして開発が進められた。その後、LMH計画の延期により、レースのレギュレーションの制約から解放され、究極のパフォーマンスを追求するマシンへと生まれ変わった[28]

交通法規上必要な装備や快適性に関わる部品を取り除き、ウィングの大型化、軽量ボディワークへの換装、レース用カーボンブレーキディスク / キャリパーの採用、エンジン・電子制御系・サスペンションのチューンなどを行っている[29]。ホイールはロードモデルよりも小さい前後18インチ。最高速度は400km/h(予測値)、3.3 Gを超えるコーナリングフォースと3.5 Gを超える減速フォースに耐えうるとしている[29]ル・マン24時間レースの行われるサルト・サーキットの1周ラップタイムは3分20秒を目標としている[30]

2020年末をもってレッドブル・レーシングとのスポンサー契約を解消したためヴァルキリープロジェクトを一時延期していたが、翌2021年6月末に正式な製品化と40台の限定生産を発表した。購入特典は、「FIA公認サーキットでアストンマーティン主催のサーキット・デイに参加する権利」が付与される[31]。なお既存のレース等のレギュレーションは一切無視して開発されているため、サーキット・デイ以外でのレース参戦の予定はない[30]

スポーツカーレース[編集]

アストンマーティン・ヴァルキリー
カテゴリー LMH
コンストラクター イギリスの旗 アストンマーティン
先代 アストンマーティン・AMR-One
主要諸元
シャシー カーボンファイバーモノコック
サスペンション(前) 独立懸架 ダブルウィッシュボーン プッシュロッド
サスペンション(後) 独立懸架 ダブルウィッシュボーン プッシュロッド
エンジン コスワース 6.5 L V12 自然吸気 ミッドシップ, 縦置き
トランスミッション 7速 シーケンシャルセミオートマチック
タイヤ ミシュラン
主要成績
チーム アメリカ合衆国の旗 ハート・オブ・レーシングチーム
初戦 2025年のデイトナ24時間レース
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ヴァルキリープロジェクトが始動した2016年より、アストンマーティンはレッドブルF1チームのスポンサーとなり、2018年にはタイトルスポンサーに就任して「アストンマーティン・レッドブル・レーシング」の名でF1に参戦した。レッドブルは2019年よりホンダ製パワーユニットを搭載したが、アストンマーティンはタイトルスポンサーを継続した[32]

スポーツカーレースFIA 世界耐久選手権 (WEC) において2020-2021シーズンより最高峰クラスにハイパーカー規定が導入されることを受け、アストンマーティンは2020年よりヴァルキリーでWECにワークス参戦することを表明した[33]。2021年は同社のル・マン24時間レース参戦100周年にあたる[34]。また、AMR Proのカスタマー供給も視野に入れている[35]

2020年、ローレンス・ストロール率いるコンソーシアムがアストンマーティンを買収したことで状況は変化した。ストロールは所有するレーシング・ポイントチームを改称し、2021年より「アストンマーティンF1」としてF1にワークス参戦することを決定。レッドブルとのスポンサー契約を2020年一杯で終了するとともに、WECのハイパーカープログラムを再検討し、参戦を保留すると発表した[36]

しかし日本時間2023年10月5日、突如として2025年より同車を用いてハイパーカークラスに参戦することが発表された[37]。エンジンは市販車同様のコスワース製6.5リッターV12エンジンを使用する一方で、ハイブリッド機構は搭載しない。またWEC以外にウェザーテック・スポーツカー選手権のGTPクラスへの参戦予定も明らかにしており、LMHとしてWEC/IMSA双方のシリーズに参戦する初のチームとなる。

脚注[編集]

  1. ^ a b 3億超のハイパーカー見参!―アストンマーティン&レッドブル共同開発による垂涎の「ヴァルキリー」”. エスクァイア編集部 (2017年10月19日). 2019年7月16日閲覧。
  2. ^ アストン マーティンとレッドブルF1チームがハイパーカーを製作”. AUTOCAR (2016年3月17日). 2019年7月16日閲覧。
  3. ^ レッドブルレーシングとアストンマーティンがコラボしたマシンを発表!”. WEB CARTOP (2016年7月10日). 2019年7月16日閲覧。
  4. ^ a b c d エイドリアン・ニューウェイ:Aston Martin Valkyrieを語る”. RedBull.com (2019年3月28日). 2019年7月16日閲覧。
  5. ^ a b 空力の天才が作った謎すぎるスタイリング! 4億円のアストンマーティン「ヴァルキリー」は異次元のクルマだった (1/2ページ)”. web CARTOP (2022年5月8日). 2023年6月26日閲覧。
  6. ^ a b アストンマーティン・ヴァルキリー”. webCG (2017年10月4日). 2019年7月16日閲覧。
  7. ^ 日本人オーナーは11人!──3億円アストンマーティン「ヴァルキリー」の正体”. GQ JAPAN (2017年11月8日). 2019年7月16日閲覧。
  8. ^ アストンマーティン、全世界85台限定生産の新型「ヴァルキリー スパイダー」 1,155PSのハイブリッドV12パワートレーン搭載”. Car Watch (2021年8月13日). 2023年6月26日閲覧。
  9. ^ a b 英アストンマーティン、サーキット専用モデル「ヴァルキリー AMR Pro」発表。“ラップタイムはF1マシンに匹敵””. Car Watch (2017年11月17日). 2019年7月16日閲覧。
  10. ^ アストンマーティン『ヴァルハラ』、新型ミッドシップHVハイパーカーの車名が決定”. レスポンス (2019年6月19日). 2019年7月16日閲覧。
  11. ^ 英アストンマーティンとレッドブル・レーシング、新型ロードカー「AM-RB 001」開発”. Car Watch (2016年3月17日). 2019年7月16日閲覧。
  12. ^ https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1008871.html
  13. ^ アストンマーチンとレッドブルのコラボマシン、名称はAM-RB001改め『バルキリー』に”. autosport web (2017年3月10日). 2019年7月16日閲覧。
  14. ^ https://openers.jp/car/car_news/1509260
  15. ^ https://response.jp/article/2017/11/17/302612.html
  16. ^ アストンマーティン ヴァルキリー、F1イギリスGPを前にデモランを敢行”. GENROQ Web (2019年7月14日). 2019年7月16日閲覧。
  17. ^ https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1334409.html
  18. ^ https://www.webcg.net/articles/-/44962
  19. ^ アストンマーティン『ヴァルキリー』、1155馬力ハイブリッド…量産第一号車が完成”. レスポンス. 2021年11月8日閲覧。
  20. ^ https://response.jp/article/2022/03/23/355503.html
  21. ^ https://www.as-web.jp/sports-car/998509
  22. ^ a b c d NAロードカーで世界初の1000馬力到達。アストンマーティン、ヴァルキリーのパワートレイン概要を発表”. autosport web (2019年3月4日). 2019年7月16日閲覧。
  23. ^ アストンマーティンのハイパーカー、ヴァルキリー のほぼ開発最終形態を日本初公開”. レスポンス (2017年10月4日). 2019年7月16日閲覧。
  24. ^ Aston Martin Valkyrieの最新イメージを公開!”. RedBull.com (2017年7月27日). 2019年7月16日閲覧。
  25. ^ 第451回:ターゲットはF1マシン!?「ヴァルキリー」の完成像をアストンのキーマンに聞いた (page.4)”. Web CG (2017年10月15日). 2019年7月16日閲覧。
  26. ^ アストンマーティン『ヴァルキリー スパイダー』、2倍以上の購入希望…世界限定85台”. レスポンス (2022年2月25日). 2023年6月26日閲覧。
  27. ^ アストンマーティンValkyrieのタイヤパートナーにミシュランが決定”. 八光カーグループ (2017年3月10日). 2019年7月16日閲覧。
  28. ^ 幻のル・マン・ハイパーカーの最終進化形『ヴァルキリーAMR Pro』発表。40台限定生産”. autosport web (2021年6月28日). 2023年6月26日閲覧。
  29. ^ a b アストンマーティンValkyrie AMR Pro: パフォーマンスの限界を再定義”. 八光カーグループ (2017年11月17日). 2019年7月16日閲覧。
  30. ^ a b アストンマーティンのハイパーカー『ヴァルキリーAMR Pro』がF1バーレーンGPに現る - オートスポーツ・2022年3月24日
  31. ^ 幻のル・マン・ハイパーカーの最終進化形『ヴァルキリーAMR Pro』発表。40台限定生産”. autosport web (2021年6月28日). 2021年6月28日閲覧。
  32. ^ レッドブル・ホンダの誕生にアストンマーチン「ブランドの競合はないから問題ない」と太鼓判”. motorsport.com (2018年6月22日). 2019年7月16日閲覧。
  33. ^ WEC:2020/21年、トヨタとアストンマーティン参戦でメーカー対決復活。サプライズは続くか”. autosport web (2019年6月19日). 2019年7月16日閲覧。
  34. ^ 【ル・マン24時間】アストンマーティン“Valkyrieハイパーカー”で2021年の総合優勝狙う”. Topnews (2019年6月15日). 2019年7月16日閲覧。
  35. ^ WEC:フォードもハイパーカー参入か? 7月にGT進化版を公開へ。アストンはプライベーター供給も視野に”. autosport web (2019年6月28日). 2019年7月16日閲覧。
  36. ^ アストンマーチン、来季のLMHクラス不参加を正式発表「我々の立場を再評価する」”. motorsport.com (2020年2月21日). 2023年9月16日閲覧。
  37. ^ アストンマーティンのWECハイパーカー計画が再始動。2025年ル・マンに『ヴァルキリー』で挑む”. auto sport web (2023年10月5日). 2023年10月5日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]