要ゆうじ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
かなめゆうじ
要ゆうじ
別名義 かなめゆうじ
生年月日 (1962-03-28) 1962年3月28日(62歳)
出生地 日本の旗日本北海道
民族 日本人
血液型 A
ジャンル 脚本家、ライター、俳優、声優、ナレーター
活動期間 1982年 -
テンプレートを表示

要 ゆうじ(かなめ ゆうじ、1962年3月28日 - )は、日本脚本家劇作家ライター俳優声優ナレーター北海道旭川市出身。北海道旭川北高等学校卒業。

概要[編集]

高校時代より、伝説のサブカルチャー雑誌「ビックリハウス」(パルコ出版)の常連投稿者として活動する(当時のペンネームは“かなめゆうじ”)。投稿時代の同期には、大槻ケンヂ渡辺いっけい犬童一心常盤響などが常連投稿者だった。

18歳でアメリカに留学。帰国後上京し、同郷の作家である窪田僚に師事。1982年、窪田の紹介で雑誌ライターとしてデビューする。

1980年代前半の雑誌創刊ブームに乗り、主に芸能雑誌のインタビュアーとして活躍。また、子供の頃より親しんでいたコメディ映画や演芸の知識を活かして、コメディ関連のコラムを多く執筆した。当時はお笑い第三世代と呼ばれる若手芸人が活躍し始めた頃で、デビュー当時のウッチャンナンチャンチャイルズおきゃんぴーなどにいち早く注目し、特集記事やコラムで紹介している。

また「月刊ホビージャパン」「宇宙船」(※朝日ソノラマ時代)などの雑誌にて、アニメ・特撮・ホラー関連のコラムを連載。声優や特撮俳優のインタビュー記事も多く執筆した。

80年代中頃、東京都内のライブハウスやイベント会場にてサイレントパフォーマンスの舞台を行う。

90年代半ば、ラジオ局のDJコンテストで優勝したことを機にラジオパーソナリティーとしても活動。CMナレーションやテーマパークのキャラクターボイスなど、声の仕事でも活躍した。

2003年より、映像作家・時生今日人(元象さんのポット)が主宰するコメディ映像集団「日本電脳穿隊」に俳優として参加。以後、劇場映画やテレビドラマなどに俳優としても顔を見せることがある。

2008年、自らが企画制作したラジオドラマ怪傑コミック番組!空飛ぶラジオ でんえもん」がwebラジオでスタート。この番組で100本以上のコメディ台本を執筆したことがきっかけとなり、「やつらは多分宇宙人!」(BSフジ)にてテレビドラマの脚本を担当した。

声優鉄炮塚葉子雨蘭咲木子斎藤志郎伊藤栄次永澤菜教肥後マコトブッチャーブラザーズぶっちゃあ、女優の金子路代、歌手の金井夕子などと交友がある。

エピソード[編集]

  • 1986年の秋、雑誌「鳩よ!」(マガジンハウス)の過激少女特集に登場していた女子高生数名とコントユニットを結成し、お笑いコンテストに出場している。その時のユニットメンバーには、後に作家となった中島たい子山崎まどかがいた。

脚本を担当した作品[編集]

TVドラマ[編集]

舞台[編集]

ラジオドラマ[編集]

出演作品[編集]

TVドラマ[編集]

TV(その他)[編集]

ラジオ[編集]

劇場用映画[編集]

舞台[編集]

  • ダークサイド・オブ・ザ・ムーン (1995年)
  • わが町 (1996年)
  • 美萌の星(1996年)
  • 権狐芝居 (2009年)
  • 罰と罪 (2009年)
  • 新説 河童徳利(2011年)
  • 涙を拭いて(2015年)原作:剣名舞/作画:三浦みつる
  • 屋根の上の魔女(2015年。新宿紀伊國屋ホール)松村耕作役

アテレコ[編集]

キャラクターボイス[編集]

CM(顔出し)[編集]

CMナレーション[編集]

番組ナレーション[編集]

プロモーションビデオ[編集]

  • AROUND」(AAAのアルバム)の初回特典DVDドラマ「鍵のある場所」

トークイベント[編集]

番組構成[編集]

著書[編集]

  • 『笑論〜日本お笑い進化論』(バジリコ出版須田泰成との共著)
  • 『2時間ドラマ大事典』(三一書房
  • 『大魔界』(講談社
  • 『古畑任三郎 結末の結末』(三一書房)
  • 『個人情報誌攻略マニュアル』(三一書房)

連載[編集]

  • 要ゆうじの『コメディ千本ノック』:映画野郎(映画専門サイト。2012年2月より連載中)
  • 要ゆうじの『汝、コメディで笑うなかれ』:映画野郎(映画専門サイト。2010年~2012年連載)
  • COMING COMEDIAN:「MOGA」(東京三世社。1986~1987年連載)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]