ノート:新藤兼人

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コメント[編集]

「人物・経歴」に

目指す創造する世界とはかけ離れた長靴を履き辛い水仕事を一年ほどする。撮影所の便所で落とし紙にされたシナリオを発見、初めて映画がシナリオから出来ているものと知る。

とあります。この出典はどこでしょうか? 氏の著書『映画つくりの実際』(岩波ジュニア新書4、1979)には次のようにあります。

二〇〇フィート巻ける枠をつかって、現像、焼付、水洗、乾燥とやる一貫作業である。一本の映画があがると、四、五日はぶっとおしの徹夜作業は珍しくない。
 一つの作品にかかるたびに、現像場に台本がくる。ネガ(ネガティヴ)現像の技師、ポジ(ポジティヴ)の焼付技師に一冊ずつくるのである。ガリ版でやわらかい和紙に刷ってあって、二つ折りに綴じてある。技師はめったに台本などはみないからそのへんに放りだしてある。私はそれを手にとってみて、はじめてシナリオというものを見た。一九三四年(昭和九)である。無声映画がおわりかけていた。(p.72)

usagito 2007年5月23日 (水) 15:35 (UTC)[返信]

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