ノート:奎宿

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ε And が距星だったのはいつの事か[編集]

いつなんでしょうか?West 2009年1月15日 (木) 13:39 (UTC)[返信]

歳差によって、二十八宿のうち觜宿参宿の順番が入れ替わったという話なら聞いたことがあるのですが、奎宿の距星が変遷していたいう話は初めて知りました。 奎宿の距星は、手持ちの資料ではいずれも ζ And になっています。
  • 藪内 清 「中国・朝鮮・日本・印度の星座」 『星座』〈新天文学講座1〉(再版) 野尻抱影 編、恒星社厚生閣、1958年(初版 1957年)、125頁 (第1表)
  • 原   恵 『星座の神話 - 星座史と星名の意味』(新装改訂版・3刷) 恒星社厚生閣、2000年(初版 1975年)、305頁 (付録 「5. 中国の二十八宿一覧表」 中)
  • 鈴木敬信 『天文学辞典』 地人書館、1986年、511頁左 (二十八宿の項の表 「二十八宿」 中)
  • 大崎正次 『中国の星座の歴史』(再版) 雄山閣出版、1987年(初版 1987年)、4頁(表 「(A) 二十八宿」 中)et passim
『中国の星座の歴史』 では各距星の座標も与えられているのですが、大崎氏はそこで 『漢書』「律暦志」 に基づいて、元期を太初元年(-103年)として計算しています。
東洋天文学史の論述は日本でもたくさんありますから、いずれそのような研究があるのでしょう。(それなら、他の星宿でも距星の交替がありそうなのですが)--Bay Flam 2009年1月16日 (金) 08:20 (UTC)[返信]
ありがとうございます。問題の記述は第2版(実質初版)からあったようで、その版を投稿した人の所には出典があったのかも知れませんが、2007年初夏頃から活動していないので今質問しても回答してもらえるかどうか…… West 2009年1月16日 (金) 12:21 (UTC)[返信]