ノート:リングス

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中立性については[編集]

ゴング格闘技2004年12月号の榊原インタビューなどでは契約が終了した選手のみに声をかけたとして「引き抜き」を否定しています。また、ネットにおいても「引き抜き」というネガティブで被害者意識的な意味合いがある表現を巡って、引き抜きなのか引き抜きでないのか、あるいは移籍自体が正しいのかどうかで議論になることがままあります。中立性というなら、前田とリングスファンの言い分だけでなく、榊原とPRIDEファンの言い分を載せるのが中立的であるべきです。Wikipedia:中立的な観点。しかしいちいちそんなことを沿革の部分で記述するのは冗長でバランスを欠くものであり、簡潔に離脱と表現するのが適切かと思われます。選手の大量離脱に関して詳細に書きたいのなら、沿革の部分とは別に節を設けて、一方的な立場の主張に偏ることなく記述するのがいいでしょう。--Wing09 2006年10月25日 (水) 13:17 (UTC)[返信]

「引き抜き」という表現が正当性を欠くか否かについては議論があっても良い事と思われます。私は124.86.120.87氏の表現を若干変更し、感情的と思われる部分も変えて記事を記載しましたが、「引き抜き」の表現は「移籍」でもいいと思います。しかしながら、リングス活動停止の説明事項として「スタッフの引き抜きやリングス主力選手が契約を続行しなかった事、又は続行できなかった事」が重要であるのと同様に、「その主な移籍先がPRIDEである事、それによってリングスを支えていたファン層の関心がPRIDEに引き寄せられていった事」は、格闘技界の歴史的な流れを説明するのみならず、その流れの中でのリングス活動休止を説明する上で、百科事典として欠かす事ができない重要事項だと思われます。「離脱」ではこれを説明できません。もしも敢えて訂正されるのなら、「離脱」としたり、その部分を記載しないという方法ではなく、「前田榊原両名の両論併記」とするのが適当だと考えます。--ばんび ばんび 2006年10月25日 (水) 13:59 (UTC)[返信]
スタッフについては引き抜きという見方も存在しますが、ブッカーKやU女史やその他にもいたと思いますが、前田日明との人間関係によってリングスを離れた人もいた(その後、PRIDEと仕事をしている)という主張もあります。この辺はWikipedia:検証可能性に基づいて、ソースを挙げながら、一方に偏ることなく、中立的に記述することが必要でしょう。なお、このことについては書くな、ということでなく、リングスについて無知でこれから知ろうとする読者のことを考えて、沿革はあまり長くせず、概略を示して簡潔に。選手の移籍の問題を特筆すべきと考えるならば、別に節を設けて詳細に記すのが、全体のバランスを取る上で適切と思われます。簡潔に記すなら、客観的でなるべく中立的な表現を、詳しく記すなら中立的に異なる意見がある以上は両論併記であるべきというのが自分のスタンスです。--Wing09 2006年10月25日 (水) 14:18 (UTC)[返信]

引き抜きか引き抜きでないか[編集]

引き抜きについて、辞書的な定義はこれです。PRIDE側の言う「引き抜きでない」という論理は契約が切れた以上、その選手はリングスに属するのではなくフリーである。リングスに属していない選手をPRIDEが契約したところで引き抜きではないといったところでしょう。選手側の立場に立てば、リングスに限らずどこの組織だって永久に契約を保証されるわけはありません。

前述のゴング格闘技2004年12月号の榊原インタビューではこれまで引き抜きをしたことがないと否定。唯一、アイブルについてはファイト契約についてはリングスと切れていたが、その他の肖像権についてはまだリングスと継続していたため解決金を払ったとあります。インターネットアーカイブに残ってるスポニチの記事も解決金を支払ったことが記されてます。--Wing09 2006年10月25日 (水) 14:49 (UTC)[返信]

前述の通り「移籍」との表現にしておきました。また、前田榊原両氏の両論併記の形を採用しました。これで百科辞典としての中立性を確保できます。簡略化した方が良い事実と、ある程度まで踏み込んで記述するべき事実があるのではないですか。重要な事実であるとの認識は変わりません。リングス活動停止と分離して解説すべき問題とも思いません。ですので上記の形で再修正。その理由は既に述べた通りです。ばんび 2006年10月26日 (木) 07:25 (UTC)[返信]
お疲れ様です。中立性については両論併記ならば問題ないと思います。ただ、PRIDEの移籍と表現するのを妥当かどうかについては後述しました。さまざまな意見が存在するデリケートな問題もある以上、沿革の部分では離脱があった事実のみに触れ、必要なのであれば、「主なスタッフ」「ルール」などと同様に新たに節を設けてるべきという意見に変わりはありません。--Wing09 2006年10月26日 (木) 11:58 (UTC)[返信]
無差別級王者になった直後、専属契約中でありながらPRIDEへ引き抜かれたギルバート・アイブルがいます。

PRIDEへの「移籍」はあったのかどうか[編集]

前田日明やリングスファンがPRIDEの引き抜きが原因と主張しているのは事実ですが、それを真実としてWikipediaに載せることが妥当であるかどうかは別問題です。では、具体的に見ていきましょう。

田村は2001年5月に退団してPRIDE参戦は2002年2月。ヤマヨシは退団した年の2001年にPRIDE参戦しますが、当初は真撃というプロレスに登場して小川直也を襲撃して、直接PRIDEへ移籍する形ではありません。ヤマケンはUFC-J。成瀬は新日。坂田もリングスを退団してから長くPRIDEに参戦することはありませんでした。金原と高阪はRINGS解散後のPRIDE参戦であり、移籍ではありません。このように、日本人選手に関しては、PRIDEへの引き抜きとか移籍ではありません。解散前の複数の日本人の退団については、確かWOWOWの放映権料引き下げが一つの要因だったはずです。

次に外国人選手。

ノゲイラやダン・ヘンダーソンは定期参戦していたわけではなく、KOKに参戦していただけです。KOKに参戦してクートゥアと同じです。クートゥアがUFC、ノゲイラがPRIDEという違いです。ノゲイラは以前はWEFに参戦、ダンヘンはUFCなどに参戦していました。

ヒョードルを始め、リングスロシア勢はリングス解散後にPRIDEに参戦したのであり、これも移籍とか引き抜きの類ではありません。ナイマンはリングスを脱退した後です。

結局のところ、リングスに継続参戦していた選手でリングスをやめて直にPRIDEに行った1000朱はアイブルとオーフレイムくらいですかね。ほとんどの選手は、リングスとの契約が解消されたり、リングス解散後に行き場所がなくなって、PRIDEその他の団体に参戦したのであって、こういうのを「PRIDE等へ移籍」と表現するのはどんなもんでしょうか。因果関係が逆ではないんでしょうか。まずリングスとの契約が切れるという事態が生じて、そこから行動を移したとも解釈できます。時間軸から見れば、日本人選手の大量離脱についてはまず間違いないはずです。

そして、スタッフについてです。U女史については、主にブラジリアントップチームの派遣という形でPRIDEと関係を持っていますが、別にPRIDEのスタッフではありません。現にPRIDEのライバル興行であったUFO LegendにBTT勢を派遣し、さらにここによれば、小ノゲやバダ・ハリはK-1系にブッキングしています。ブッカーKも同じくパンクラスやキック系に団体を派遣していておりフリーです。選手のマネージメントについては、高額なギャラが払える日本の総合格闘技イベントの大手はPRIDEという事情も鑑みる必要があるでしょう。その他、ここによるとDSEの元広報、修斗の務局長などもリングスのスタッフだったということです。--Wing09 2006年10月26日 (木) 11:58 (UTC)[返信]

調査お疲れ様です。タイトルに「PRIDEへの『移籍』はあったのかどうか」とありますが、本文では「PRIDE」ではなく「PRIDE等」と明記しております。「様々な団体への移籍」という表現も考えたのですが、日本の総合格闘技の流れがリングスからPRIDEへと移った事にこそ大きな意味があると認識しておりますので、この表現を採用しました。また、26日のノートを熟読致しましたが、契約を更改しない状態で他団体又は他興行との契約を結ぶというのが移籍に該当するか否かが大きな認識の差であるかと思います。格闘技界の慣習を考えた場合、私はこのケースは移籍に該当すると考え、本文のような表現と致しましたのでご了承ください。尚、私事ですが、リングスファンという立場ではなく、百科事典の編纂に関わっている立場なのだとの意識を念頭に置きつつ、常に中立性や重要性を意識しながら本文を記述若しくは修正、又は新しい項目の設立を行っているつもりです。それが損なわれる可能性を留意した結果、今まで「最も好きな団体・嫌いな団体」にはタッチしていません。「前田日明の意見」を記述している方は非常に沢山おられる訳ですが、私と同じような人も多いはずです。その点、ご留意いただければ幸いです--ばんび 2006年10月27日 (金) 10:42 (UTC)[返信]