ノート:ケバブ

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”秋葉原からはやりだした”というのは事実か[編集]

>また、秋葉原からはやりだしたということもあまり知られていない。

現在の版では文末にこのような記述があるのですが、ファストフードとしての(ドネル)ケバブサンドが、日本においては秋葉原からはやりだしたとする根拠があるのでしたら、是非提示して頂きたいところです。
確かにネット上では、秋葉原の歩行者天国に合わせて出店するケバブサンドの屋台が目に付くようになって以来、ファンサイトなども幾つかできているようですし、その中でも特にワシントンホテル前を定位置としていたスタードネルなど特定の屋台(や経営者のドネル兄弟など)にファンがついているような記述も見られます(個人的にも秋葉原周辺ではこのスタードネルの味が気に入っていました。中央通りに出る露店は肉を鉄板で焼いた似非ケバブ屋も横行していましたし)が、少なくとも自分の記憶(と自分の周辺で確認した限り)では、秋葉原にドネル屋台が出没し始めた時期(1990年代初頭頃)は、同様に都内だけでも六本木や代々木、新宿や上野公園周辺などにもドネル屋台が出没し始めた時期でもあり、また件のスタードネルさえ、当初は秋葉原以外の地域でも営業していたという事情など、秋葉原に登場した時期が最も早くそこから広まったとするには何らかの明確な証拠が提示されない限り、その草分けであると結論するにはいささか根拠に欠けるというのが実感であります。
また屋台ではなくテイクアウト専用店やファストフード店として渋谷センター街や公園通り等に店舗が登場した時期もそう離れた時期ではなく、TV等のマスコミ等には(特に渋谷~代々木はNHKのお膝元ということもあり)これらの店舗が何度も登場しているといった点でも、ドネルサンドの普及に資したのはいずれかという意味で、「秋葉原からはやりだした」とする記述には大きな疑問符をつけざるを得ません。
結論を述べさせてもらうと、現在の記述者は単に秋葉原以外の事情を知らないのではないか、あるいはドネルサンドが登場し普及し始めた時期や世相に関する知見を持たずに単に自らの行動範囲内の話を書いているに過ぎないのではないか(単に記述者が最初に遭遇したドネル屋台が秋葉原にあっただけではないのか)、という疑問を否定し切れない、ということです。210.149.190.143 2006年8月29日 (火) 18:00 (UTC)[返信]
そうですね。私も1990年代を通じて頻繁に秋葉原に通いましたが、秋葉原とドネルケバブサンドはとくに結びつきません。…と書いてからワシントンホテルの向かいあたりによく屋台が出ていたのを思い出しました。一度も食わなかったので思い入れはないのですが…。otkoyg 2006年9月23日 (土) 1:13 (日本時間)
ここを読まずに書き足してしまいました。まあ私も個人的な記憶以上の根拠はありませんので秋葉原が最初かどうかについては特に主張しません。というかここまでの資料があるならそのまま本文に反映させるのはいかがですか?220.144.237.168 2006年12月23日 (土) 18:54 (UTC)[返信]

ロシアでのドネルケバブの呼称[編集]

ロシアにおいての呼称

ドネルケバブは「シャシュリク・ポ・カルスキー」( shashlyk po-Karski 、カルス風シャシュリク)として知られている。とされていますが、2008年3月現在路上で売られているドネルケバブはモスクワではシャウルマー、ペテルブルグではシャヴェールマと一般的に呼ばれています。私の知りうる限りでは、ペテルブルグでは少なくとも1997年から、モスクワでは2000年からは現在のような呼び名になっています。 下記はロシア語Wikipediaにおけるシャウルマの記載です。 http://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%A8%D0%B0%D1%83%D1%80%D0%BC%D0%B0

シャシュリク・ポ・カルスキーをロシアの検索エンジンで調べると確かにドネルケバブのように肉を薄切りにする料理である記述を見ることが出来ますが、あまり一般的ではありません。