チューバッカ弁論

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チューバッカ弁論(チューバッカべんろん、英語: Chewbacca defense) は、アメリカで広がったインターネットミームの1つで、詭弁の一種。

アメリカのアニメ『サウスパーク』に登場した同名の架空の法廷弁論が元になっており、更にはO・J・シンプソン事件の最終弁論でジョニー・コクラン英語版が行った弁論が元になっている。

概要[編集]

ナンセンスな論点のすり替えを多用して聞き手を混乱させ、自分が望む結論へ誘導する弁論を揶揄する言葉であり、いわゆる「燻製ニシンの虚偽」の一種である。ユーモア作家エリス・ワイナー英語版によれば「聞き手の脳が完全にシャットダウンしてしまうほど明らかにナンセンスなことを言って自分の主張を押し通すこと」としている(後述)が、厳密な定義はない。

アニメ『サウスパーク』が1998年10月7日に放送した第27話(第2シーズン第14話)『シェフ救済ライブ』 (原題:Chef Aid)の中で、原告の弁護を務めたジョニー・コクラン英語版が、依頼人が絶対的に不利な状況下で、まったく裁判に関係がないチューバッカを引き合いに出して陪審員をかく乱することで依頼人を勝たせた、という展開が元になっている。このエピソードは全編に渡りO・J・シンプソン事件をパロディ化した内容であり、この強引な弁論自体が、O・J・シンプソン事件におけるコクランの最終弁論への風刺となっている。

その後、専門家や著名人も「チューバッカ弁論」を引用したり、あるいは言及し、インターネットミームとして広がった(#影響と評価を参照)。

起源[編集]

チューバッカ弁論の元ネタは、アニメ『サウスパーク』第27話「シェフ救済ライブ」であり、以下の通りである。

主人公4人組の親友でもある小学校の給食調理師・シェフは大手レコード会社に自身が作曲した楽曲を盗用されてしまう。そこでシェフはレコード会社の役員にせめて曲の作曲者として、自分の名をクレジットするよう求める。シェフの主張の裏付けは、21歳の時にこの歌を演奏した自分の録音が残されていたことだった。ところがレコード会社側は、シェフの要求を拒んだ上で、O・J・シンプソン事件で圧倒的に不利な被告を無罪に導いたジョニー・コクラン英語版を雇い入れ、業務を妨害したとしてシェフを提訴する。法廷でコクランは、「シンプソン裁判でも用いた」という、「有名な」チューバッカ弁論を展開する。

コクラン:
「陪審員の皆さん、最後に一つ考えていただきたいことがあります。(チューバッカの写真を見せる)これはチューバッカです。チューバッカは惑星キャッシーク出身のウーキーです。しかし、チューバッカが住んでいるのは惑星エンドアです。さあ、よく考えてみてください!」

ジェラルド・ブロフロフスキー(シェフの弁護人):
「くそっ!チューバッカ弁論を使ってきた!」

コクラン:
「なぜ身長8フィートのウーキーが、身長2フィートのイウォークの群れと一緒にエンドアに住みたいと思うのでしょうか?まったくわけがわかりません!しかし、もっと重要なのは、その事実が本件裁判と何の関係があるのか​ということです。何もありません。皆さん、これは本件とは何の関係もありません!まったく意味がありません!私を見てください。私は大手レコード会社を弁護する弁護士ですが、チューバッカの話をしています。その意味がわかりますか?皆さん、私は意味のある話なんか何もしていないのです。何一つ意味がないのです!ですから、あなた方には陪審員室で奴隷解放宣言について審議し、文法的に活用する時、それは意味があるのかということを​​考えていただかなければなりません。いいえ!陪審員の皆さん、それも意味がありません!チューバッカがエンドアに住んでいるなら、被告人を無罪放免とすべきです!弁護側の弁論を終わります。」

特に最後の「チューバッカがエンドアに住んでいるなら、被告人を無罪放免とすべきです!(If Chewbacca lives on Endor, you must acquit!)」という部分が、コクランによる、O・J・シンプソン事件の最終弁論のパロディとなっている。裁判の過程で、検察官クリストファー・ダーデン英語版は殺人現場で発見された血の付いた手袋を被告にはめるよう促したが、手袋が小さすぎてはめるのが容易ではなかった。コクランは最終弁論でこのことを持ち出し、「手袋が入らなかったのなら、被告人を無罪放免とすべきです!(If it doesn't fit, you must acquit!)」と陪審員に主張した。このコクランの主張は、他にもシンプソンを犯人とみなせる有力な証拠があったにもかかわらず、様々な事象を並べ立てて聞き手を混乱させ、あたかも手袋のみが決定的な証拠であるかのように印象付けた[1]。この弁論が、最終的にシンプソンが無罪を勝ち取った一因になったと考えられている。

影響と評価[編集]

AP通信は、コクランの訃報記事で、コクランの存在がポップカルチャーの題材として扱われていた理由の一つとして、チューバッカ弁論の存在に言及した[2]

犯罪学者トマス・オコナー博士(Dr. Thomas O'Connor)は、「DNA型鑑定で一致とされて被疑者への嫌疑が晴らせなくなると、弁護人にできることは、鑑定自体がずさんなものであると攻撃するか、チューバッカ弁論を使って、鑑定による証拠の根拠や確率論的推定の手続きがいかに複雑で込み入った危ういものであるのか、陪審員をごちゃごちゃと混乱させることしかない」と述べている[3]

法科学者エリン・ケニアリー(Erin Kenneally)は「法廷では電磁的記録などのデジタル証拠英語版に対して、しばしばチューバッカ弁論が用いられ、コンピュータインターネット・プロバイダーから得られた法科学的証拠について様々な異なる解釈の可能性を提示し、陪審員が理解できる合理的な疑いを形成しようとする」と指摘している。ケニアリーはまた、チューバッカ弁論に反論する手法についても論じている[4][5]

ケニアリーとその同僚のアンジャリ・スウィーントン(Anjali Swienton)は、この論題についてフロリダ州裁判所や、2005年のアメリカ法科学会英語版の年次大会で報告している[6]

「チューバッカ弁論」は政治評論にも使われる表現である。ユーモア作家エリス・ワイナー英語版は、ウェブサイト「ハフィントン・ポスト」に寄せた記事で、ディネシュ・ドゥスーザ英語版2007年合衆国下院の新たな議長となったナンシー・ペロシを批判するのにチューバッカ弁論を用いたと述べ、「聞き手の脳が完全にシャットダウンしてしまうほど明らかにナンセンスなことを言って自分の主張を押し通すこと」とチューバッカ弁論を定義した[7]

ジェイ・ヘインリックス(Jay Heinrichs)は、2007年の著書『Thank You for Arguing』で、「チューバッカ弁論」が論理学誤謬のひとつである「燻製ニシンの虚偽」と同義の表現として「用語辞典に忍び込もうとしている」と述べている[8]

出典・脚注[編集]

  1. ^ CNN Interactive: Video Almanac - 1995”. 2011年1月20日閲覧。
  2. ^ “Cochran was rare attorney turned pop culture figure”. Associated Press. (2005年3月30日). http://www.signonsandiego.com/news/state/20050330-0134-ca-obit-cochranpopculture.html 2007年1月27日閲覧。 
  3. ^ Thomas O'Connor, Ph.D., Austin Peay State University Center at Ft. Campbell and North Carolina Wesleyan College. “DNA Typing and Identification”. 2006年10月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年1月27日閲覧。
  4. ^ Erin Kenneally, M.F.S., J.D.. “Applying Admissibility, Reliability to Technology”. Florida State Courts. 2006年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年1月27日閲覧。
  5. ^ Anjali R. Swienton, M.F.S., J.D. Erin Kenneally, M.F.S., J.D.. “Poking the Wookie: the Chewbacca Defense in Digital Evidence Cases”. SciLaw Forensics, Ltd.. 2007年1月27日閲覧。
  6. ^ Upcoming AAFS Annual Meeting”. CERIAS, Purdue University. 2007年1月27日閲覧。
  7. ^ Ellis Weiner (2007年1月24日). “D is for Diabolical”. The Huffington Post. https://www.huffpost.com/entry/d-is-for-diabolical_b_39491 2007年1月27日閲覧。 
  8. ^ Heinrichs, Jay (2007). Thank You for Arguing: What Aristotle, Lincoln, and Homer Simpson Can Teach Us About the Art of Persuasion. New York: Three Rivers Press. pp. 148-49. ISBN 9780307341440 

参考文献[編集]

  • Arp, Robert (December 2006). “The Chewbacca Defense: A South Park Logic Lesson”. In Arp, Robert. South Park and Philosophy: You Know, I Learned Something Today. Blackwell Publishing. ISBN 978-1405161602 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]