セキュリティポリス

拡張半保護されたページ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

警視庁警備部警護課の訓練風景

セキュリティポリス英語: Security Police、略称: SP)とは、日本警視庁警備部警護課で、要人警護任務に専従する警察官を指す呼称である。警視庁以外の各道府県警察警備部警備課警衛警護室に属する要人警護を行う警察官を指す場合もあるが、正確には「警護員」「警護専務員」などと呼ばれ、警視庁警備部警護課の課員(SP)とは区別されている。

本項では日本の警視庁警備部警護課において、要人警護任務に従事する警察官について述べる。

概要

創設

1975年(昭和50年)、佐藤栄作内閣総理大臣国民葬会場において三木武夫内閣総理大臣が大日本愛国党の党員に襲撃された事件を受けて、アメリカ合衆国シークレットサービスを参考に創設された[1]

前年の1974年(昭和49年)、アメリカ合衆国大統領ジェラルド・フォードが来日した際、シークレットサービスは大統領を取り囲むように周囲を警戒し、素早く拳銃を取り出せるように背広のボタンを外すなど、合理的な警護を実施していた[2]

職務内容

SPの警護対象者は、警察法施行令13条1項に基づく警護要則2条1号の規定により「内閣総理大臣、国賓その他身辺に危害が及ぶことが、国の公安に係ることとなるおそれがある者として警察庁長官が定める者」とされている。また、警護細則1条で警察庁長官が定める警護対象者として、衆議院議長参議院議長最高裁判所長官国務大臣公賓・公式実務訪問賓客、その他警察庁警備局長が定める者として、内閣総理大臣経験者・政党代表者などが規定されている[3]

内閣総理大臣が駅前などで街頭演説する際には、直近に配置されている警視庁警護第一係が身辺警護を担当し、聴衆の警戒を行っている所轄警察署機動隊の警護員が行先地警護を担当する。街頭演説に際しては、聴衆の間に不審者が紛れ込む可能性もあるため、演説会場に制服警察官を配置して雑踏警戒交通規制を行うほか、公安捜査員も不審者の顔や素性を割り出す面割りを行うことで不審者を警戒する[4]。警護対象者の到着前には現場を実地調査した上で警護計画が作成され、不審者や危険物の検索を行っている。また、狙撃を想定して高所警戒員を周辺の高層ビルに配置するほか、警護計画の際に実地調査や検索を行うことで事前に危険を排除しているが、狙撃手が発見された場合は警護対象者を退避させた上で射程圏内であれば拳銃を使用して応射する[5]

国会議事堂内では、原則として衛視が身辺警護を務めているが、拳銃の携行は認められていない。立法府行政府の警察に警備を委ねるのは好ましくないという理念から議院警察権を行使し、議院記章のない警察官は国会議事堂内に立ち入ることはできない。ただし、衛視だけでは国会議事堂内の秩序を維持することができないと判断した場合は、議長内閣に対して、警察官の派出要請を行うことができる。天皇皇族の身辺警護(護衛[注 1])に関しては、警察庁附属機関である皇宮警察本部所属の皇宮護衛官のうち護衛専従の侍衛官が専属で行う。警視庁警備部警衛課および各道府県警察本部警備部の警衛員は地方公務などの際に皇宮護衛官の後方支援を行う。また、皇籍を離脱して民間人になった者は警察庁から「個人警戒対象者」に指定される。なお、警護対象者の私邸の警備は所轄警察署が担当し、私邸の周辺には警備派出所が設置される[1]

警視庁警備部警護課の編制

  • 警護管理係(機動警護担当)
  • 警護第一係(総理大臣担当)
  • 警護第二係(国務大臣担当)
  • 警護第三係(外国要人担当)
  • 警護第四係(政党要人担当)
  • 総理大臣官邸警備隊総理大臣官邸の警戒警備を行う部隊であるが、身辺警護も行う[6]

資格・技能

SPの訓練は警視庁警察学校のほか、江東区の術科センターや夢の島総合警備訓練場など様々な警察施設を利用して実施され、銃器を持った襲撃者が現れたことを想定した射撃訓練、銃声の識別や瞬時の回避訓練、爆発物を警護対象者の直近から排除するといった様々な訓練が実施されている。SPの警護技術は、海外においても高い評価を得ている[7]

警視庁機動隊にはレスキュー隊員爆弾処理班員レンジャー隊員などと同様に儀仗指定員や警護指定員制度があり、指定員に選ばれると大規模警備の際に警護課への応援要員として派遣され、勤務態度が評価されると警護課への転勤命令が下ることになる。警護課員として配属されるには指定員に選ばれたのちに、警視庁警察学校の警護専科講習を修了しなければならない[8]

なお、各道府県警本部警備部の警護員・警衛員も警視庁警護専科講習を卒業している者がほとんどである。女性警察官も同様に機動隊へ転勤するか、または所轄警察署で勤務しながら女性特別機動隊員と呼ばれる指定隊員や基幹隊員となり、警護指定員に選ばれることが必要とされる[8]。これらの厳しい競争を勝ち抜いた優秀な候補者の中から身長173cm以上、柔道もしくは剣道3段以上、けん銃操法上級、語学力、適性、体力検定上級、勤務評定などを総合的に考慮し、警察署長機動隊長などの所属長が警護課員として推薦した後に書類選考を行い、選抜された者が面接を受け、さらに面接を通過した者が警護講習を受ける[9]

服装と所作

警視庁警護員記章
令和6年能登半島地震の被災地でサングラスを着用しているSP

“SP”の文字をデザイン化した銀色と原色のツートーンのバッジ(警視庁警護員記章と呼ばれ、裏に個人番号のある刻印1号は警視庁警備部長が保持。記章は偽造防止の為数種類を警護現場によって交換する[10]。通称“SPバッジ”)を上着の衿に付け、大剣に文字が白く染め抜かれた赤色のネクタイを締めた背広姿が有名だが、実際の警護現場では周囲に溶け込めるよう赤色のネクタイは使っていない。

SPは端整な身なりが求められ、髪型も例外ではない。そのため、男性SPはポマードなどで整髪している者が多い[10]。また、無線や拳銃が入ったホルスターを装着していることから女性SPも基本的に大きめのメンズスーツを着用し、上着のボタンを外したままなのは腰や脇に携行している装備品を素早く取り出すためである。欧米では、警戒中に紫外線から目を保護するためにサングラスの着用が励行されているが、日本のSPもサングラスを着用することがある。

大規模災害等が発生し、首相や閣僚が防災服を着用して被災地視察に入る際は、SPもスーツを着用せず、出動服の襟にSPバッジを装着し、装備品を収めたウエストポーチを携行して災害現場に随行することがある[2]

装備

警護車

日本における要人の車列警護

ベース車にはトヨタのセルシオクラウンマジェスタクラウンロイヤルサルーンレクサスLS、日産のシーマフーガなど多様な車種が配備され、中でも防弾仕様の警護車は特別警護車と呼ばれている[11]

2008年頃には右ハンドル防弾仕様のベンツS600Lが導入されている。また、トヨタ・ランドクルーザープラドトヨタ・ハイラックスサーフスズキ・エスクードスバル・レガシィアウトバックなどのSUVをベースとした遊撃警護車も配備されている。遊撃警護車は頑丈なボディを活かし、いざという時には体当たりなどをして守ることができる[12]

車列警護は総理専用車を挟む形で前後3台の警護車を加えた4台が車列の最小構成単位であり、あとは状況に応じて車列に警護車や白黒パトカーのほか、共同通信社時事通信社所属の総理担当記者が乗る番車などが加わる。警護車が増車される場合や地方での運用等の場合は、「トヨタ・ランドクルーザープラド」などのほか、トヨタ製以外の車種(日産フーガ」やホンダレジェンド」、スバルレガシィ」など)も使われる。なお、移動タイミングに合わせて信号機をすべて青にするなどの特別措置は基本的に取られず、赤信号でも停車するなど道路交通法を遵守しながら走行する。但し、総理の身の安全を最優先とする観点から危険が予測される場合にはSPが車両から身を乗り出し(「ハコ乗り」)、赤色の誘導棒を振り回して四囲の一般車両を適宜規制する。この対応でも危険を排除できない場合は道路交通法施行令第13条第2項の規定に則り、先導警護車の緊急走行に従って総理専用車も緊急走行し、危険から逃れる。総理専用車に先行する警護車は周囲に不審な車両や人物がないか常に警戒し、後続の警護車は後方から車列に接近する不審車両がないか目を光らせるとともに交差点では急加速して総理専用車の外側に回り込み、横からの突進に備える。

大規模警備の際は警護対象者が高速道路を使用する際はネクスコ高速道路交通警察隊などが協力して一時的に交通規制が行われ、警護対象者の訪問地周辺には不審物や不審者への対処として警備犬が出動し、爆発物処理班NBCテロ対応専門部隊も展開しているほか、水難救助隊が潜水検索する。また、周辺には車列に随行して現場指揮を執る警護指揮車や襲撃者への対処として特殊部隊(SAT)も展開している。警護指揮車は沿道警備に配置されている沿道員に無線で指示するほか、車列の現在位置や訪問地への出入時間などの情報を収集するため、方面系や共通系など多系統の無線を搭載している。警護指揮車には、マイクロバスミニバンといった様々な車両が投入されている[13]

武器・防具

SPの武器拳銃である。拳銃に関しては多種多様なものが用意されており、各課員が自らに合う銃を選んで使用していると思われる。大半のSPはSIG SAUER P230JPのほか、ベレッタ 92FS VertecH&K USPなどの自動式拳銃、もしくは一般的な自動式拳銃よりも堅牢で扱いやすい信頼性が認められるニューナンブM60S&W M37などの回転式拳銃を選んで使用していると思われる[14][15]。一部には、数ある自動式拳銃の中でも強力な火力(装弾数が多い)を有するとされるグロック社製拳銃[16]およびH&K社製のH&K P2000を装備しているSPもいることが確認[17]されている。

拳銃以外の武器として、特殊警棒を腰周りに携行し、その他の装備品としては警察手帳手錠、携帯用無線機携帯電話を常に装備している。SPは携帯用無線機をスーツの内ポケットに隠し、コードを袖に通してマイクを手の中に収めて使用している。SPが採用している携帯用無線機のイヤホンは半透明のカールコード型で、首の後ろから耳に通して使用している。警護対象者の直近に配置されるSPは、警護対象者を銃撃から防護する防弾資機材として、防護板や防弾コートを携行している。一部には、内着型防弾衣を着用するSPもいることが確認されている。さらには、防護板を襲撃者の手足や首に叩きつけて瞬時に制圧する武術も訓練されている[2]。また、米国など海外の警護体制を参考に選挙遊説など多数の聴衆が集まる屋外での警護でドローンを活用した上空からの警戒を行っているほか、警護対象者の周囲に設置する防弾ガラスなどを導入している[18]

SPの活動をテーマにした作品

映画
漫画
小説
ドラマ

脚注

注釈

  1. ^ 「警衛」は警察官のみに用いられる語で、皇宮護衛官の警護は「護衛」。

出典

  1. ^ a b 高橋博 (2007年6月). “自治体首長の警護体制” (PDF). 東京海上日動リスクコンサルティング株式会社. 2019年5月5日閲覧。
  2. ^ a b c Jウイング別冊編集部編 『オールアバウト警視庁』 イカロス出版、P.76-79、2017年6月30日、ISBN 978-4-8022-0330-2
  3. ^ 「悠仁さまのご身辺が手薄にならないように」現役宮内庁長官が語った皇室警備の実情 | 文春オンライン
  4. ^ 読売新聞 (2022年7月31日). “〇〇容疑者は「完全にノーマーク」、ローンウルフは黙々と凶器を作り続けた”. 読売新聞社. 2023年1月21日閲覧。
  5. ^ YouTube 1986年3月13日に赤坂迎賓館で行われた公開訓練の動画
  6. ^ 警備警察 | 令和6年度警視庁採用サイト . 警視庁採用センター . 2024年4月21日閲覧。
  7. ^ 警視庁の活動 | 東京都”. 警視庁 (2016年8月5日). 2019年4月21日閲覧。
    “レーガン大統領守り撃たれた警護隊員 「日本の警察は高度、ただ…」”. 朝日新聞. (2022年7月15日). https://www.asahi.com/articles/ASQ7G059KQ7FUHBI00M.html 2023年4月25日閲覧。 
  8. ^ a b 警視庁FAQ . 警視庁受験伊藤塾 . 2023年1月21日閲覧。
  9. ^ 小泉内閣メールマガジン 第31号”. 首相官邸 (2002年1月24日). 2009年5月5日閲覧。
  10. ^ a b SP鉄の掟は強面に「ポマード」? SP発足40年「命かけて守る精鋭」 サミット控え訓練公開 産経新聞 2015年11月21日
  11. ^ 菊池雅之 『警察組織解体新書』 ぶんか社、P.60-61、2019年1月14日、ISBN 978-4-8211-6784-5
  12. ^ 蓮見清一『パトカー&警察車両徹底ガイド』宝島社、53-61頁
  13. ^ 山辺正二郎編 『機動隊パーフェクトブック』 イカロス出版、P.66-67、2010年9月16日、ISBN 978-4-06-366613-7
  14. ^ 大塚 2008, p. 51.
  15. ^ 大塚 2021, p. 10.
  16. ^ YouTube 2010年4月26日にパシフィコ横浜で行われた公開訓練の動画
  17. ^ Turk Takano「警視庁の特殊拳銃」『Gun Professionals』、ホビージャパン、2015年9月、70-71頁。 
  18. ^ 安倍晋三元首相銃撃事件から1か月 旧統一教会との関係相次ぐ”. NHK政治マガジン. 2023年1月21日閲覧。

参考文献

  • 大塚正諭「警護のスペシャリスト 日本警察SP」『SATマガジン』、KAMADO、46-51頁、2008年9月。 
  • 大塚正諭「警視庁・特殊部隊 これが最新SATだ」『SATマガジン』、SATM、18-19頁、2021年11月。 

関連項目