ステップヤマネコ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ステップヤマネコ
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
上目 : ローラシア獣上目 Laurasiatheria
: ネコ目 Carnivora
: ネコ科 Felidae
: ネコ属 Felis
: リビアヤマネコ F. lybica
亜種 : ステップヤマネコ
学名
Felis lybica ornata
J.E.Gray1830[2]
和名
ステップヤマネコ[3]
英名
Asiatic wildcat[4]

Indian desert cat[2]

分布域
黄色が本亜種の分布域

ステップヤマネコは、食肉目ネコ科ネコ属に分類される動物。リビアヤマネコまたはヨーロッパヤマネコの一亜種。東カスピ海を中心にカザフスタン及び、インド西部、中国西部、モンゴル西部にかけて分布する。アジアヤマネコインドスナネコとも呼ばれる[5]IUCNレッドリストでは他のヨーロッパヤマネコ亜種と共に低危険種に分類されている[1]。現在の保全状況および生息域全体にわたる個体数などの情報はないが、減少傾向にあると考えられている[6]

特徴[編集]

ステップヤマネコは長く先細りで先端が必ず黒く染まった斑模様の尾をもつ。頭部には4本のはっきりした黒い帯が見られる。耳の先からは、小さいがはっきりとした程度の房毛が伸びる。生息地が乾燥しているほど色は薄くなり、湿潤な森林地帯には色も濃く斑や帯もはっきりとした個体が生息する。のどから腹にかけての体表は白や明るい灰色からクリーム色をしており、はっきりとした白のまだら模様がのど、胸、下腹にかけてよくみられる。毛足は生息地によらず短いが、年齢や季節によって変動する。イエネコと比べて足は長い。一般にオスのほうがメスよりも重い[5]

パキスタン及びインドでは、淡い黄土色の毛並みに、胴と脇腹に小さい斑が縦にならんだ柄がみられる[7]中央アジアではより灰黄色または赤に近い毛並みに小さな黒または赤茶色の斑がみられる。特にテンシャン山脈の東の中央アジア地域では斑がつながって帯のようになった柄がときおり見られる[8]

体重は3~4kg程度[9][10]

分布と生息地[編集]

トーマス・ハードウィック『インド動物図鑑』に描かれた本種。

コーカサスでは北西にはヨーロッパヤマネコが多く、南東にはステップヤマネコが多く共存する。この地域では、ヨーロッパヤマネコは山地の森林にみられ、ステップヤマネコはカスピ海に隣接する低地の砂漠および乾燥帯にみられる。水源の近くによく生息するが、通年乾燥した砂漠にも生息することがある。植生が十分ならば標高 2000 m から 3000 m山地にも生息する。冬に積雪の多い地域が生息域の北限となる[11]

アフガニスタンでは、1973年以前からハザラジャート英語版山地とヘラート近郊のシバール峠英語版からバーミヤーン州にかけてのステップ地帯に生息していたという記録がある[12]

インドでは、タール砂漠及び低木砂漠英語版に生息する[13]。1999年には、ラージャスターン州ビーカネル英語版バールメールジャイサルメールパーリー英語版ナーガウルでまだ多く生息していたという報告がある[14]。1999年から2006年にかけては、タール砂漠での目撃報告は4例しかない[15]。パキスタンでは、シンド州の乾燥地帯に生息する[10]

1990年代はカザフスタンの低地によくみられ、個体数も安定していた。アゼルバイジャンでは生息域が明確に狭くなったことが記録されている[16]

中国では、新疆青海省甘粛省、寧夏陝西省内モンゴルに分布する。チベット北部および四川省にみられたという記録には疑問がある[17]。1950年以前には新疆の大河川流域全体とタクラマカン砂漠にわたる広大な地域に生息していたが、後に新疆南部のバインゴリン・モンゴル自治州アクス地区ホータン地区の3地域に限定されるようになった。毛皮を目的とした過剰な狩猟に加え、灌漑油田ガス田開発および農薬の過剰使用による生息域の縮小により、急速に野生個体数は減少している[18]

生態[編集]

ステップヤマネコは昼間によく観察される。岩の割れ目や他の動物が掘った巣穴に棲むことが多い[11]

ラージャスタン州西部の小さな生息地では、アレチネズミを主食としているが、ウサギネズミハトヤマウズラ英語版サケイクジャクヒヨドリスズメ、鳥の卵なども食べる。コブラカーペットバイパーサンドボア英語版ヤモリサソリ甲虫を捕まえるところも観察されている[13]

タリム盆地における食性調査によれば、タリムノウサギが主食で、スナネズミトビネズミ家禽、小鳥、魚、イツユビコミミトビネズミ英語版属, キノボリトカゲニワカナヘビなどを食べる[18]

分類[編集]

margarita
スナネコ

bieti
ハイイロネコ

silvestris
ヨーロッパヤマネコ

cafra
アフリカヤマネコ

ornata
(ステップヤマネコ)

lybica + イエネコ

スナネコ外群としミトコンドリアDNAのND5およびND6遺伝子から推定した系統関係[19]

イエネコと近縁なヤマネコ類には、遺伝学的に異なる5つの集団(右図)が存在していることが知られている[20]。このうちどれを独立種としどれを亜種とするか、また家畜化されたイエネコを独立の種または亜種とみなすかどうかは見解が一致していない[21]。これらを全てヨーロッパヤマネコの亜種とする場合もあり[20]、逆に全てを独立種とする見解もある[2]。あるいはsilvestrisは長期にわたって分布域が分断され生態や形態からも明確に区別ができることから別種とし、またbietiornataと同所的であるにもかかわらず明瞭に区別できることからやはり別種とする見解もある[22]

以下の分類はIUCN SSC Cat Specialist Group (2017)[2] にしたがっており、lybicacafraornataの3集団で1種としている。

種への脅威[編集]

メスのステップヤマネコは頻繁にイエネコのオスとつがいになり、野生のメスが近くに棲む村では雑種がよくみられる[11]。アフガニスタンでは多数が狩猟されており 1977年のカーブル市場では1200の毛皮が様々な品物に加工されて陳列されていた[12]

保存活動[編集]

本亜種を含んで種としてのヨーロッパヤマネコワシントン条約の附属書IIに記載されている。アフガニスタンでは2009年から保護動物リストに載り法的に保護されており、アフガニスタン国内での狩猟及び取引は全面的に禁止され、優先的に研究すべき種として指定されている[1]

参考文献[編集]

  1. ^ a b c Yamaguchi, N., Kitchener, A., Driscoll, C. & Nussberger, B. (2015). "Felis silvestris". IUCN Red List of Threatened Species. Version 2015.2. International Union for Conservation of Nature.
  2. ^ a b c d IUCN SSC Cat Specialist Group (2017). Genus Felis. “A revised taxonomy of the Felidae : The final report of the Cat Classification Task Force of the IUCN Cat Specialist Groupe”. Cat News (Special Issue 11): 11-21. https://hdl.handle.net/10088/32616. 
  3. ^ 増田隆一, アブダカディル・アブリミット, ハリクマ・ハムト, 大舘智志, 高橋学察「中国新彊シルクロード周辺に分布するヤマネコ類 : 特にステップヤマネコFelis silvestris ornataの生息状況について」『哺乳類科学』第39巻第2号、日本哺乳類学会、1999年12月、307-321頁、doi:10.11238/mammalianscience.39.307ISSN 0385437XNAID 130000885279 
  4. ^ Asiatic wildcat”. IUCN/SSC Cat Specialist Group. 2018年11月15日閲覧。
  5. ^ a b Nowell, K., Jackson, P. (1996). Asiatic Wildcat Felis silvestris, ornata group (Gray 1830) Archived 2012年11月29日, at the Wayback Machine. In: Wild Cats: status survey and conservation action plan. IUCN/SSC Cat Specialist Group, Gland, Switzerland
  6. ^ Jutzeler, E., Xie, Y. Vogt, K. (2010). Asian wildcat. Cat News Special Issue 5 Autumn 2010: 42-43.
  7. ^ Sunquist, M., Sunquist, F. 2002. African-Asian wildcat Felis silvestris lybica and Felis silvestris ornata. In: Wild Cats of the World. The University of Chicago Press. ISBN 0-226-77999-8. pp. 92-98.
  8. ^ Groves, C. P. (1980). “The Chinese mountain cat (Felis bieti)”. Carnivore 3 (3): 35-41. 
  9. ^ Schaller, G. B. 1967. The deer and the tiger. Chicago University Press, Chicago.
  10. ^ a b Roberts, T. J. 1977. The Mammals of Pakistan. Ernest Benn, London.
  11. ^ a b c Geptner, V.G., Sludskii, A. A. 1972. Mlekopitaiuščie Sovetskogo Soiuza. Vysšaia Škola, Moskva. (In Russian; English translation: Heptner, V.G.; Sludskii, A.A.; Bannikov, A.G.; (1992) Mammals of the Soviet Union. Volume II, Part 2: Carnivora (Hyaenas and Cats). Smithsonian Institution and the National Science Foundation, Washington DC). pp. 398-497.
  12. ^ a b Habibi, K. 1977. The mammals of Afghanistan: their distribution and status. Unpublished report to the UNDP, FAO and Ministry of Agriculture, Kabul.
  13. ^ a b Sharma, I. K. (1979). “Habits, feeding, breeding and reaction to man of the desert cat Felis libyca (Gray) in the Indian Desert”. Journal of the Bombay Natural History Society 76 (3): 498-499. 
  14. ^ Sharma, S.; Sharma, S. K.; Sharma, S. (2003). “Notes on mammalian fauna in Rajasthan”. Zoos' Print Journal 18 (4): 1085-1088. doi:10.11609/jott.zpj.18.4.1085-8. http://www.zoosprint.org/ZooPrintJournal/2003/April/1085-1088.pdf. 
  15. ^ Dookia, S. (2007). Sighting of Asiatic Wildcat in Gogelao Enclosure, Nagaur in Thar Desert of Rajasthan. Cat News 46: 17-18.
  16. ^ Belousova, A.V. (1993). “Small Felidae of Eastern Europe, Central Asia, and the Far East: survey of the state of populations”. Lutreola 2: 16-21. http://www.catsg.org/catsglib/recordetail.php?recordid=3737. 
  17. ^ Smith, A. T., Xie, Y. (2008). A guide to the Mammals of China. Princeton University Press, New Jersey ISBN 0691099847
  18. ^ a b Abdukadir, Ablimit; Khan, Babar; Masuda, Ryuichi; Ohdachi, Satoshi (2010). “Asiatic wild cat (Felis silvestris ornata) is no more a ‘Least Concern’ species in Xinjiang, China”. Pakistan Journal of Wildlife (Pakistan Wildlife Foundation) 1 (2): 57-63. NAID 120004405543. https://hdl.handle.net/2115/49688. 
  19. ^ Driscoll et al. (2007). “The Near Eastern origin of cat domestication”. Science 317 (5837): 519-523. doi:10.1126/science.1139518. 
  20. ^ a b Driscoll, Carlos A.; Menotti-Raymond, Marilyn; Roca, Alfred L.; Hupe, Karsten; Johnson, Warren E.; Geffen, Eli; Harley, Eric H.; Delibes, Miguel et al. (2007-07-27). “The Near Eastern Origin of Cat Domestication” (英語). Science. doi:10.1126/science.1139518. PMC 5612713. PMID 17600185. https://www.science.org/doi/abs/10.1126/science.1139518. 
  21. ^ Yamaguchi et al. (2015年). “Felis silvestris”. The IUCN Red List of Threatened Species. IUCN. doi:10.2305/IUCN.UK.2015-2.RLTS.T60354712A50652361.en. 2018年11月13日閲覧。
  22. ^ Kitchener & Rees (2009). “Modelling the dynamic biogeography of the wildcat: implications for taxonomy and conservation”. J. Zool. 279: 144–155. doi:10.1111/j.1469-7998.2009.00599.x. 

外部リンク[編集]