ケルベロス第五の首

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ケルベロス第五の首
The Fifth Head of Cerberus
著者 ジーン・ウルフ
訳者 柳下毅一郎
発行日 アメリカ合衆国の旗 1972年
日本の旗 2004年7月20日
発行元 アメリカ合衆国の旗Ultramarine Publishing Company
日本の旗国書刊行会
ジャンル サイエンス・フィクション
アメリカ合衆国の旗
言語 英語
形態 ハードカバー
ページ数 331(国書刊行会版)
コード ISBN 978-4336045669
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ケルベロス第五の首』(けるべろすだいごのくび、The Fifth Head of Cerberus)は、ジーン・ウルフ1972年に発表した長篇小説。日本では、柳下毅一郎の翻訳で国書刊行会から出版された。

ウルフの長篇第2作であり、アイデンティティ記憶など、その後も著者が取り上げるテーマが描かれている。いくつもの形式や文体が織り込まれ、くわえて謎解きの要素をもつことから、ミステリー読者からも評価されている。

題名にあるケルベロスとは、ギリシア神話において地獄の入口で番犬をしているとされる、3つ頭の怪物である。

概要[編集]

連作中篇を1冊の単行本として発行したもの。最初の中篇「ケルベロス第五の首」は、1972年にデーモン・ナイトが編集したアンソロジー Orbit の第10号に掲載された。

物語は、地球から20光年離れたサント・クロアとサント・アンヌという2つの惑星を舞台とし、次の3篇で構成される。

  • ケルベロス第五の首The Fifth Head of Cerberus) - サント・クロアの屋敷に住む男性の回想記
  • 『ある物語』ジョン・V・マーシュ作"A Story," by John V. Marsch) - 少年を中心とした民話風の物語
  • V・R・TV.R.T.) - サント・クロアの囚人の尋問記録

各中篇の登場人物とあらすじは後述。

サント・クロアとサント・アンヌは、双子惑星となっている。サント・アンヌには、「アボ」と呼ばれた原住種族がいた。アボは変身能力をもち、手先が不器用で地球人の道具をうまく使えないと言われている。通説によれば、アボは地球人の植民によって絶滅したとされるが、別の説も存在する。アボは逆に地球人を絶滅させて取って代わったが、記憶を失ってしまったというもので、ヴェールの仮説と呼ばれる。こうしたアボについての謎が、3篇をつなげる役割をはたしている。

主な登場人物[編集]

ケルベロス第五の首[編集]

第五号(Number Five)
語り手。文中では「わたし」。サント・クロアの〈犬の館〉と呼ばれる屋敷に住み、館の主人である父に第五号と名づけられる。茶色の髪と目、尖った顎をもつ。
デイヴィッド(David)
幼い頃から第五号とともに育つ。館の主人の実の息子。ブロンドでカールした髪と青い目をもつ。
ミスター・ミリオン(Mr. Million)
第五号とデイヴィッドの家庭教師であるロボット。
主人(Maitre)
〈犬の館〉の主人。第五号にはと呼ばれているが、遺伝的には同一人物。自らのクローンを何度も作っている。
ジーニー叔母さん / オーブリー・ヴェール博士(Aunt Jeannine / Dr. Aubrey Veil)
第五号の叔母と名乗るが、遺伝的には第五号の2世代前の人物の娘。脚が弱いため特殊な装置で移動する。アボに関する「ヴェールの仮説」を立てる。
フィードリア(Phaedria)
第五号やデイヴィッドの友人になる少女。黒い髪、アーチを描く黒い眉、紫色の目をもつ。脚にギプスをしているときに第五号と知りあう。
マーシュ博士(Dr. Marsch)
地球から来た人類学者と名乗る男。サント・アンヌで数年をすごしたのち、サント・クロアを訪れた。黒い髪と明るい緑色の目をもつ。

『ある物語』ジョン・V・マーシュ作[編集]

砂歩きのジョン(John Sandwalker)
物語の中心となる少年。丘人の母から生まれる。他の丘人たちと同じく緑色の目をしている。
東風のジョン(John Eastwind)
砂歩きと同じ母から生まれるが、川で流されて沼人の一員となる。
待ち受ける七人の娘(Seven Girls Waiting)
砂歩きと親しくなる少女。〈ピンクの蝶々のメアリー〉という名の赤子を連れている。
影の子(Shadow Children)
砂歩きから見れば貧弱な種族。影の子の老賢者によれば、自分たちは星を旅してこの地にきたが、毒草を口に入れる習慣を身につけたために今の姿になったという。
沼人(marshmen)
下流の沼沢地に住む。砂歩きたちを捕らえて儀式の生け贄に捧げようとする。

V・R・T[編集]

ジョン・V・マーシュ(John V. Marsch)
物語の中心人物のひとり。20代後半。サント・アンヌからサント・クロアを訪れ、〈犬の館〉を訪問したのちに囚人となる。地球から来た人類学者だと主張するが釈放されない。
士官(officer)
サント・クロアの士官。囚人であるマーシュの資料を調べる。
R・トレンチャード(R. Trenchard)
サント・アンヌの物乞い。赤い髪、青い目、長い上唇をもつ。
ヴィクター・R・トレンチャード(V.R.T.)
トレンチャードの息子で、黒髪と緑色の目をもつ。自称16歳。自分の母親はアボだと語り、マーシュの助手となる。泳ぎや喋りの物真似はうまいが、手先は不器用。
セレスティーヌ・エティエンヌ(Celestine Etienne)
マーシュが逮捕された下宿にいた女性。茶色く縮れた髪、尖った顎、アーチを描く黒い眉、青紫色の目をもち、ピンクのドレスを着る。

あらすじ[編集]

ケルベロス第五の首[編集]

語り手の「わたし」が住むのは、サント・クロアの都市ポート・ミミゾン、サルタンバンク通りの666番地。ケルベロスが置かれていることから〈犬の館〉と呼ばれる屋敷だった。兄弟のデイヴィッドと共に育った彼は、父に第五号と名づけられ、催眠治療を受けるようになる。この治療のため、第五号は記憶に欠落が生じるようになる。

第五号は、ジーニー叔母さんと名乗る女性から、「ヴェールの仮説」を教わる。また、地球から来たというマーシュ博士からは、自分が父のクローンである可能性を教えられる。第五号は、奴隷のなかに自分に似た者がいることに気づき、父が失敗作のクローンを売っていたことを知る。

ある日、第五号は父の殺害を決心する。彼は外科用のメスを隠し持って父に会うが、ちょうどマーシュ博士が訪問する。第五号は、マーシュ博士がアボだと主張し、そののちに父は死亡する。

『ある物語』ジョン・V・マーシュ作[編集]

丘人の〈揺れる杉の枝〉という女は、〈砂歩き〉と〈東風〉という2人の男児を生んだ。全ての男児は、男を意味する言葉である「ジョン」を名づけられるため、2人は砂歩きのジョンと東風のジョンと呼ばれる。

東風のジョンは生まれてすぐに川で流され、生き別れになる。少年となった砂歩きのジョンは、狩りの最中に〈影の子〉たちと出会い、友人になる。砂歩きは、〈待ち受ける七人の娘〉と出会い、彼女と暮らす。しかし母や仲間が沼人に捕まったと知り、湿地へ向かう。

砂歩きは仲間を助けようとするが失敗し、囚われの身となる。沼人は砂歩きたちを生け贄に捧げようとしており、沼人のなかには東風の姿もあった。待ち受ける七人の娘や影の子も沼人に捕まり、砂歩きの仲間は、沼人の儀式で次々と犠牲になる。かつて自分たちは星から来たと語る影の子は、助かるために星船を呼ぶ。

V・R・T[編集]

マーシュは、サント・クロアで囚人となっていた。サント・クロアの士官は、警察から送られた資料を確認する。そこには、サント・アンヌでの調査記録、表紙にV・R・Tと書かれた英作文練習帳、囚人が独房で書いた文書、尋問の記録が含まれている。マーシュには殺人とサント・アンヌのスパイ容疑がかかっていた。

サント・アンヌでの調査記録によれば、マーシュはアンヌ人(アボ)の存在について聞き取りをしていた。マーシュは、自分がアボだと主張するトレンチャードという男に会うが、彼はアボには見えなかった。マーシュは、トレンチャードの息子でアボとのハーフだというV・R・Tを助手にする。V・R・Tは、自分の母はアボであり、かつて野外でアボに会ったと語る。マーシュは、アボを求めてサント・アンヌ奥地を調査するが、少年が川に落ちて死んだと記していた。

マーシュは、〈犬の館〉を訪問後に逮捕される。彼は他の囚人と壁を叩いて会話をしつつ、ペンと紙を借りて文章をつづる。そこには、〈犬の館〉でヴェールと会ったことや、幼い頃の体験が書かれていた。やがてマーシュは自分が捕まった理由を知る。〈犬の館〉の主人を捜査に協力させてはどうかと提案するが、館の主人がすでに死んだことを知るのだった。

年表[編集]

以下は、本作の記述をもとにした年表。「ケルベロス第五の首」の最後の記述を基準とする。ページ数は、国書刊行会の初版による。

  1. 約310年以上前 - アンヌ人(アボ)が聖地に木を植える(p.248)
  2. 約210年前 - フランス系移民がサント・アンヌに到着し、沼地でアボと会う(p.245) / フランス系移民がサント・クロアに植民開始(p.53)
  3. 約150年前 - 〈犬の館〉が建てられる(p.53)
  4. 約90年前 - ブラント夫人、子供時代にアボと遊ぶ(p.192)
  5. 約60年前 - サント・クロアの人口が減少をはじめる(p.53)
  6. 約60年前 - ロベール・キュロの祖父がアボを目撃(p.195)
  7. 約60年前 - 〈犬の館〉の主人が生まれる(p.94)
  8. 日付不明 - ジーニー叔母さんが生まれる(pp.33,90)
  9. 約57年前 - ロベール・キュロの祖父が死去(p.195)
  10. 約40年前 - 〈犬の館〉の主人、父を殺そうと決心する(p.90)
  11. 37年前 - ハグスミス博士、フレンチマンズ・ランディングに住む(p.197)
  12. 約33年前 - V・R・Tが誕生(p.296)
  13. 30年前 - 第五号が誕生(pp.100-101)
  14. 日付不明 - 〈犬の館〉の主人、子供のブローカーをやめる(p.83)
  15. 日付不明 - 第五号、ピンクのドレスの女性に会う(p.13)
  16. 約23年前 - 第五号、〈犬の館〉の主人に会う(p.23)
  17. 約18年前 夏 - 第五号、ジーニー叔母さんに会う(p.29) / 第五号、催眠治療が始まる(p.38)
  18. 17年前 - マーシュ、サント・アンヌに到着(p.262)
  19. 17年前 3月13日 - マーシュ、ブラント夫人の話を聞く(p.191)
  20. 17年前 日付不明 - マーシュ、D氏の話を聞く(p.194)
  21. 17年前 日付不明 - マーシュ、ロベール・キュロから祖父の話を聞く(p.194)
  22. 17年前 日付不明 - マーシュ、ハグスミス博士の話を聞く(p.197)
  23. 17年前 日付不明 - マーシュ、ド・F氏の話を聞く(p.201)
  24. 17年前 3月21日 - マーシュ、トレンチャードやV・R・Tと会う(p.235)
  25. 17年前 3月22日 - マーシュ、トレンチャードの案内でアボの聖地を見る(p.235)
  26. 17年前 4月5日 - マーシュ、V・R・Tを連れてサント・アンヌ奥地の調査に出発(pp.203,269)
  27. 17年前 4月6日 - マーシュ、最初の夜営(p.203)
  28. 17年前 4月7日 - マーシュ、入植地を越えてサント・アンヌ奥地へ入る(p.203)
  29. 17年前 4月8日 - マーシュ、自分たちをつけてくる猫を発見(p.203)
  30. 17年前 4月10日 - マーシュ、V・R・Tにインタビュー(p.209)
  31. 17年前 4月11日 - マーシュ、水牛に似た動物を狩る(p.212)
  32. 17年前 4月12日 - マーシュ、V・R・Tが女と会っていると疑う。ハカアラシグマにラバを襲われる(p.292)
  33. 17年前 4月13日 - マーシュ、ラバの死体のまわりで人間の子供のような足跡を見る(p.294)
  34. 17年前 4月15日 - マーシュ、丘陵地帯へ到着(p.294)
  35. 17年前 4月16日 - マーシュ、V・R・Tにインタビュー(p.295)
  36. 17年前 4月21日 - マーシュ、高さ30フィートほどの樹上で見張り。V・R・Tがアンヌ人の女と会っていると考える(p.299)
  37. 17年前 4月22日 - マーシュ、ハカアラシグマとオイカケドラを射殺(p.308)
  38. 17年前 4月23日 - マーシュ、猫に手を噛まれる(p.309)
  39. 17年前 4月24日 - マーシュ、V・R・Tと峡谷への出発を相談(p.309) / 肉を2キロ離れた木に吊るす(p.310)
  40. 17年前 4月25日 - マーシュ、キャンプを畳む(p.310)
  41. 17年前 4月26日(後日のマーシュの指摘では6月1日執筆) - マーシュ、V・R・Tが死んだと書く。V・R・Tは高さ200メートルの峡谷で登攀に失敗し、川に落ちた(p.310)
  42. 17年前 4月29日 - マーシュ、少年の死体を洞窟に隠す。猫を殺す(pp.311,315)
  43. 17年前 6月3日 - マーシュ、丘をのぼる(p.313)
  44. 17年前 6月4日 - マーシュ、少年の死後、1か月以上火を起こしてきたが止める。地球人が来る前の自由の民の生活を推測する(p.313)
  45. 17年前 6月6日 - マーシュ、川沿いに山へ向かう(p.316)
  46. 17年前 6月7日 - マーシュ、服を身につけず靴だけをはいて進む(p.316)
  47. 17年前 日付不明 - マーシュ、裸の人間に囲まれる夢を見る(p.317)
  48. 14年前 - マーシュ、サント・アンヌ奥地からランに到着(p.269) / マーシュ、ロンスヴォーに滞在(p.270)
  49. 13年前 4月2日 - マーシュ、サント・クロアに到着(p.318)
  50. 13年前 4月 - 第五号、フィードリアと出会う(p.42)
  51. 13年前 49の翌日 - 第五号、〈犬の館〉でポーターを始める(p.47)
  52. 13年前 50の2、3日後 - マーシュ、第五号やヴェール博士と会う。この時は冬服(pp.48,303)
  53. 13年前 51の後日 - マーシュ、夏物の衣服を買う(p.287)
  54. 13年前 51の後日 - 第五号、フィードリアにマーシュやヴェール博士について話す(p.55)
  55. 13年前 53の翌日 - 第五号、ミスター・ミリオンの秘密を知る(p.58)
  56. 13年前 6月はじめ - 第五号、フィードリアやデイヴィッドと芝居に出演(p.61) / マーシュ、芝居を鑑賞(p.266)
  57. 12年前 6月5日 - 第五号、父に会う(p.87) / マーシュ、流行の服装で〈犬の館〉を訪問(pp.87,221) / 〈犬の館〉の主人が死亡。第五号は当時18歳(pp.100,318)
  58. 12年前 6月6日4時頃 - マーシュ、逮捕される(p.221)
  59. 12年前 日付不明 - 第五号が逮捕される(pp.100,318)
  60. 12年前 57の数週間後 - マーシュ、エティエンヌと面会する(p.307)
  61. 11年前 夏 - サント・クロアの士官、マーシュの取り調べ資料を確認(pp.181,233,317)
  62. 3年前 - 第五号が釈放される(p.101)
  63. 1日前 - フィードリアが子供を連れて〈犬の館〉を訪問(p.101)

書誌情報[編集]

英語版
翻訳

参考文献[編集]

日本における評価[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]