アンリ・ルバスク

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アンリ・ルバスク
Henri Lebasque
1900年
誕生日 (1865-09-25) 1865年9月25日
出生地 フランスの旗 フランス帝国メーヌ=エ=ロワール県シャンピニェ英語版
死没年 1937年8月7日(1937-08-07)
死没地 フランスの旗 フランス共和国アルプ=マリティーム県ル・カネ
国籍 フランス
運動・動向 ポスト印象派
芸術分野 絵画
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アンリ・ルバスクHenri Lebasque, 1865年9月25日 - 1937年8月7日)は、フランスポスト印象派画家

略歴[編集]

フランスのメーヌ=エ=ロワール県のシャンピニェ(Champigné)で生まれた。アンジェの美術学校(École régionale des beaux-arts d'Angers)で学んだ後、1886年にパリにでて、レオン・ボナに学び、フェルディナン・アンベールの助手として、パリのパンテオンに壁画を描いた。この頃、カミーユ・ピサロピエール=オーギュスト・ルノワールといった画家と知り合い、後に影響を受けた。ナビ派の画家のエドゥアール・ヴュイヤールや友人であるピエール・ボナールの影響を受た。

1903年に「サロン・ドートンヌ」の創立会員となり、友人であったアンリ・マティスアンデパンダン展に出展した[1] [2]ラウル・デュフィやルイ・ヴァルタ、アンリ・マンガンといった画家と友人になり、マンガンに誘われて、南フランスを旅し、その旅から明るい色調の作品を描くようになった。

人気のある画家になり、シャンゼリゼ劇場の装飾画も手掛けた[3]

彼の作品はオルセー美術館などで展示されている。

作品[編集]

脚注[編集]