陞官図

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水滸伝の陞官図

陞官図(しょうかんず)は、中国の伝統的なすごろくに似たゲーム。各マス目に官職が記されており、4面の独楽(コマ)を回して、出た目にしたがってマス目を移動し、高い官職につくのを目的とする。日本の現在のすごろくが出た目の数だけ進むのを基本としているのに対し、陞官図ではどこからどこへ行くかは各マス目の指示を見なければわからないところに特徴がある(このような種類のすごろくを「飛び双六」と呼ぶ[1])。

中国の伝統的なすごろくとしてはほかに螺旋形に進む葫蘆運(葫蘆問とも)がある。

ルール[編集]

陞官図は専用の盤(普通は紙製)と専用の独楽(4面のそれぞれに「徳・才・功・贓」の字が書かれたもの)を使用する。各競技者が交互に独楽を回して、盤の指示に従って駒を移動させる。

盤には一番下の白丁(無冠)から一番上の太師太保太傅までの官職が書かれており、それぞれの官の名の下に、どの目が出たらどこへ移動するかが書いてある。おおむね中央に行くほど官位が高くなるように書かれているものが多い。

歴史[編集]

陞官図の原型と思われるゲームとして「骰子選格」「彩選格」などがある。代の文献によれば、このゲームは9世紀前半の李郃が発明したという[2][3][4]。『太平広記』の引く「感定録」(李郃を李邰とする)によると、このゲームは「葉子」とも呼ばれたという(明以降の葉子戯はカードゲームであって、これとは別。馬弔を参照)[5]

李郃とほぼ同時代の房千里に「骰子選格序」という文章があり、それによると、開成3年(838年)にこのゲームを遊んだが、かわるがわるサイコロを投げて、出た目に従って出世して職官が変わるものであったという。房千里はこのゲームに使われた67種の官職を記している[6]

宋代にもさまざまに手を加えられたものが遊ばれていた[7]。そのうち、漢代の官職をもとにした劉敞(劉攽の撰とも[8])『漢官儀』が現存しているが、各官位ごとに何の目が出たらどこに行くかが書いてあり、2個のサイコロを振って官職を変わるほか、複雑な規則のある賭博であった[9]

17世紀はじめの『五雑組』によると、陞官図と同工異曲の選仙図や選仏図というゲームがあったという[10]。選仙図についてはすでに宋の李清照打馬図序」で言及されており、運まかせで技巧の働かせようのないゲームとして批判されている[11]

伝播[編集]

朝鮮ではスンギョンド(승경도、陞卿図)と呼ばれ、独楽ではなくユンモク(윤목、輪木)と呼ばれる5面の棒状サイコロを使用する。各面は刻み目の数で区別し、ユンノリと同じ名称で呼ばれる。最高官位の領議政にあがるのを目的とするコースほか、いくつかのコースに分かれる[12]

日本の絵すごろくの先祖とされる仏法すごろくはすべてのマスに目ごとの行く先が書いてあり、『五雑組』にいう選仏図に由来するという説がある[13]

陞官図に使うものと同様の独楽は世界中に分布する。イギリスのティートータムや、ハヌカーで使用するドレイドルなどがよく知られる。日本でも「お花独楽」という同様の独楽があり、賭博に使われた[14][15]

脚注[編集]

  1. ^ 江戸・明治の出世双六~上(あが)りにたくす夢~』東京学芸大学附属図書館http://library.u-gakugei.ac.jp/lbhome/tenjikai/tenjikai_H18.html 解説コラム参照
  2. ^ 新唐書』 芸文志三https://archive.org/stream/06060832.cn#page/n164/mode/2up。"李郃『骰子選格』三巻(字仲玄、賀州刺史)"。 
  3. ^ 高承『事物紀原』 巻9・彩選https://archive.org/stream/06070968.cn#page/n78/mode/2up 
  4. ^ 徐度『卻掃編』巻下「彩選格起于唐李郃。本朝踵之者有趙明遠・尹師魯。」
  5. ^ 太平広記』 巻136・徴応2・李邰https://archive.org/stream/06053295.cn#page/n114/mode/2up。"唐李邰為賀州刺史、与妓人葉茂蓮江行。因撰『骰子選』、謂之「葉子」。咸通以来、天下尚之、殊不知応本朝年祚。正体書「葉」字「廿世木子」。自武徳至天祐、恰二十世。(出『感定録』)"。 
  6. ^ 房千里『骰子選格序https://archive.org/stream/06069905.cn#page/n68/mode/2up 四庫全書版重較説郛巻102。なお『文苑英華』巻378に引く「骰子選格序」はこれより長文だが、官職を記さない)
  7. ^ 『宋史』芸文志七には、上記李郃の書物のほか、趙明遠『皇宋進士彩選』、劉敞『漢官儀』、王慎修『宣和彩選』、劉蒙叟『彩選格』、李煜妻周氏『係蒙小葉子格』および無名氏の『尋仙彩選』、『葉子格』、『偏金葉子格』、『小葉子例』などが見える
  8. ^ 阮元揅経室外集』 巻19・四庫未収書提要・漢官儀三巻提要http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=79232&page=29 
  9. ^ 漢官儀http://ctext.org/library.pl?if=en&file=82734&page=2 (十万巻楼叢書本)
  10. ^ 『五雑組』巻6「唐李郃有骰子選格。宋劉蒙叟・楊億等有彩選格。即今陞官図也。諸戯之中最為俚俗。不知尹洙・張訪諸公、何以為之。不一而足。至又有選仙図・選仏図、不足観矣。」
  11. ^ 李清照「打馬図序」「選仙・加減・挿関火、質魯任命、無所施人智巧。」
  12. ^ Culin, Stewart (1895). Korean games with notes on the corresponding games of China and Japan. University of Pennsylvania. pp. 77-78. https://archive.org/stream/koreangameswith01culigoog#page/n168/mode/2up 
  13. ^ 柳亭種彦還魂紙料(すきかえし)』1826年https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100183454。"此雙六の起に種々の説あり。まづ漢土に選仏図といふ者あり。それを写しゝ者といへり。長胤が『名物六帖』に『五雑組』を引て選仏図(じやうどすごろく)と仮字を附たり。まへに載し『潜蔵子』も此説によりて遷仏図の字を用ひし歟。(後略)"。 
  14. ^ ゲーム資料館・伝統ゲーム紹介・お花こま』ボードウォーク・コミュニティーhttp://www.asahi-net.or.jp/~RP9H-TKHS/dg_ohanagoma.htm 
  15. ^ 尾佐竹猛賭博と掏摸の研究』総葉社書店、1925年、151-154頁https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1018555/87 

外部リンク[編集]