羽田彦四郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
羽田彦四郎

羽田 彦四郎(はだ ひこしろう、明治2年7月4日[1]1869年8月11日) - 昭和21年(1946年7月16日[2])は、日本の衆議院議員憲政会立憲民政党)。弁護士実業家

経歴[編集]

臼杵藩士羽田角弥の二男として臼杵城下に生まれる。1892年(明治25年)、東京法学院(現在の中央大学)を卒業し、弁護士試験に合格した。弁護士として活動し、東京弁護士会副会長に選ばれた。また実業家としても中央鉄道(のち武州鉄道)社長、米田鉱業株式会社社長、日本紙工株式会社取締役、日英石鹸株式会社監査役などを務めた。

1926年(大正15年)、衆議院議員に補欠当選を果たした。

脚注[編集]

  1. ^ 『大衆人事録』
  2. ^ 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。

参考文献[編集]

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。