大阪鉄道デロ20形電車

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大阪鉄道デロ20形電車(おおさかてつどうデロ20がたでんしゃ)は、近畿日本鉄道(近鉄)南大阪線などの前身となる大阪鉄道(大鉄)が1925年に製造した電車である。

概要[編集]

デイ1形の増備車として製造された車両であり[1]、大鉄初の半鋼製車として1925年10月に21 - 25が川崎造船所で、26・27が大阪鉄工所で製造された[1][2][3]

「デ」は「電動車」の「デ」、「ロ」は大鉄でデイ1形から数えて2番目の電車形式となることから、いろは順2番目の文字「ろ」をとったものである[1]。等級を表す記号ではない。

車体[編集]

形態としてはデイ1形をそのまま半鋼製にしたようなスタイルであり、丸みを帯びた非貫通5枚窓の両運転台車、側面は運転台横に小窓がある[1][4]。側面の窓配置は1D222D222D1でありデイ1形から引き続き窓枠上部に装飾を施したアーチ型窓を採用した[1]。前面には当時ではまだ珍しかったアンチクライマを装備した[2]。また木造車の名残としてトラスロッド(トラス棒)が取り付けられている[1]

主要機器[編集]

電装品はウェスティングハウス・エレクトリック(WH)製で、主電動機はWH-556J-6[注 1]であり4基搭載としている[2][1]。制御器はHL形制御器であり、ブレーキはM三動弁によるM自動空気ブレーキとなっている[5]

台車は汽車製造製でボールドウィン形のBW84-25AAとなっている[2][3]

改造・改番[編集]

1943年に大鉄は関西急行鉄道(関急)へ合併され、7両ともモ5621形に形式番号が変更された[1]

デロ20形デロ21 - 27 → モ5621形5621 - 5627

また、戦後HLであった制御器はAL形に改造された[4][3]

また、改造時期は不明ながら幕板張替の際に、高松琴平電気鉄道に譲渡された一部の車両を除いて窓枠上部のアーチ型窓は潰されている[2]

運用・廃車[編集]

製造時より南大阪線系統で使用されていたが、モ5623については1943 - 1948年まで名古屋営業局にて使用されている[1]。1960年にクニ5421形を南大阪線特急「かもしか」号として使用するためモ5621 - 5624の電装品が転用されることとなり、この4両は廃車となった[3]。4両の車体は1961年に高松琴平電気鉄道に譲渡され同社の20形となっている[1][3]。一方、モ5625 - 5627は終始南大阪線系統で使用され晩年は主に手荷物列車用となり[2]、1969年に廃車となっている[1][3]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 出力75 kW・歯車比3.45[2]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k 鉄道ピクトリアル 1975年11月臨時増刊号(No.313)『近畿日本鉄道』「私鉄車両めぐり[106] 近畿日本鉄道」 98頁
  2. ^ a b c d e f g 鉄道ピクトリアル 1969年3月号(No.221)『私鉄車両めぐり(78) 近畿日本鉄道[3]」 69頁
  3. ^ a b c d e f 三好好三『近鉄電車』p.183
  4. ^ a b 鉄道ピクトリアル 1960年5月号(No.106)『私鉄車両めぐり(38) 近畿日本鉄道[終]」 41頁
  5. ^ 廣田・鹿島『日本の私鉄1 近鉄』109 - 110頁

参考文献[編集]

  • 鉄道ピクトリアル
    • 『鉄道ピクトリアル』第106号、電気車研究会、1960年5月。 
    • 『鉄道ピクトリアル』第221号、電気車研究会、1969年3月。 
    • 「近畿日本鉄道 特集」『鉄道ピクトリアル』第313号、電気車研究会、1975年11月。 

関連項目[編集]