地蔵院 (川口市)

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地蔵院
本堂
所在地 埼玉県川口市桜町5-5-39
位置 北緯35度50分19秒 東経139度44分26秒 / 北緯35.83861度 東経139.74056度 / 35.83861; 139.74056座標: 北緯35度50分19秒 東経139度44分26秒 / 北緯35.83861度 東経139.74056度 / 35.83861; 139.74056
山号 箱崎山
宗派 真言宗智山派
本尊 地蔵菩薩
創建年 不詳
開山 了雅
中興年 江戸時代初期
中興 尊蓮
正式名 筥崎山錫杖寺地蔵院
札所等 埼玉六地蔵 第2番
足立坂東三十三観音 第29番
武州足立百不動尊 第29番
北足立八十八ヵ所 第59番
武蔵国八十八ヶ所 第59番
文化財 道標、木造不動明王立像(以上、川口市指定有形文化財)、小谷三志の墓(川口市指定史跡)、地蔵院のタブノキ(川口市指定天然記念物)
公式サイト 【公式】川口市 地蔵院|真言宗智山派筥﨑山地蔵院
法人番号 4030005012281 ウィキデータを編集
地蔵院の位置(埼玉県内)
地蔵院
地蔵院
地蔵院 (埼玉県)
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地蔵院(じぞういん)は、埼玉県川口市にある真言宗智山派寺院

歴史[編集]

創建年代は不明であるが、了雅によって開山された。当院公式サイトでは「平安時代よりの長い歴史を持つ寺院」としている[1][2]

江戸時代初期に、1648年(慶安元年)寂の尊蓮によって中興された。かつては17の末寺を擁していた。寺領は3万もあった[1][2]

境内には「小谷三志遺品保存館」がある。小谷三志(こたに さんし)は、江戸時代後期の富士講の指導者で、その一派「不二道」の創設者である。当時女人禁制とされてきた女性の富士山登頂を実現させたことでも知られている。三志の菩提寺が当院であり、三志の墓もある[1][2][3]

文化財[編集]

  • 道標(川口市指定有形文化財 昭和46年5月24日指定)[4]
  • 木造不動明王立像(川口市指定有形文化財 昭和55年3月29日指定)[5]
  • 小谷三志の墓(川口市指定史跡 昭和55年8月7日指定)[6]
  • 地蔵院のタブノキ(川口市指定天然記念物 昭和37年3月26日指定)[7]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 地蔵院トップページ 地蔵院
  2. ^ a b c 地蔵院 真言宗智山派 埼玉第一教区
  3. ^ 沼口信一 著『埼玉ふるさと散歩(川口市・鳩ヶ谷市)』さきたま出版会、1977年、94p
  4. ^ 道標 川口市立文化財センター
  5. ^ 木造不動明王立像 川口市立文化財センター
  6. ^ 小谷三志の墓 川口市立文化財センター
  7. ^ 地蔵院のタブノキ 川口市立文化財センター

参考文献[編集]

  • 沼口信一 著『埼玉ふるさと散歩(川口市・鳩ヶ谷市)』さきたま出版会、1977年

外部リンク[編集]