ユジャ・ワン

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王 羽佳
ユジャ・ワン(2012年)
基本情報
中国語 王 羽佳
漢語拼音 Wáng Yǔjiā
生誕 (1987-02-10) 1987年2月10日(37歳)[1]
中華人民共和国の旗 中国北京市
英語名 Yuja Wang
職業 ピアニスト
ジャンル クラシック音楽
担当楽器 ピアノ
レーベル ドイツ・グラモフォン
活動期間 2003年 -
教育 カーティス音楽院卒業
公式サイト http://www.yujawang.com/
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ユジャ・ワン[注 1] (中国語: 王 羽佳、Yuja Wang、1987年2月10日 - )は、中国出身のピアニスト。6歳からピアノを習い始め[1]、北京の中央音楽学院フィラデルフィアカーティス音楽院で学ぶ[1][3]。2000年代後半より世界各地の指揮者やオーケストラと共演、ドイツ・グラモフォンでの録音もおこない、技巧、表現、公演におけるカリスマ性ともに高く評価されている[1][4]。また、グラモフォン賞などいくつもの賞を受賞している[1][5]。おもなレパートリーとしてはラフマニノフプロコフィエフスクリャービンといったロシアの近現代音楽が挙げられるが、ベートーヴェンシューマンモーツァルトバッハなどのドイツのバロック古典派ロマン派・現代音楽の作曲家にも取り組んでいる[1][6][7]

来歴[編集]

カーティス音楽院卒業まで[編集]

1987年2月10日パーカッショニストの父とダンサーの母のもと、北京の音楽一家に生まれる。両親が結婚祝いとして貰ったピアノでメロディに親しみはじめ、6歳よりピアノのレッスンを開始した[1][6][8]。母からはダンサーとなることを望まれていたが、体が硬かったため挫折したという[6]。また、パーカッショニストだけでなく譜面起こしの仕事もしていた父はリズムに厳しく、完璧であることを求められたとも語っている[6]。ピアニストになることを意識し始めたのは7、8歳のころであるという[9]

7歳のときより3年間北京の中央音楽学院にて学んだ[3]。このころはブラームス以前の標準的なレパートリーに取り組み、曲を細部まで完璧に仕上げるよう指導されたという[10]。1999年に12歳で奨学金を得て、カナダカルガリーマウント・ロイヤル・カレッジ英語版におけるモーニング・サイド・ミュージック・サマー・プログラムに当時最年少で参加[11][12][10]。2001年には仙台国際音楽コンクールで3位に入賞[13]。同年にはマウント・ロイヤル・カレッジにフルタイムで通い始め[10][8]スタインウェイ・アーティストにも選ばれている[14]。15歳からはアメリカ合衆国フィラデルフィアカーティス音楽院にてゲイリー・グラフマンに師事したほか、レオン・フライシャー の薫陶も受けた[3][8][10]。また17歳のときにはマイケル・ティルソン・トーマスと出会い、以降師と仰ぐことになる[10]

この間2002年に、アスペン音楽祭のコンチェルト・コンペティションで優勝を果たし、翌年デイヴィッド・ジンマン指揮のチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の共演でヨーロッパ・デビューを果たしている[12][15]。2005年にはラドゥ・ルプの代役としてピンカス・ズーカーマン指揮の国立芸術センター管弦楽団と共演し、メジャー・コンサート・デビューを果たした[16][12]。さらに2007年3月には、マルタ・アルゲリッチの代役としてシャルル・デュトワ指揮のボストン交響楽団と共演、カーティス音楽院を卒業した翌2008年にはマレイ・ペライアの代役も務め、21歳で世界的な名声を獲得した[17][4][8]

カーティス音楽院卒業後[編集]

2009年ドイツ・グラモフォンと契約し、ショパンスクリャービンリストリゲティの楽曲を演奏した『ソナタ&エチュード』を発表[16][8]。同年には、ロレックスの文化大使にも選ばれている[4]。その後2011年にカーネギー・ホールにて、ソロ・リサイタル・デビューとなる公演をおこなった[18]

2011年以降も、2012年のサンフランシスコ交響楽団とのアジア・ツアーや2019年のシュターツカペレ・ドレスデンとのツアーなど、大御所から若手まで数多くの指揮者のもと世界各地のオーケストラと共演[11][8]。2017年にはミュージカル・アメリカ英語版年間最優秀アーティストに選ばれ[10]、同年以降マーラー室内管弦楽団[19]およびヨーロッパ室内管弦楽団[20]において弾き振りもおこなっている[1][4]。2018年の『ベルリン・リサイタル』が高い評価を受けるなど[8]、ドイツ・グラモフォンでのスタジオおよびライブでの協奏曲・室内楽・独奏曲の録音も継続的におこなっており、複数の賞を獲得している。

評価と発言[編集]

この軽快で輝かしい鍵盤の類まれなる演奏[注 2]は、偉大なピアニストでもあったプロコフィエフを、そしてかの伝説的なホロヴィッツですら嫉妬させただろう
Swed (2015)

演奏について[編集]

幼少時にはピアノ教師から手が小さすぎるためプロのピアニストになるのは難しいと言われており、成人後も小柄[注 3]であるが、彼女の演奏はそれを感じさせないと評されている[23][22]。超絶技巧を要する曲を弾きこなすだけでなく、深い洞察力や新鮮な解釈、情緒的な表現においても評価されている[4][16][20]パーカッショニストである父の影響もあり、しばしば優れたリズム感覚[注 4]について指摘される[6][21][24][25]。また、対位法の明快な解釈を評価する批評もある[21][26][10]。また下田 (2017, pp. 66f.) は、ショパンピアノ・ソナタ第2番』の演奏が論理的かつシリアスであると評し、ピアニスト像の目標としてピエール=ローラン・エマールミハイル・プレトニョフグリゴリー・ソコロフアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリウラディミール・ホロヴィッツを挙げていることからも派手な外見と演奏マナーとは裏腹の大変真面目な部分が見えると述べている。

ステージにおけるドラマティックで活気あふれるカリスマ的な魅力についても、耳の肥えた聴衆からクラシック初心者まで幅広く好評を博している[1][4][18]。躍動的な演奏は、アスリートさながらと評されることもある[7][27][28]。またソロ・リサイタルにおいては、しばしば直前まで数度に渡って演奏曲目を変更することでも知られている[6][29][30]。なおIsacoff (2017) によると、彼女自身は批評家の意見は気にしないと述べている。

作曲家や他の音楽家について[編集]

幼少時、母がチャイコフスキーの《白鳥の湖》のリハーサルをしているのを見た経験が、ロシアの作品への愛着へと繋がっている[1][6]。また、9歳のころに音楽プレイヤーを手に入れてからは、マウリツィオ・ポリーニアルトゥール・ルービンシュタインの弾くショパンヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮のベートーヴェンなどロマン派的な音楽にもLPレコードで親しんだ[6][31]

フィネーン (2013) によるインタビューでは、プロコフィエフラフマニノフスクリャービンといったロシアの作曲家の情熱的で多彩な魅力について語るとともに、ベートーヴェンモーツァルトバッハなどのドイツ古典派以前の作品についてはじっくりと腰を据えて徹底的に取り組みたいと、両者をロック・コンサートと講義の違いに例えて語っている。いずれにしても譜読みには時間を掛け、基本的なアプローチは変わらないが、ものになるまでどれだけ時間がかかるかは作曲家によって異なるという。2018年のイギリスヴォーグ誌によるインタビューにおいても、作曲家は作品を書くのに多くの時間を費やしたのだから、私たちがそれを何年もかけて解読するのは正しいことであると述べている[1]

上記以外に敬愛するピアニストとしてはヴィルヘルム・ケンプアルトゥル・シュナーベルエフゲニー・キーシンを挙げている[29]Kustanczy (2019) によるインタビューでは、チェリストゴーティエ・カピュソンについて、相手がなにも言わずとも一緒に呼吸するだけで自然に音楽が流れ、そのような他の音楽家は亡きクラウディオ・アバドだけであったと語っている。公演前にはロックを聴き、公演後にはバーに電子音楽を聴きに行こうとするなど、クラシック音楽以外にも関心を持っており[10]、2013年時点でキース・ジャレットレディオヘッドブラック・アイド・ピーズザーズスティング[6]、2017年時点ではリアーナレディー・ガガブルーノ・マーズを好きなミュージシャンとして挙げている[7]

その他[編集]

思想やほかの芸術ジャンルについて[編集]

中国のテレビ番組に出演した際には、中国人であることを誇りに思っており、をおこなっているほか道教についても学びたいと語っている[29]。また『論語』を原文で読むほか、ゲーテの『ファウスト』や村上春樹も愛読している[29][32][10]

Vankin (2017) によるインタビューでは、自分にとって音楽とは女優のように別の生き方に移るためのものであり、音楽を営んでいなくてもほかの手段で同じようなことを追究していただろうと語っている。また、写真を撮ることやユニバーサル・スタジオの大作映画が好きであるとも述べている。

ファッションについて[編集]

カーネギー・ホールで演奏するワン(2017年)。
カーネギー・ホールで演奏するワン(2017年)。

タイトなミニ・スカートハイヒールなどで演奏に臨むことでも知られており、エルベ・レジェ英語版ボディ・コンシャスなドレスやクリスチャン・ルブタンのピンヒール、アルマーニなどを好んでいる[29][32][33]。彼女のステージ・ファッションは賛否双方で評価されている[29][34]

Kovan (2017) によるインタビューでは、クラシック音楽における堅苦しいドレス・コードやルールは、音楽の演奏自体とは関係なく、自分はそれを壊したのだと語っている。一方で自分自身にとっては、ファッションは身につけると音楽へと変容し自信を与えてくれるものであるともいう。また、小柄であるため体に合うドレスを見つけるのが難しいとも述べている。Wigler (2017) によるインタビューでは、デザイナーたちをとても愛しており、彼女/彼らの服を身につけているとスタンウェイフル・コンサート・グランドの前でも自分が小さいとは感じないと語っている。

2016年には、アルマーニのキャンペーン「Yesと言える女性のサークル」[注 5]に5人の女性の1人として取り上げられている[23]。また2019年には、リモワのキャンペーン「Never Still」においても起用されている[33][35]

ディスコグラフィー[編集]

タイトル

発売年、レーベル

備考

収録曲
第1回 仙台国際音楽コンクール 入賞者記念アルバム[36]

2001年、音楽之友社

  • CD1 #3 –# 6、ワン・ユーチィア名義
  • 予選での演奏
ソナタ&エチュード[37]

2009年、DG

トランスフォーメーション[37]

2010年、DG

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番、パガニーニ狂詩曲[37]

2011年、DG

ファンタジア[37]

2012年 、DG

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番[37]

2013年 、DG

Summer in February[40]

2013年、DG

  • ベンジャミン・ウォルフィッシュ:映画『2月の夏英語版』のサウンドトラック
ラヴェル:ピアノ協奏曲集[37]

2015年 、DG

ベルリン・リサイタル[37]

2018年 、DG

YouTubeにおいて全曲がドイツ・グラモフォンによりアップロードされている[注 6]

The Berlin Recital – Encores[40]

2018年、DG

  • ライブ配信
  • ダウンロード、ストリーミング配信のみ
ブルー・アワー[40]

2019年、DG

ショパン、フランク[42]

2019年、エラート

Rachmaninov: Cello Sonata in G Minor, Op. 19[40]

2020年、DG

ジョン・アダムズ:Must The Devil Have All The Good Tunes?[37]

2020年 、DG

YouTubeにおいて第1楽章がドイツ・グラモフォンによりアップロードされている[注 7]

主な受賞歴[編集]

主な公演歴[編集]

2000年代[編集]

2010年代[編集]

来日公演[編集]

2000年代[編集]

2010年代[編集]

主な共演者[編集]

※以下特記のない限りDG (2018)BSO (n.d.)ないしKAJIMOTO (n.d.) による。

指揮者[編集]

オーケストラ[編集]

*は弾き振りを含むことを意味する。

ヨーロッパ
イギリス
ドイツ
その他
アジア
北アメリカ
南アメリカ
多国籍
YouTubeシンフォニー・オーケストラ英語版

ソリスト[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2001年の仙台国際音楽コンクール入賞時にはワン・ユーチィアと表記されている[2]
  2. ^ [N]onchalant, brilliant keyboard virtuosity[21].
  3. ^ 身長はラローチャピレシュと同じくらいで、手の大きさはアルゲリッチ内田光子エリーヌ・グリモーと同じくらい[22]
  4. ^ たとえばAllen (2013)ユジャ・ワンとはリズムである(Yuja Wang is all about rhythmの一文から始まる批評において、そのピアニズムは若者のものでありまだ成熟に欠けるとしつつ、リズムの力強さ、管弦楽的な色彩感、果敢に鍵盤に挑む姿勢などについて、同年代のピアニストと一線を画すと評している。
  5. ^ Sì Women's Circle英語Yesに当たるイタリア語
  6. ^ Yuja Wang - Best of - YouTubeプレイリスト
  7. ^ Gustavo Dudamel, Yuja Wang & LA Phil – Adams: I. Gritty, Funky, But in strict Tempo - YouTube
  8. ^ 最も優秀な21歳以下のピアニストに授与される賞(賞金1万5000ドル)。

出典[編集]

参考資料[編集]

公式
インタビュー
  • Finane, Ben (2013年). “i have THAT BLOOD” (英語). Listen Magazine. Steinway & Sons. 2021年6月4日閲覧。
  • 青澤, 隆明「ユジャ・ワン×ダニール・トリフォノフ」『音楽の友』第75巻第3号、音楽之友社、2017年3月1日、57-64頁、ISSN 0289-3606 
  • Wigler, Stephen (2017年3月17日). “Thinking Big — Yuja Wang” (英語). Rhinegold. Rhinegold Publishing. 2020年12月8日閲覧。
  • Maddocks, Fiona (2017年4月9日). “Yuja Wang — ‘If the Music Is Beautiful and Sensual, Why Not Dress to Fit?’” (英語). The Guardian. Guardian News & Media. 2020年12月8日閲覧。
  • Kovan, Brianna (2017年5月24日). “Piano Phenomenon Yuja Wang on Fashion and Her Favorite Pieces to Play” (英語). ELLE. Hearst Magazine Media. 2020年12月8日閲覧。
  • Perspectives: Yuja Wang” (英語). Carnegie Hall. Carnegie Hall (2019年1月). 2020年12月7日閲覧。
  • Kustanczy, Catherine (2019年12月6日). “Yuja Wang — “I Respond to Something on the Spot”” (英語). The Opera Queen. 2020年12月7日閲覧。
批評
管弦楽団、作曲家によるウェブページ
音楽祭、音楽賞関連
その他ウェブページ

外部リンク[編集]

公式サイト/SNS[編集]

動画/音源配信サイト[編集]

その他関連サイト[編集]