ブラッドフォード・パーキンソン

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Bradford Parkinson
ブラッドフォード・パーキンソン
生誕 (1935-02-16) 1935年2月16日(89歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ウィスコンシン州マディソン
居住 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンルイスオビスポ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究分野 航空工学
研究機関 アメリカ空軍
スタンフォード大学
出身校 海軍兵学校
マサチューセッツ工科大学
スタンフォード大学
博士課程
指導学生
ペニーナ・アクセルラッド英語版
主な業績 グローバル・ポジショニング・システム
主な受賞歴 マゼラニック・プレミアム英語版 (1997)
ドレイパー賞
全米発明家殿堂
マルコーニ賞 (2016)
エリザベス女王工学賞 (2019)
プロジェクト:人物伝
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ブラッドフォード・パーキンソン(Bradford Parkinson、1935年2月26日 - )は、アメリカ合衆国の元空軍軍人、航空工学者である。グローバル・ポジショニング・システム(GPS)の前身であるアメリカ空軍のNAVSTARプログラムの開発を行った[1][2][3][4][5]。また、一般相対性理論を検証するための人工衛星・グラビティ・プローブB英語版プロジェクトのプログラム・マネージャーを務めた[1]

若年期と教育[編集]

パーキンソンは1935年2月26日ウィスコンシン州マディソンで生まれ、ミネソタ州ミネアポリスで育った。父のハーバート・パーキンソンは建築家で、後に息子も入学することになるマサチューセッツ工科大学の卒業生だった[6]

私立の小さなプレパラトリー・スクール英語版で、当時は男子校だったブレック・スクール英語版を1952年に卒業した。パーキンソンは後に、プレパラトリー・スクールでの体験から科学に興味を持ち、それが後の職業につながったと述べている[6][7]

その後、海軍兵学校(アナポリス)に入学し、1957年に卒業して工学の学士号を取得した。在学中に、より上級の課程で導入されていた制御工学に興味を持ち、博士課程に進みたいと考えるようになった。当時のアメリカ空軍では、軍に在籍のまま大学院に入学することができたことから、教授の一人から海軍ではなく空軍に入隊するように勧められた[1][5][4]

アメリカ空軍に入隊後、電子機器のメンテナンスの訓練を受けてワシントン州のレーダー施設に配属された。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院に入学し、制御工学、慣性航法宇宙工学電気工学を学んだ[8]。MITでは、「慣性航法の父」と呼ばれるチャールズ・スターク・ドレイパーの研究室に属していた[9]。1961年に航空宇宙工学の修士号を取得し、同年、オナー・ソサエティ英語版であるタウ・ベータ・パイ英語版シグマ・サイ英語版の会員に選出された[10][1]

空軍に戻ると、ニューメキシコ州アラモゴードホロマン空軍基地英語版にある慣性誘導試験施設に配属され、慣性誘導システムの評価を行った。ホロマン基地で3年間勤務した後、1964年にスタンフォード大学博士課程に入学し、1966年に航空宇宙工学の博士号を取得した[3]

キャリア[編集]

空軍での任務[編集]

海軍兵学校を卒業してアメリカ空軍に入隊後、パーキンソンは「空軍の全てを知るために」空軍の通常任務に就くことを選択した[9]。ワシントン州の早期警戒施設で通信・電気担当の主任として2年間勤務した。スタンフォード大学で博士号を取得した後、1966年にアメリカ空軍テストパイロット学校英語版に教官として配属され、シミュレーション部門の主任を務めた後、宇宙飛行士のための主任教官を務めた[1][3][4][5]

1968年、アメリカ空軍指揮幕僚学校英語版に1年間入学した[3]

その後、空軍士官学校の宇宙・計算機科学科の教授兼副学科長に任命された。士官学校では、攻撃機AC-130(通称ガンシップ)の新型機の開発に携わり、特に、デジタル射撃統制システムの開発の最終段階の指揮を執った。エグリン空軍基地英語版での試験に成功した後、パーキンソンはベトナム戦争中の東南アジアに派遣され、戦闘任務に従事しながら兵器の評価と改良を行った。この間、26回、170時間以上の戦闘任務に従事し、ブロンズスターメダルメリトリアスサービスメダルエア・メダル(2回)を受章し、大統領部隊表彰英語版の栄誉を受けた。空軍士官学校に戻った後、宇宙・計算機科学科長に就任した[3][1]

ロードアイランド州ニューポート海軍大学校に学生として1年間在籍した後、ロサンゼルス空軍基地英語版で先進弾道再突入システム(ABRES)プロジェクトのチーフエンジニアを短期間務めた[3][1]

NAVSTARプロジェクト[編集]

1973年、上官のケネス・シュルツ中将は、「プロジェクト621B」という上手く行っていないプロジェクトの立て直しの任務をパーキンソンに与えた。これは、人工衛星を使った新しい航法システムを開発するもので、エアロスペース・コーポレーション英語版からの強力な技術バックアップを受けていた。パーキンソンは速やかに、一流大学を卒業した修士号や博士号を持つ空軍技術者からなる少数精鋭の検討チームを立ち上げた。1973年8月に行われた1回目の報告では空軍からの採用の承認を得ることができず、その直後のレイバー・デーに、パーキンソンはペンタゴンでプロジェクト再構築のための会議を招集した。この会議には、チームの数人の研究員のほか、エアロスペース社の2人も電話で参加した。1973年12月、パーキンソンは4つの人工星を使った新しいアイデアを国防総省上層部に説明し、デモンストレーションの実施の承認と予算を獲得した。このアイデアは、海軍調査研究所が以前に提唱したコンセプトや、空軍のJ・B・ウッドワードとH・ナカムラが行っていた先行研究に基づくものだった[1][3][11]

獲得した予算により、人工衛星、地上からの制御システム、受信機、およびそれらの実証システムの開発が行われ、パーキンソンがそれら全ての指揮を執った。パーキンソンは連邦議会で、開発中の測位システムは、当初より民間でも自由に利用できるようにすると証言した。1978年、GPS衛星の最初のプロトタイプが打ち上げられ、パーキンソンが打ち上げの指揮官を務めた。同年、パーキンソンのチームが提唱した通りに測位ができることが実証された。

プロジェクト終了後、パーキンソンは国防長官の空軍補佐官への昇進をオファーされたが、パーキンソンはこれを機に軍を退役することにした[1][11][3]。パーキンソンは1957年から1978年までの26年間軍に在籍し、空軍で21年間、海軍で5年間勤務した。最終階級は大佐だった[1]

退役後[編集]

退役後、コロラド州フォートコリンズコロラド州立大学英語版の機械工学の教授を1年間務めた[2]。その後、ロックウェル・インターナショナルの宇宙部門(現在はボーイングの一部)のヴァイスプレジデントとなり、戦略立案や機密扱いの宇宙システムの開発に携わった。1980年、ボストンのソフトウェア企業インターメトリクス(現 AverStar)のヴァイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーを務め、NASAスペースシャトル計画で使われるプログラミング言語HAL/S英語版の開発責任者となった。

1984年にインターメトリクスを退社し、スタンフォード大学の研究教授となった。すぐに終身雇用資格を得て、エドワード・C・ウェルズ航空宇宙学教授に就任した。パーキンソンは宇宙力学制御理論を教え、「マネージング・イノベーション」の特別講座を開設した[3]

1999年に大学教授を1年間休職して、カリフォルニア州サニーベールに本社を置く測位システムの開発企業、トリンブル英語版のCEOを務めた。2001年にスタンフォード大学を一旦退職して名誉教授となったものの、すぐに大学に戻って復職した[3]

また、パーキンソンは、NASAとスタンフォード大学による共同プロジェクトであるグラビティ・プローブB英語版プロジェクトのプログラム・マネージャーを務めた。これは、地球周回軌道上の人工衛星に搭載されたジャイロスコープによって測地効果英語版慣性系の引きずりを観測し、一般相対性理論を初めて直接的に検証するものである。NASAの支援のもとで、2004年4月20日にヴァンデンバーグ空軍基地から観測衛星が打ち上げられた。観測は2005年まで行われ、スタンフォード大学とNASAによる観測データの解析が行われた後、2011年5月4日、一般相対性理論が確かに検証されたと発表された[12][13][14]

パーキンソンは、NASAジェット推進研究所の諮問委員会委員長を、通常2年の任期を大幅に超える13年間務めた。

賞と栄誉[編集]

パーキンソンは数多くの賞や栄誉を受けており、そのほとんどがGPSの発明に対してのものである[2]

パーキンソンは王立航法学会英語版(RIN)とアメリカ航空宇宙学会(AIAA)の名誉フェローである。また、米国宇宙航行学会英語版(AAS)と航法学会英語版(ION)のフェローであり、全米技術アカデミー国際宇宙航行アカデミーの会員に選出されている[15][16]

NASAから1994年にPublic Service Medalを、2001年にDistinguished Public Service Medalを受賞した[17][18]。2003年、イヴァン・A・ゲティング英語版とともにチャールズ・スターク・ドレイパー賞を受賞した[19]。2004年、全米発明家殿堂に殿堂入りした[20]。2016年、マルコーニ賞を受賞した[21]IEEEより、1986年にカーシュナー賞、1994年にAESSパイオニア賞[22]、1998年にM・バリー・カールトン賞[23]、2002年にサイモン・ラモ賞英語版[24]を受賞し、2018年にIEEEの最高の栄誉であるIEEE栄誉賞を受賞した[25]。1998年、アメリカ機械学会(ASME)からスペリー賞を受賞した[26]。イギリスの王立航法学会から1983年にゴールドメダルを[15]、アメリカの航法学会から1986年にサーロウ賞[27]、1987年にブルカ賞[28]、1991年にケプラー賞[29]を受賞した。2009年、空軍宇宙軍団から「空軍宇宙・ミサイル先駆者」として表彰された[30]。2019年、GPSの開発に関わった他の3人(ジェームズ・スピルカー英語版ヒューゴ・フルハーフドイツ語版リチャード・シュワルツドイツ語版英語版)と共に、エリザベス女王工学賞を受賞した[31]。2012年エドゥアルト・ライン財団技術賞を受賞。

1985年にキャロライン・シューメーカーユージン・シューメーカーが発見した小惑星10041が、2002年に「パーキンソン」と命名された[32][33]

アメリカ軍からは、先述したものの他にレジオン・オブ・メリットDefense Superior Performance Medalを授与された。

私生活[編集]

パーキンソンは2度結婚している。最初の妻のバージニア・パーキンソン(Virginia Parkinson)との間に息子のジャレッド(Jared)、2人目の妻のジリアン・ホーナー(Jillian Horner)との間にレスリー(Leslie)、ブラッドフォード2世(Bradford II)、エリック(Eric)、イアン(Ian)、ブルース(Bruce)の5人の子供をもうけた。カリフォルニア州サンルイスオビスポに居住している。

特許[編集]

  • Parkinson, U.S. Patent 5,726,659, “Multipath calibration in GPS pseudorange measurements”
  • Parkinson, U.S. Patent 6,434,462, “GPS control of a tractor-towed implement"
  • Parkinson, U.S. Patent 6,732,024, “Method and apparatus for vehicle control, navigation and positioning"
  • Parkinson, U.S. Patent 6,052,647, “Method and system for automatic control of vehicles based on carrier phase differential GPS"
  • Parkinson, U.S. Patent 6,373,432, "System using leo satellites for centimeter-level navigation"
  • Parkinson, U.S. Patent 5,572,218, "System and method for generating precise position determinations"
  • Parkinson, U.S. Patent RE37,256, "System and method for generating precise position determinations"

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j MIT Aero-Astro Magazine - Parkinson”. web.mit.edu. 2018年8月24日閲覧。
  2. ^ a b c 'Father of GPS' Brad Parkinson: IEEE Medal of Honor 2018”. IEEE.tv. 2018年8月24日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j Oral-History:Brad Parkinson - Engineering and Technology History Wiki” (英語). ethw.org. 2018年8月24日閲覧。
  4. ^ a b c “Bradford Parkinson SM '61 | MIT Alumni Association's Infinite Connect…”. archive.is. (2012年12月11日). オリジナルの2012年12月11日時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20121211181910/http://alum.mit.edu/news/AlumniProfiles/Archive/Bradford_Parkinson_SM_-2761.jsp 2018年8月24日閲覧。 
  5. ^ a b c Bradford Parkinson Biography”. articles.gpsfaq.com. 2018年8月24日閲覧。
  6. ^ a b MIT Aero-Astro Magazine - Parkinson” (2008年7月25日). 2008年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年8月24日閲覧。
  7. ^ Alumni Honors & Awards - Breck School” (英語). www.breckschool.org. 2018年8月24日閲覧。
  8. ^ Bradford Parkinson Biography Archived 2009-01-01 at the Wayback Machine.
  9. ^ a b Bradford Parkinson | Inside GNSS Archived 2008-09-05 at the Wayback Machine
  10. ^ Bradford Parkinson SM '61”. MIT Alumni Association. 2012年12月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月24日閲覧。
  11. ^ a b "I Had To Sell This To The Air Force, Because The Air Force Didn't Want It" | Invention and Technology” (英語). www.inventionandtech.com. 2018年8月24日閲覧。
  12. ^ Stanford's Gravity Probe B confirms two Einstein theories
  13. ^ “Stanford's Gravity Probe B confirms two Einstein theories” (英語). Stanford University. https://news.stanford.edu/news/2011/may/gravity-probe-mission-050411.html 2018年8月24日閲覧。 
  14. ^ Gravity Probe B - MISSION STATUS”. einstein.stanford.edu. 2008年6月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年8月24日閲覧。
  15. ^ a b Awards - Royal Institute of Navigation” (英語). rin.org.uk. 2018年8月24日閲覧。
  16. ^ Home : The American Institute of Aeronautics and Astronautics”. www.aiaa.org. 2018年9月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年9月7日閲覧。
  17. ^ Parkinson, Bradford, English: Brad Parkinson's NASA Distinguished Public Service Medal, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Brad_Parkinson_NASA_Distinguished_Public_Service_Medal.jpg 2018年8月24日閲覧。 
  18. ^ Parkinson, Brad, English: Brad Parkinson's NASA Public Service Medal, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Brad_Parkinson_Public_Service_Medal.JPG 2018年8月24日閲覧。 
  19. ^ Recipients of the Charles Stark Draper Prize for Engineering”. NAE Website. 2018年8月24日閲覧。
  20. ^ “Inductee Detail | National Inventors Hall of Fame” (英語). National Inventors Hall of Fame. オリジナルの2018年8月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180824172838/http://www.invent.org/honor/inductees/inductee-detail/?IID=209 2018年8月24日閲覧。 
  21. ^ Stanford engineer Bradford Parkinson, the 'Father of GPS,' wins prestigious Marconi Prize”. Stanford University. 2018年4月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月19日閲覧。
  22. ^ IEEE AESS Pioneer Award”. 2022年9月9日閲覧。
  23. ^ M. Barry Carlton Award”. 2022年9月9日閲覧。
  24. ^ IEEE SIMON RAMO MEDAL RECIPIENTS”. 2022年9月9日閲覧。
  25. ^ IEEE Medal of Honor Recipients”. 2022年9月9日閲覧。
  26. ^ Past Winners”. 2022年9月9日閲覧。
  27. ^ Colonel Thomas L. Thurlow Award” (英語). www.ion.org. 2018年8月24日閲覧。
  28. ^ Samuel M. Burka Award” (英語). www.ion.org. 2018年8月24日閲覧。
  29. ^ Johannes Kepler Award” (英語). www.ion.org. 2018年8月24日閲覧。
  30. ^ Air Force Space Command > About Us > Heritage > spaceandmissilepioneers” (英語). www.afspc.af.mil. 2018年8月24日閲覧。
  31. ^ 2019 QEPrize Winners” (2019年2月12日). 2022年9月9日閲覧。
  32. ^ 10041 Parkinson (1985 HS1)”. Minor Planet Center. 2019年6月15日閲覧。
  33. ^ MPC/MPO/MPS Archive”. Minor Planet Center. 2019年6月15日閲覧。

外部リンク[編集]