ノート:軍用機の命名規則 (日本)

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制式機について[編集]

  • Papamaruchan22と申します。今回はぜに坊 さんにおかれましては、私の非表示の書き込み暖かく受け止めていただきありがとうございました。数字1とかの件大変工夫され、分かりやすくなりましたね。次に号ですが私が競争試作で双方とも制式採用の場合は同じ式番号になると記したのは理由があります。つまり同一年度に同一機種が二タイプ以上採用された場合は、一号・二号等と号を附して区別したのでした。厳密には改修型の呼び方じゃぁないんです。(例九〇式一号、九〇式二号)また仰せのように改造型を(このへんがわかりにくい)示す場合も零式までは、一号・二号を用い更にこれに一型二型を併用しました(例九六式二号艦上戦闘機二型)それからあとのことは、お書きになっていることのままでいいんですがね。ぜに坊さんのいう制式採用にならなくとも記号がついてるのは当然であります。が、とは制式のことですよね。同一年に同一機種で二つ制式機が出ると当時は、一号・二号といったんですね。だから記載しておいたのです。式の説明文は必須ですね、アルファベット記号は、全機に附されますが、式は制式機にしかないですよね、二つ採用してしまった時はその後に(しょうがないから)号をつけたんでしょうね。※参考文献荻原四郎編『日本軍用機三面図集』㈱鳳文書林刊
次に隼の愛称なんですがこれは、部隊を荒鷲航空隊とか隼飛行隊とか鳥の愛称で言ってました。64戦隊を加藤隼戦闘隊といって報道機関が戦果を喧伝してました。その使用機がわずか2個隊のキ-43だったんです。で、その配置された新鋭機を隼という愛称で呼び広まっていきました。これが一式隼で三式飛燕になるともう軍主導かとおもいます。いろいろお話できて光栄です。papamaruchan22 2007年6月29日 (金) 17:49 (UTC)[返信]
  • Papamaruchan22様、丁寧なご説明恐縮です。ぜに坊(昭和29年生)です。Papamaruchan22さんは新項目の作成など沢山なさっていて、いつもお名前には注目しておりました。ありがとうございます。■さて、まず海軍の「」についてですが、たいへんやっかいなシロモノでして、おっしゃるように同年で複数の機体が制式になった場合に区別するために振られますが、改修型の区別にも用いられるわけです。九七艦攻がまさにその例で、一号と二号の関係が前者、一号と三号の関係が後者の例と言うことになります。これはその後の改修型の表記である一一型とか三二型といった方式と合わせて別の段落を設けて述べるべきかと思った次第です。Papamaruchan22さんが書かれた箇所は例えばB5Nの「5」に当たる部分について記述した箇所でしたのでとりあえず削除とさせて頂きました。■次に部隊名の件ですが、部隊を鷲とか隼とかの愛称で呼んだというのは、寡聞にして「加藤隼戦闘隊」しか知りません。まさに「加藤隼戦闘隊」のところにも書いたのですが、部隊ではなくて戦闘機のことを鳥の隼に喩えたのではないかと思っています。また、加藤隼戦闘隊はまさしく「隼」を装備したたった2個飛行隊の一つとして活躍し、有名になりましたが、「隼が征く」と歌う部隊歌が出来た時の装備機は九七戦であり、一式戦のことを言っているのでないことは明らかです。したがって、まず戦闘機を隼(鷲より小型)に喩える習慣があり、そこに登場した新鋭機が「隼」という名前になった、という順序かな、と思う次第です。真意をお汲み頂ければ幸いです。■一度実際にお会いしてお話しできると良いなと思っております。--ぜに坊 2007年6月29日 (金) 18:45 (UTC)[返信]
ぜに坊 さまご丁寧にどうも。29年のお生まれとかでこの知識!!。大分研究なさっておられるようで感服してます。さて、の件確かに場所違いですねぇ。後段に移動お任せします。一号と二号の関係が前者、一号と三号の関係という点までご理解している方は、そういらっしゃいませんので、、。貴方がお書きになったほうがいい。あと機体愛称の所は発生経緯を少し工夫しておきます。ホームページの件もお話したい所ですがここはノートですのでいずれまた。papamaruchan22 2007年6月30日 (土) 00:47 (UTC)[返信]
↑上記早速の、改稿ご苦労様でした。複雑な記述をよく纏められましたね。キ43Ⅱ-改につきましては、初期の物が推進式集合排気管で後に単排気管になりました両方ありましたので、著者によっては、異説アリという場合があるかもしれませんが、この場合両方正しいので拘泥しなくてもいいかもしれません。いずれ細かいことなので、、。お世話様でした。papamaruchan22 2007年7月1日 (日) 09:28 (UTC)[返信]

南山は制式名称なんでしょうか?--123.230.91.197 2009年4月12日 (日) 16:27 (UTC)[返信]

↑これは制式(機)名称ではないのです、試作(機)名称です。戦争中期以降試作機にも制式機と同じように固有名詞が付されました(命名基準は制式に同じ)。特殊攻撃機の晴嵐のフロートを取って陸上攻撃機型としたのが南山です。記号はM6A1-k※です。papamaruchan22 2009年7月4日 (土) 23:36 (UTC)[返信]
※PS--ただ改造記号が本来陸攻だと-Jなのですが練習機を表す-Kなので解明の余地はあります。いずれ生産機数が少なかったので、晴嵐の陸上練習型を再改造して陸攻に転用したものと推測できるのですがね。papamaruchan22 2009年7月5日 (日) 01:29 (UTC)[返信]

キ印と呼称してたの?[編集]

  • 10月30日にIPさんの編集で機体識別番号(はてキ番号の事か)とかキ印(戦時中も戦後もキ印とは精神障害者の蔑称を言いますのでさすがにこれはないでしょう)とかジェット機をタービンロケットとかと改稿されてましてどうも要出典以前の話のように思えますがいかがしましょうか出典が有れば教えてください。papamaruchan22 2009年11月21日 (土) 10:57 (UTC)[返信]
  • 10日以上経過につき現状復帰します。papamaruchan22 2009年11月30日 (月) 02:03 (UTC)[返信]

自衛隊の命名規則について[編集]

公表されていないとなっていますが、防衛省関連の通達として以下で確認することが可能でした。参考まで。

http://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/j_fd/1974/jz19740416_01725_000.pdf (PDF)

--Kaz会話2020年9月22日 (火) 10:23 (UTC)[返信]