ノート:念佛宗三寶山無量壽寺/過去ログ3

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過去ログ化作業終了

異論がなかったため過去ログ化を実行しました。過去ログ化の提案時にも書きましたが、終了していない議論や再提案については、各位で行なってください。その際は、ただ過去ログから転記するのではなく、過去の議論のまとめを投稿することをご一考ください。転記する場合であっても、GFDLに配慮し、履歴を継承することを忘れないでください。-- 2009年5月17日 (日) 08:54 (UTC)

遅くなりましたが、さん、過去ログ化お疲れ様でした、有難うございました。--お気楽蜻蛉 2009年6月6日 (土) 21:37 (UTC)

過去ログから本文への転記

確認できなかったものもありますが、特に異論はありません。貴重な文献のようですので本文転記の際、サイコロおよびスゴロク法然上人等の項への加筆もお忘れなくお願い致します。--Yamazero 2009年6月8日 (月) 13:16 (UTC)
(報告)異議ありませんでしたので、予告どおり本文に反映しました。--お気楽蜻蛉 2009年6月10日 (水) 10:54 (UTC)
TomayadesuTさん、有難うございます。無量壽寺 十ヶ条で「無量壽寺 十ヶ条」は、解説しなければ掟のような感じがするとの感想があり、確かにそのような感じがしますし、また、他の皆さんからも解説は必須であるとの御意見がありました。依ってその解決策として、「無量壽寺 十ヶ条」をベースにして少し噛み砕いた「信仰の心得」を5/16に提案しましてから現在まで約1ヶ月経過しましたが、異議、反論等はないようです。宜しければ2~3日後を目処に、本文に転記を行ないます。--お気楽蜻蛉 2009年6月12日 (金) 20:49 (UTC)
お気楽蜻蛉 さんが提案されました「無量壽寺 十ヶ条」にかわる「信仰の心得」は、時系列を追ってみますと、 さんが過去ログ提案されて以後の新案提出であり、性急な感を免れません。私は過去ログ作業終了をもって新たな議論再開と認識しておりました。(このあたりはWikipedia初心者である私の勘違いかもしれませんが)「編集方針」から鑑みて、今般本文転載前に新たに異論が出れば再度議論する余地もあろうかと存じますが如何?
「無量壽寺 十ヶ条」について「掟」の様な感じを受けるとの感想については、仮に「掟」ならばWikipedia掲載は不適切なのか?また、解説については、それが本文掲載に絶対不可欠であるとも思っていません。合理的な反論を期待します-TomayadesuT 2009年6月13日 (土) 14:01 (UTC)
お気楽蜻蛉 さん、私が「無量壽寺 十ヶ条」転記にかかわる質疑をしてから今日で2週間以上経っています。にもかかわらずお気楽蜻蛉 さんからは、何ら回答が寄せられておりません。どうなさいましたか?--TomayadesuT 2009年6月29日 (月) 15:19 (UTC)
TomayadesuTさん、「無量壽寺 十ヶ条」をベースにして少し噛み砕いた条文の「信仰の心得」についてどのようにお考えですか?大多数の念佛宗の信徒でない読者の方にも分かり易いと思いますが--お気楽蜻蛉 2009年6月29日 (月) 22:17 (UTC)
お気楽蜻蛉 さんから私に対して、「信仰の心得」についてどのように考えるのか逆質問を受けましたので、回答させて頂きます。「信仰の心得」は、宗務局が定めた『同行の心得』の中の1項目です。『同行の心得』として、「念仏宗無量寿寺」「我々の理想 真の佛教の実践」「信仰の心得」「僧侶専従お役拝受者の心得」「日常の心得」「教団護持の心得」の6項目があります。『同行の心得』の中の1項目である「信仰の心得」の11条文のうち、「無量壽寺 十ヶ条」と内容が共通する条文は、「第三条 五逆罪・正法誹謗を犯さぬこと」「第十一条 三宝(仏・法・僧)帰依の初心を忘れず、命終まで信心を保つこと」の2条文のみ。残り9条文は「無量壽寺 十ヶ条」の条文と直接的な関連はありません。従ってお気楽蜻蛉 さんが言われるところの『「信仰の心得」は「無量壽寺 十ヶ条」をベースにして少し噛み砕いた条文である』との説明は、根拠が甚だ薄いと言わざるを得ないでしょう。次に、「無量壽寺 十ヶ条」の条文は「○○すべし」や「○○すべからず」の様に平易なフレ-ズで記述されており、ことさら「かみ砕く必要性」を認めません。読者にとってどちらが理解しやすいかという論点は、両者が内容の上で同等の意味を持つ場合に限り成立し、今回はそのケ-スにあたりません。「無量壽寺 十ヶ条」は開祖自身が定めた「律」で、同行が浄土往生する為の必須要件であり、「教義」節の中では重要要素であると思います。『同行の心得』をWikipedia記事とする事について敢えて反対する気はありませんが、その前提に「無量壽寺 十ヶ条」本文転記があると考えます。--TomayadesuT 2009年7月5日 (日) 08:29 (UTC)

TomayadesuTさん、了解しました。では、「教義」節として纏めてみます。--お気楽蜻蛉 2009年7月11日 (土) 20:45 (UTC)

新しい発言は後ろに追加とのことなので、ここに書いてあった記事は後ろに移動しました。失礼しました。--Zakinco 2009年7月29日 (水) 18:30 (UTC)

教義

教義(仮題)

僭越ですが小節を付加しました。他により適切なタイトルがございましたらご提案下さい。--TomayadesuT 2009年7月12日 (日) 06:54 (UTC)
小節のタイトルは「教義」が最も適切なタイトルであると思います。--お気楽蜻蛉 2009年7月13日 (月) 14:07 (UTC)


一、釈尊の教え(仏教)、即ち『仏教経典一切経)』を基とし、『念仏』を依処とする。

二、仏教は智慧の宗教である。

仏教の目的とは、智慧の完成(般若波羅蜜)、阿耨多羅三藐三菩提、無上正等覚、無上正遍智、即ち、『大涅槃』を目指す。

三、人としての道である『四恩』を大切にし、私たちは生かされていることを自覚する。

釈尊の説かれた四恩とは、
(一)「父母の恩」 父母に孝養を尽くす。
(二)「衆生の恩」 生きとし生けるものに感謝の念を持つ。
(三)「国王(社会)の恩」 社会の規則を守り、目上の人を尊敬し、社会に対する務めを果たす。
(四)「三宝の恩」 三宝()に帰依する。

四、和国の教主、聖徳太子の『十七条憲法』の精神により、

三宝を敬い、「和」を基とし、誰に対しても「信義」「礼節」を重んじ、人の範となること。[1]

念佛宗 三寶山 無量壽寺 十ヶ条

第一条 三宝)に帰依すべし 
第二条 弥陀第十八願「至心・信楽・欲生我国」に依るべし
第三条 女人往生第三十五願)を心得るべし
第四条 五逆罪を犯すべからず
第五条 正法誹謗すべからず
第六条 精進すべし
第七条 報恩謝得(布施の心)を心得るべし
第八条 衆生済度すべし
第九条 御役拝受者は頭を垂れ御仏の使命を全うすべし
第十条 命終まで「信心」を持つべし[2]
/過去ログ2に於いてYamazeroさんから<聖徳太子の『十七条憲法』の精神により~は、誤解を招きかねない表現だと思います。十七条憲法は役人などへの道徳・規律を定めたものであり、儒の精神、仏教など様々に影響を受けているものです。あたかも十七条憲法仏教のみを基としていると捉えられるおそれもあるため、文案を変更されたほうがよろしいかと思います。>という御意見がありましたが、念佛宗は、(四、和国の教主、聖徳太子の『十七条憲法』の精神により、三宝を敬い、「和」を基とし、誰に対しても「信義」「礼節」を重んじ、人の範となること。)という条文を教義としています。読者が念佛宗の教義に依って十七条憲法を誤解されるのか?もしくは、念佛宗の教義が可笑しいと思われるかは読者にお任せして良いと思われます。--お気楽蜻蛉 2009年7月11日 (土) 20:45 (UTC)
教義として、教団が「一切経」以外に聖徳太子十七条憲法の精神にも則っとるのは教団の自由であり、特に異論ありません。また「無量壽寺 十ヶ条」の五逆罪(四十八願)の内部リンクは、五逆罪(因果の道理)とした方が五逆罪の内容が詳述されており、より分かり安いと思います。
今回の提案で、「信仰の心得」を削除し、宗務局の「教義」を採用されましたが、お気楽蜻蛉 さんは、教団のより理解しやすい記事として、「信仰の心得」を提案されていました。削除された理由をお聞かせ下さい。今回提案された宗務局発布の「教義」を本文に追加する事に異論を加えるものではありません。--TomayadesuT 2009年7月12日 (日) 06:54 (UTC)
特に「意義」ありません → 特に「異論」ありません・・・に訂正しました。--TomayadesuT 2009年7月13日 (月) 00:06 (UTC)
TomayadesuTさん、御指摘有難うございます。五逆罪(四十八願)の内部リンクは、五逆罪(因果の道理)の項目中《五逆罪》節への内部リンクに変更しました。仰るように五逆罪の内容が詳述され、理解の助けとなる適確な内部リンクです。同時に、正法誹謗(四十八願)の内部リンクも正法誹謗(因果の道理)の項目中《法謗罪》節へと変更しました。
「教義」節を本文とするなら、TomayadesuTさんに小節「教義」としていただいた(一、~ 四、)の条文は必要不可欠であると考えていました。その上で「十ヶ条」を採用し、「信仰の心得」を取り下げて提案しましたのは、TomayadesuTさんの御意見を尤もだと思ったからです。--お気楽蜻蛉 2009年7月13日 (月) 14:07 (UTC)
本十ヶ条は開祖が昭和六十二年(1987年)二月十五日、同行に対し定めた戒律である[3]
上記出所文を追加提案いたします。--TomayadesuT 2009年7月16日 (木) 08:13 (UTC)
TomayadesuT さん、月刊無量壽92号に於いて、十ヶ条そのものを「戒律である」と限定はしていません。また、「同行に対し」は蛇足であり、不要でしょう。出所文を挿入するなら、月刊無量壽92号の出典に沿って『十ヶ条は、昭和62年(1987年)2月15日、開祖により制定された[3]。』と簡潔な一文がより良いと思われます。--お気楽蜻蛉 2009年7月16日 (木) 13:37 (UTC)
「十ヶ条」前文に『釈尊の時代、(中略)戒律が制定され、その数男二百五十戒律、女五百戒律にもなる。(中略)法然上人、親鸞聖人、蓮如上人も「掟」を定めている』とあります。これらの記述に続いて、「十ヶ条」が制定されていますし、内容的にも「十ヶ条」は「戒律的」とみなせます。「戒律」以外の意味が「何」であるのか私には不明ですが、枝葉末梢部分の解釈について議論を避けるため、お気楽蜻蛉 さんが提案された文案でお願いします。--TomayadesuT 2009年7月17日 (金) 11:46 (UTC)
お気楽蜻蛉 さん、「教義」及び「念佛宗 三寶山 無量壽寺 十ヶ条」について最後の論議から2週間以上経過します。その後異論が無いようです。本文への転記宜しくお願いします。--TomayadesuT 2009年8月2日 (日) 11:31 (UTC)
TomayadesuTさんから異論なく2週間以上経過しているとの御指摘があり、更に2~3日経過しましたので、教義節を本文に転記します。

過去ログの中に出典とは違う記載がされている部分があります

お気楽蜻蛉さんが過去に書き込まれた記事です。「『北陸新聞』・『兵庫タイムス』(共に不定期新聞)について」の項です。「神戸新聞 平成14年《2002年》5月24日)から引用」と書かれていますが、国立国会図書館で調べた所、該当記事には具体的な会社名は記載されておらず単に会社社長と記載されているだけでした。ですので、お気楽蜻蛉さんは具体的な会社名が記載されているソースを早急に提示してください。ソースがない場合は問題のある記事になりますので、管理者の方は該当箇所を削除してください。--Zakinco 2009年7月29日 (水) 18:26 (UTC)

過去ログを削除依頼することは可能でしょうか?可能でしたら該当部分の削除を依頼したいと思いますが。--Zakinco 2009年7月30日 (木) 01:48 (UTC)
過去ログを削除依頼の対象とすることができるか、と言う意味でしたら可能です。理由はプライバシー問題でしょうか。しかし、全削除は適切でないと思いますので、問題のある版を特定の上、特定版削除する必要があるでしょう。いくつもの話題が錯綜しているため巻き添えが多そうですが、やむを得ないかもしれません。-- 2009年7月30日 (木) 08:17 (UTC)
郁さん、コメントくださってありがとうございます。この記事に書かれていた事件ですが、加古川市議会で議題としてあがっていました。加古川市議会の平成14年第3回定例会で山川議員が発言されており、そこで会社名が出ていましたが兵庫タイムスではなく別の会社でした。この事件に関しては兵庫タイムスとの関連性はまったくないと判断しても良いのではないのでしょうか?この記事で兵庫県警暴対二課に逮捕されたとの事実から、お気楽蜻蛉さんは逮捕された人物が暴力団関係者であると断定しており、それを兵庫タイムスの人であると決め付けていますが、この事件と兵庫タイムスとの関連がない場合は名誉毀損です。すでにWikipediaのこのノートをソースとした二次被害も出ており早急に対処したいです。宜しくお願いします。--Zakinco 2009年7月30日 (木) 16:05 (UTC)
「株式会社 兵庫タイムス本社」の登記簿謄本から「神戸新聞 平成14年《2002年》5月24日」の記事にある兵庫県警暴対二課に逮捕された『K』氏が「株式会社 兵庫タイムス本社」の社長であった事が判明していました。但し、プライバシー問題等で過去ログを削除依頼されることについて反対する立場ではありません。--お気楽蜻蛉 2009年7月30日 (木) 21:11 (UTC)
お気楽蜻蛉さんありがとうございます。私が「株式会社兵庫タイムス本社」の登記簿謄本を見た場合、この事件の当事者が兵庫タイムスの人であると、どの情報で確認できるのでしょうか?役員の住所氏名でしょうか?検証してみたいので教えてください。会社名がプライバシーの問題になるとは思えませんし、検証可能なソースがあるのであれば削除する必要はなく、出典に株式会社兵庫タイムス本社の登記簿謄本と追加するのが良いと思います。--Zakinco 2009年7月31日 (金) 01:42 (UTC)

「株式会社 兵庫タイムス本社」の登記簿謄本に代表取締役『K』氏・平成11年6月30日就任・平成12年3月30日登記とあり、「神戸新聞 平成14年《2002年》5月24日」の兵庫県警暴対2課に威力業務妨害の疑いで再逮捕された『K』氏=同市職員に対する職務強要罪で起訴済み=の住所・氏名と一致しています。また、ZakincoさんがWikipedia:削除依頼/ノート:念佛宗三寶山無量壽寺/過去ログ2で参考資料とされました加古川市議会の議事録平成14年第3回定例会 全記録(平成14年5月30日から6月7日)の33ページ「4月25日に兵庫県警暴対2課と加古川署が山水産業社長の『K』氏を市の公共事業の入札事務に関して市の幹部を脅したとして職務強要の疑いで逮捕した」との報道にある山水産業社長の『K』氏は、平成16年第2回定例会 全記録(平成16年3月1日から3月26日)の7ページにも住所・氏名の記録があり、「株式会社 兵庫タイムス本社」の謄本に記載の代表取締役の『K』氏と住所・氏名が一致しています。平成11年~14年頃「株式会社 兵庫タイムス本社」の代表取締役であった『K』氏と山水産業社長の『K』氏は、同一人物ということができます。--お気楽蜻蛉 2009年8月5日 (水) 09:33 (UTC)

お気楽蜻蛉さんありがとうございます。登記簿を取り寄せて検証してみます。--Zakinco 2009年8月5日 (水) 10:54 (UTC)
お気楽蜻蛉さん、「株式会社 兵庫タイムス本社」の登記簿(履歴事項全部証明書)を取得したのですが「株式会社 兵庫タイムス本社」の平成14年7月に就任された役員には山水産業の関係者は居ないようです。これは山水産業の履歴事項全部証明書を取得して比較しました。ですので、平成16年の事件と「株式会社 兵庫タイムス本社」に関連があるとは言えないと思いますので、異議がなければ平成16年の方は削除してください。平成11年から平成12年の登記簿の検証については、現地の法務局まで閲覧しに行きますのでしばらく時間がかかります。少々お待ちください。--Zakinco 2009年8月5日 (水) 12:34 (UTC)
平成14年7月19日閉鎖役員欄13丁で加古川市議会で問題になっていた人物(同姓同名同住所)が「株式会社兵庫タイムス本社」の代表取締役に就任していたことが確認できました。平成11年6月30日就任(平成12年3月30日登記)、平成12年6月30日退任(平成14年7月19日登記)でした。お気楽蜻蛉さんありがとうございました。--Zakinco 2009年8月12日 (水) 14:08 (UTC)

過去ログ1と過去ログ2について特定版削除を提出しました

宜しくお願いします。--Zakinco 2009年8月4日 (火) 15:22 (UTC)

検証できたので取り下げました。--Zakinco 2009年8月12日 (水) 14:57 (UTC)

所在地の変更

  • 教団節>機構本文、【本山と全国九教区(北海道、関東、東海、北陸、京都、奈良、関西、中国・四国、九州)[1]。嵐山の本山は、新庵、旧庵、第二新庵(宗務局)、第三新庵があり、全国の九教区には、それぞれ別院、道場など精進のための精舎がある。】を改め、【総本山「佛教之王堂」と全国9教区(「北海道」、「関東」、「東海」、「北陸」、「京都」、「奈良」、「関西」、「中国・四国」、「九州」)。日本全国に33の別院及び施設がある(2009年現在)[4]。】と変更。--お気楽蜻蛉 2009年8月30日 (日) 06:42 (UTC)
「概要節」総本山所在地の追記は賛同します。しかし嵐山本山所在地は「教団発祥の地」として明記の上残しておかないと、本文でその後に続く「(略)京都府知事により宗教法人として認証された」の意味が通じません。
「教団節・機構」文案での「佛教之王堂」は教団が表現する形容詞であり、Wikipediaでは不適切です。--CANIPSA 2009年9月7日 (月) 12:22 (UTC)
  • 「概要節」の冒頭、CANIPSAさんの御意見に従い、文案を以下に訂正します。
総本山の所在地は、兵庫県加東市上三草1136番地[4]。また、発祥之地「京・別格本山[5]の所在地は、京都市西京区嵐山山ノ下町22-17。
  • 「教団節>機構」の文案での「佛教之王堂」は、教団が表現する形容詞ではなく、固有名詞です。公式ホームページに「佛教之王堂」の記載があるばかりでは無く、平成21年8月23日付の全国紙朝刊(読売新聞毎日新聞産経新聞)にスリランカ政府が出した《スリランカの至宝 釈尊の真身御舎利特別御開帳》を告知する新聞紙面に於いても、開催地として念佛宗総本山『佛教之王堂』〔兵庫県加東市上三草1136番地〕と案内しており、何ら不適切ではありません。--お気楽蜻蛉 2009年9月12日 (土) 03:18 (UTC)
教団が総本山施設全体を固有名詞として「佛教之王堂」と称するならば、Wikipediaに掲載するのは妥当です。しかし総本山「佛教之王堂」の並びだけでは形容なのか固有名詞なのか判然としません。固有名詞である事実を、読者に明確に伝える工夫の必要性を感じます。例えばですが、総本山・○○「佛教之王堂」。○○の部分は(施設名)、(名称)、(自称)等が当てはまると思います。私案として『総本山・名称「佛教之王堂」』が読者にとって「教団節」のより正確な理解に繋がると思います。--CANIPSA 2009年9月21日 (月) 12:55 (UTC)
CANIPSAさん、了解しました。総本山の総門に「総本山念佛宗」と「佛教之王堂」の石碑が並んで有りますので、『総本山・念佛宗「佛教之王堂」[6]』という表記に変更します。--お気楽蜻蛉 2009年9月24日 (木) 07:23 (UTC)
先ず「佛教之王堂」が--お気楽蜻蛉 さんの主張されるところの「固有名詞」である出典を示して下さい。その上で、「Wikipedia:外部リンクの選び方・基本的な考え方」に準拠した記事文の作成をお願いします。今回外部リンクされた教団HP写真を拝見しましたが、正式名称(?)である「総本山 念仏宗」石碑と並んで設置されている「佛教之王堂」石碑は、私が観た限りに於いて「施設名」を表す石碑ではなく「総本山 念仏宗」の威容を讃える「形容物」であると映りました。名称が二つ同時に存在する「宗教施設」というのも奇妙ですし、「固有名詞」なのか「形容」なのか判断を読者に委ねるというのも曖昧でWikipedia的ではありません。さらに、正式名称(?)としましたが、教団が総門前に「総本山 念仏宗」の石碑を建立しようと、wikipedia上で教団名を「念仏宗」と略称で記事とされるのは問題ありでしょう。「念仏宗」という教団は文化庁には存在しないはずです。この様な表現は包括宗教法人であるところの宗派に誘導させます。この点について、本文「概要」節において解決済みです。--CANIPSA 2009年9月29日 (火) 16:40 (UTC)
『佛教之王堂』という施設名称がCANIPSAさんの仰る威容を讃える「形容詞」ではなく「固有名詞」であることは、総本山の総門にある石碑[6](検証可能)でも判断ができます。更に、平成21年8月23日付の全国紙朝刊(読売新聞毎日新聞産経新聞)にスリランカ政府が出した《スリランカの至宝 釈尊の真身御舎利特別御開帳》を告知する紙面に於いて、開催地として念佛宗総本山『佛教之王堂』〔兵庫県加東市上三草1136番地〕と案内しており、「固有名詞」(施設名称)であることが判然としています。
CANIPSAさんが仰せの≪今回外部リンクされた教団HP写真を拝見しましたが、正式名称(?)である「総本山 念仏宗」石碑と並んで設置されている「佛教之王堂」石碑は、私が観た限りに於いて「施設名」を表す石碑ではなく「総本山 念仏宗」の威容を讃える「形容物」であると映りました。名称が二つ同時に存在する「宗教施設」というのも奇妙です≫というのは、ただ単なる個人的な感想ではないでしょうか。Wikipediaは、感想文を発表する場ではありません。≪名称が二つ同時に存在する「宗教施設」というのも奇妙です≫という事ならば、尚のこと施設名称(『念佛宗 総本山』と『佛教之王堂』)が二つ同時に存在する「宗教施設」の存在は、Wikipediaに於いて特筆すべき事項ということになります。
CANIPSAさんは、≪wikipedia上で教団名を「念仏宗」と略称で記事とされるのは問題ありでしょう。「念佛宗」という教団は文化庁には存在しないはずです。この様な表現は包括宗教法人であるところの宗派に誘導させます。この点について、本文「概要」節において解決済みです。≫とされましたが、≪この様な表現は包括宗教法人であるところの宗派に誘導させます。≫という御意見に何か根拠がおありなのでしょうか。また、≪この点について、本文「概要」節において解決済みです。≫とされましたが、教団名を「念佛宗」と略称、或は通称で本文記事とすることに問題ありという結論は、何処にも導き出されていません。本文「概要」節には、【京都新聞の記事のように、仏教の一宗派との見方[7][8]もある。】とあります。京都新聞は、先ず正式名称を紹介し、その後は、「念佛宗」と略称・通称で記事にしています[9]。Wikipedia項目名については、正式名称を推奨されていますが、「念佛宗」という略称・通称が文化庁に存在しなければ、Wikipedia本文中での使用に問題ありという定義はありません。例えば、京都市下京区にある真宗大谷派の本山「東本願寺(項目名)」は、通称であって、正式名称は「真宗本廟」です。このような例からみましても、Wikipedia本文中で検証可能な略称・通称を使用することに問題はないと思われます。
尚、公式サイトの外部リンクに関しましては、「Wikipedia:外部リンクの選び方#掲載してよい外部リンク」に『方針Wikipedia:出典を明記するなどの観点から、記事の質、また読者の理解を高めることに資する出典や資料とする目的であれば、記事の外部リンク先に含める事が出来ます。』とあります。御一読ください。--お気楽蜻蛉 2009年10月5日 (月) 15:34 (UTC)


再度お断りしますが先ず一番の問題点は、未だ 「佛教之王堂」が固有名詞であるという確たる根拠を示されていない点です。お気楽蜻蛉 さんは教団HPのリンクを貼り<総本山の総門に「総本山念佛宗」と「佛教之王堂」の石碑が並んで有りますので、『総本山・念佛宗「佛教之王堂」』という表記に変更します>とされています。「Wikipedia:外部リンクの選び方#基本的な考え方 1に、その外部リンクが、記事の内容を補完するものであること」と明記されていす。これに依れば、先ず「佛教之王堂」が施設名である出典を示されて後、外部リンクを貼りつけるのが順序です。<スリランカ政府が新聞広告で「佛教之王堂」としているから>も単に広告を追認しているに過ぎず、Wikipediaのソ-スとして適切と言えません。
教団HP写真を見て「佛教之王堂」石碑が、「総本山 念仏宗」の威容を讃える「形容物」である申し上げましたのは、感想ではなく見解です。「固有名詞」とも「形容物」ともとれるような写真を示され「固有名詞」であると主張されるのには無理があります。教団「月刊誌」等に『総本山の施設名称を「佛教之王堂」とする』等の具体的記述はないものでしょうか?先ずこの点の解決をお願いします。現状では教団公式HPにおいて『総本山を「佛教之王堂」と自称している』が精々と考えます。
『「念佛宗」と表記するのは包括宗教法人であるところの宗派に誘導させます・・という御意見に何か根拠がおありなのでしょうか』につきましては、「念佛宗」の三文字で充分でしょう。そのような「宗派」が存在しますか?私が『本文「概要」節において解決済みです』と申し上げたのは、当該節において『単立宗教法人は大方の見解として「宗派」としては認められていない』が帰結だという意味であり、通称名や略称表記を否定するものではありません。読者に紛らわしさを与える記述は避けるべきだと申し上げているのです。『総本山・念佛宗「佛教之王堂」』中の「念佛宗」は、教団の主張するところの「日本の仏教第十四宗」に引っ張られています。--CANIPSA 2009年10月12日 (月) 13:10 (UTC)


「佛教之王堂」は、商標登録されています。特許電子図書館で検証可能です。
重ねて申し上げますが、Wikipedia本文中で「念佛宗」という検証可能な通称名や略称表記をすることに問題はないでしょう。此処Wikipediaでは、一個人の意見・見解よりも「Wikipedia:検証可能性」が最優先されます。--お気楽蜻蛉 2009年10月19日 (月) 10:10 (UTC)


「佛教之王堂」名称について商標登録されているのを確認しました。但し「佛教之王堂」を記述するのは「教団節>機構」より本文「総本山」が相応しく思います。小節を設け、その中で記述するのが一番妥当だろうと考えます。僭越ですが、現在の本文は小節「念仏宗無量壽寺・落慶祝・新聞記事広告」とし、「佛教之王堂」は小節「施設名」では如何でしょうか?
「Wikipedia:検証可能性」の意味するところは、『「総本山 念仏宗」と彫られた石碑が総門前に建っている』であり、『京都新聞が記事中で教団名を「念佛宗」と略称している』です。それ以上の解釈は「Wikipedia:検証可能性」の飛躍です。記事中、略称を「念仏宗」が適当であるとする迄の検証が欠落しています。教団名を「念仏宗三宝山無量壽寺」と変更以降発行された書籍で、私が検証できた分については全て教団略称として「無量壽寺」としています(週刊文春1996年12月26日号、週刊朝日1998年4月17日号、週刊新潮2008年3月13日号、月刊クオリティ2008年5月号及び6月号)。この様に略称を「念仏宗」と決めつけるのは「中立的観点」からも外れています。お気楽蜻蛉 さんは少なくとも週刊新潮2008年3月13日号は読んでおられますね。何故「無量壽寺」の略称について言及されないのでしょうか?都合の悪い出典は伏せておられるのでしょうか。「中立的観点」に沿った記述をお願いします。また「念仏宗」という「語」は一般的に「南無阿弥陀佛」を称え浄土往生を願う仏教宗派の総称です。この様な古くから日本人に馴染まれてきた「語」を教団名として略称表記すれば文意が曖昧となり、「完璧なウィキペディアとは・・・」中の『本当に「明確」に書かれています』からも外れています。--CANIPSA 2009年10月29日 (木) 11:01 (UTC)
教団節>機構本文、【総本山と全国9教区(「北海道」、「関東」、「東海」、「北陸」、「京都」、「奈良」、「関西」、「中国・四国」、「九州」)。日本全国に33の別院及び施設がある(2009年現在)[4]。】と変更文を提示します。お気楽蜻蛉さん提案の「念仏宗」は不記、「仏教の王堂」は本文「総本山」で記述とした案文です。--CANIPSA 2009年10月29日 (木) 11:31 (UTC)
「総本山」節は、別に考えましょう。教団略称として「無量壽寺」との記載につきまして、全く抵抗ありません。しかし、全国に「無量寿寺」という名称のお寺は、多数存在します。本項目に於いて、「念佛宗」とすれば、「念佛宗 三寶山 無量壽寺」を指す事は分かるのですから、余り拘わられる必要もないと思われますが…。然しながら、「佛教之王堂」につきましては、「施設名称」(固有名詞)という根拠を示したのですから、教団節>機構の本文を、【総本山『佛教之王堂』[6]と全国9教区(「北海道」、「関東」、「東海」、「北陸」、「京都」、「奈良」、「関西」、「中国・四国」、「九州」)。日本全国に33の別院及び施設がある(2009年現在)[4]。】との変更文でお願いします。--お気楽蜻蛉 2009年11月5日 (木) 08:07 (UTC)
お気楽蜻蛉 さん、『本項目に於いて、「念佛宗」とすれば、「念佛宗 三寶山 無量壽寺」を指す事は分かる』との事ですが、それならば「無量壽寺」としても同じ事が言えます。「無量壽寺」を出典数の多さから推すのも適切ではないと思います。両案を比較するより、とりあえず略称「念佛宗」を記事から外されたのは賢明でしょう。しかしながら、今回お気楽蜻蛉さんが提案された【総本山『佛教之王堂』[6] (以下略)】は、外部リンク先を教団HPの石碑写真のみとされています。「佛教之王堂・石碑」が「形容物」でなく「固有名詞」であるとの合意点に至ったのは、「佛教之王堂」が商標登録されている事実からです。この事実を伏せられたのは如何なる理由でありましょうか?
『「総本山」節は、別に考えましょう。』との事ですが、今議論が進行している中でその腰を折る意図が解りません。ここに改めて、本文 「総本山」節「小節」作成を提案します。--CANIPSA 2009年11月11日 (水) 14:03 (UTC)
「佛教之王堂」を「総本山」節で正式に紹介しましょうと仰る御提案に感謝いたします。ということですと、概要節>冒頭に「佛教之王堂」を書き加えましょう。
また、教団節>機構の本文は、先日≪2009年11月5日 (木) 08:07 (UTC) ≫提案のまま、以下。
  • 総本山「佛教之王堂」[6]と全国9教区(「北海道」、「関東」、「東海」、「北陸」、「京都」、「奈良」、「関西」、「中国・四国」、「九州」)。日本全国に33の別院及び施設がある(2009年現在)[4]。】

CANIPSAさんが御提案された「総本山」節に新たな提案があります。少しお時間をください。宜しくお願いします。--お気楽蜻蛉 2009年11月19日 (木) 06:13 (UTC)

所在地の変更に関しまして、提案から異論なく10日以上経過しましたので、2~3日後を目処に、本文に転記を行ないます。--お気楽蜻蛉 2009年11月30日 (月) 07:14 (UTC)

総本山

本節の節名の表記を総本山「佛教之王堂」と変更するよう提案します。節名で、総本山と佛教之王堂が同一の場所を指すと分かります。また、現在の本文記事中2ヶ所に総本山「佛教之王堂」と在る記載と統一した方が、読者を混乱させる事もありません。--お気楽蜻蛉 2010年1月27日 (水) 21:40 (UTC)

念佛宗無量壽寺総本山・落慶祝 新聞記事広告

現在の本文に上記小節を設けます。

念佛宗無量壽寺総本山・落慶祝 新聞記事 企業広告

出典に基づいた表記への変更を提案します。--お気楽蜻蛉 2010年3月18日 (木) 06:18 (UTC)

冒頭と文末の2ヵ所に脚注の挿入を提案します。文面変更なし、脚注追加のみ。

全国紙に掲載された記事文について、脚注にて教団H.Pにリンクさせる必要性など全くありません。--CANIPSA 2009年12月2日 (水) 12:26 (UTC)
Wikipedia:外部リンクの選び方#基本的な考え方」に、
  1. その外部リンクが、記事の内容を補完するものであること。
  2. その外部リンクが、記事の内容についての読者の更なる理解への助けとなること。と明記されていますので、脚注を設ける提案をしました。--お気楽蜻蛉 2009年12月9日 (水) 01:24 (UTC)
脚注リンクH.P部分は本文記事だけで充分理解出来ます。ことさら補完の必要があるとは思えませんし、教団への理解が深まるとも思えません。
外部リンクに対する基本的な考え方にはまだあります。
外部リンクは最小限度にとどめること。
失礼ですがお気楽蜻蛉 さんの考え方は全く逆で、最大限に活用されています。本文には既に教団公式H.Pが外部リンク先に存在します。--CANIPSA 2009年12月17日 (木) 11:51 (UTC)
外部リンクは、最小限度も何も念佛宗のHPだけです。念佛宗のHPには、沢山のページがあります。本文記事の内容を補完し、読者の更なる理解への助けとなるページを選んで夫々脚注にしています。更なる理解への助けとなるか、ならないかの判断は、各々立場を異にする読者に任せるべきだと思います。--お気楽蜻蛉 2009年12月24日 (木) 12:59 (UTC)
お気楽蜻蛉 さんは既に本文において外部リンクとして 公式ホームページを貼りつけておられます。「これは一体何のためだったのでしょうか」と逆にお尋ねします。
本節において脚注外部リンクされている箇所は公式ホームページから容易に辿り着けます。、お気楽蜻蛉 さんの弁からすれば、むしろ読者が公式ホームページをトップペ-ジから閲覧して下さる方が教団への理解が深まります。「外部リンクは、最小限度も何も念佛宗のHPだけです」と仰ってますが、私が指摘しているのは検証可能性を満たしている全国紙記事広告にまで脚注外部リンクとして公式ホームページに誘導する必要性などないと申し上げているのです。今一度「Wikipedia:外部リンクの選び方#基本的な考え方」の「外部リンクは最小限度にとどめること」(勿論脚注も含めて)の意味を熟慮して下さい。これは「本節」に限らず「項」全体として言える事です。--CANIPSA 2010年1月4日 (月) 07:05 (UTC)
CANIPSAさんが、「本節において脚注外部リンクされている箇所は、念佛宗 公式ホームページから容易に辿り着けます。」とされるのは独断です。Wikipediaは、子供、お年寄りなど、幅広い層が読みます。念佛宗 公式ホームページから本節の内容を記述したページに容易に辿り着けないような読者も沢山おられます。何よりも、本節における内容が念佛宗 公式ホームページに記載されているのか?されていないのか?ということさえ、一般の読者には分かりません。あらゆる立場の読者に分かりやすいようにというための脚注を設けることに反対される理由はありません。また、脚注は、出典を示すためだけの機能ではありません。--お気楽蜻蛉 2010年1月12日 (火) 05:47 (UTC)
少なくとも検索エンジンにてこのWikipediaにたどり着かれた読者ならば、教団HPの各ぺ-ジを閲覧するのは同程度に可能だと申し上げたまでです。「・・・念佛宗 公式ホームページから容易に辿り着けます。」を私の独断と決め付けるのは如何なものでしょうか。
また「何よりも、本節における内容が念佛宗 公式ホームページに記載されているのか?されていないのか?」を示す行為そのものに意味がありますか? Wikipediaと教団HPはWeb上でまったく独立したサイトである旨お伝えしておきます。--CANIPSA 2010年1月21日 (木) 09:20 (UTC)
本節における記事の内容が、念佛宗 公式ホームページに、もし記載されているならば、記事の内容が記載されている念佛宗 公式ホームページのページを脚注にて示すことには、あらゆる立場の読者にWikipedia本文記事がより分かり易くなるように補完するという目的と、より豊かに更なる理解への助けとなるようにという目的を適えるためという意味があります。--お気楽蜻蛉 2010年1月27日 (水) 21:40 (UTC)
2010年1月12日 (火) 05:47 (UTC)にて、お気楽蜻蛉 さんから、私は独断論者であるとの指摘を受けたまま今日に至っております。私は2010年1月21日 (木) 09:20 (UTC)にて、<少なくとも検索エンジンにてこのWikipediaにたどり着かれた読者ならば、教団HPの各ぺ-ジを閲覧するのは同程度に可能だと申し上げたまでです。>と、ごく常識的な見解を付して返答しています。にもかかわらずお気楽蜻蛉さんは、この点についてスル-されたままです。独断論者であるとの決め付けは大袈裟にいえば、私の執筆者としての姿勢を否定されたようで甚だ遺憾です。お気楽蜻蛉 さんには、誠意あるお答えを伺いたかったのに残念です。が、これ以上の判断はWikipedianの皆様にお任せいたします。
さて、お気楽蜻蛉さんの、 2010年1月27日 (水) 21:40 (UTC)の回答は、私の質問<「何よりも、本節における内容が念佛宗 公式ホームページに記載されているのか?されていないのか?」を示す行為そのものに意味がありますか? Wikipediaと教団HPはWeb上でまったく独立したサイトである旨お伝えしておきます。>の趣旨を外しておられ、過去発言の繰り返しでしかありません。回答に何等新しい観点が見受けられない以上、この上お気楽蜻蛉 さんと議論を続けても、意味があるとも思えません。私等の論議はひとまずおいて、他のWikipedian様の考えを待ちませんか。お気楽蜻蛉 さん、如何でしょうか?
論点は、本小節「念佛宗無量壽寺総本山・落慶祝 新聞記事広告」文における、脚注として公式ホームページ中の各ぺ-ジへの外部リンクの必要性。本文下段に既に外部リンクとして、公式ホームページが存在するが、上記の脚注教団HPの該当ペ-ジへの外部リンクの必要性。具体的には次の二つ。
(1)<~~企業広告として4面を費やし掲載された[11]>。
(2)<(文末)~~と施主の挨拶を述べている[12]>。
Wikipedia:外部リンクの選び方#基本的な考え方」として
  1. その外部リンクが、記事の内容を補完するものであること。
  2. その外部リンクが、記事の内容についての読者の更なる理解への助けとなること。
  3. 外部リンクは最小限度にとどめること。
Wikipedianの皆様、参加宜しくお願いします。--CANIPSA 2010年2月5日 (金) 11:59 (UTC)

さん、お手間をお掛けして申し訳ありませんが、こちらの方にコメントをお寄せいただけませんか。--お気楽蜻蛉 2010年3月18日 (木) 06:18 (UTC)

ご指名を受けてコメントします。まず、お二方の外部リンクの選び方の理解に大きな隔たりはなく、当該部分の出典として公式サイトの特定ページを貼り付けることの是非と理解しましたが、この点はよろしいでしょうか。次に、各ページを確認しましたが、いずれのページも本項目の記述と本質的に大差ないですから、WP:ELの観点からは少々難があると思います。しかし、検証可能性出典を明記するの観点からは、むしろあるほうがいいのではないでしょうか。ところで、[12]に関して付け加えますと、施主の挨拶の引用もとと言う意味では「出典」と言えますが、その引用によって何を言わんとしているのか(引用の要件のうち、必要性や主従関係)が明確でないため、逆に施主の挨拶が当該節に必要なのか、と言う点について疑問を感じます(今更と自分でも思いますが、再度読み返してみてちょっと引っかかったので)。-- 2010年3月18日 (木) 12:24 (UTC)
さん、コメント依頼の求めに応じていただき有難うございました。--お気楽蜻蛉 2010年3月19日 (金) 05:33 (UTC)

佛教之王堂

  • 「佛教之王堂」名は、商標登録[13]されている。
商標登録の詳細情報は、脚注にしました。--お気楽蜻蛉 2009年11月24日 (火) 09:15 (UTC)
総本山建築物はH.M.Cなる企業が自社施設として加東市建築課に建築確認申請を出しています。この事実から商標登録についての詳細情報は脚注表記などせず本文記事とするのが妥当でしょう。幸いお気楽蜻蛉 さんがより詳しく情報を提供して下さいました。これらを付け加え記事文を新たに提案します。
  • 「佛教之王堂」名は宗教法人念仏宗三寶山無量壽寺を権利者として商標登録されている。登録番号第5182053号、登録日平成20年(2008年)11月21日。--CANIPSA 2009年12月2日 (水) 12:26 (UTC)
詳細情報を脚注に纏めると、可読性が良いと思われますが、拘っておられるのなら、了解しました。以下に、細部の体裁のみ変更させていただきました。
  • 「佛教之王堂」の特筆すべき特徴の追記を提案します。以下。
2005年(平成17年)、第四回全世界佛教サミット [14]において、仏教徒の心の依処たる「佛教之王堂」を日本に建立することが決議され、創建されました[15]経蔵には、仏教の根本である「経典」が、世界三十三ケ国・一地域の法王・仏教指導者から奉納され、収蔵されています[16]。また、釈迦堂には、世界三十三ヶ国・一地域の仏教指導者及び仏教国の国王から奉納された「仏像」を安置しています[17]
総本山にして「佛教之王堂」[6]、落慶[18][12] 2008年(平成20年)11月1日。尚、「佛教之王堂」名は宗教法人 念佛宗三寶山無量壽寺を権利者として商標登録されている。登録番号第5182053号、登録日2008年(平成20年)11月21日。--お気楽蜻蛉 2010年2月26日 (金) 04:21 (UTC)
(少々日が経過してしまいましたが)<平成17年の佛教サミットにおいて「佛教之王堂」を日本に建立することが決議され、創建されました>は、時系列に全く矛盾しますね。佛教之王堂落慶祝企業広告によりますと、落慶は平成20年7月17日、工期7年間とありますから、工事着工は平成13年頃となります(調査企画設計等を考慮すると更に数年遡るのが明白ですが)。つまり、「佛教之王堂」工事半ば以上進捗した時点で「佛教之王堂」創建がサミットで決議され、「佛教之王堂」が落慶した訳ですか?、しかも出典が月刊無量壽368号(平成22年2月)。この矛盾を解決するため、佛教サミットでの決議文をサミット冊子よりお示し下さい。--CANIPSA 2010年3月25日 (木) 13:03 (UTC)
2005年(平成17年)のJoint Communiqué(The Fourth World Buddhist Summit)です。--お気楽蜻蛉 2010年3月27日 (土) 15:31 (UTC)
第四回佛教サミット共同コミュニケの日本語版冊子を提示してもらえかったのは残念です。共同コミュニケを読む限り、着工から落慶に至る時系列の矛盾が解けました。是非脚注外部リンクとして下さるようお願いします。月刊無量壽368号(平成22年2月)当該記事は、あたかもタイムマシンに乗り過去に遡って創建されたような記述ですが、出典を尊重しこれ以上の言及は差し控えます。あと、「ます」「です」調の記事文は百科事典としてふさわしくありません。--CANIPSA 2010年4月3日 (土) 03:19 (UTC)

Joint Communiqué(The Fourth World Buddhist Summit)外部リンクを脚注に加えました。「です・ます」調を「だ・である」調に変更しました。以下。

第四回全世界佛教サミット[14](2005年開催)において、仏教徒の心の依処たる「佛教之王堂」を日本に建立することが決議され、創建された[15][19]経蔵には、仏教の根本である『経典』が、世界三十三ケ国・一地域の法王・仏教指導者から奉納され、収蔵されている[16]。また、釈迦堂には、世界三十三ヶ国・一地域の仏教指導者及び仏教国の国王から奉納された『仏像』を安置している[17]
総本山にして「佛教之王堂」[6]、2008年(平成20年)11月1日 落慶[18][12]。尚、「佛教之王堂」名は宗教法人 念佛宗三寶山無量壽寺を権利者として商標登録されている。登録番号第5182053号、登録日2008年11月21日。--お気楽蜻蛉 2010年4月6日 (火) 21:18 (UTC)

佛教之王堂の由緒

開祖は、インドにおける釈尊の聖地が見る影もなく荒廃し、異教徒に管理され観光地となっている現状を嘆き、世界三大宗教の一に数えられるキリスト教のバチカン、イスラム教のメッカに比すべき、全世界三億七千万人の仏教徒の心の拠り処を、建立することを願い、以来、悲願を実現すべく、総力をあげて、建立を進め、完成したのが佛教之王堂である[18]

佛教之王堂の由緒を小節内の小節として加筆提案します。--お気楽蜻蛉 2009年11月24日 (火) 09:15 (UTC)
現状文章では単なる「演説台」に過ぎません。外部リンクとして教団H.Pを貼りつけていますが、そもそもH.Pには開祖はおろか法主も名前も出てきません。開祖の言葉として記事文を書くのであれば出典を示して下さい。記事文の内容も曖昧です。「釈尊の聖地が見る影もなく荒廃し、異教徒に管理され観光地となっている現状」の根拠を示して下さい。また「建立することを願い、以来、悲願を実現すべく、総力をあげて」建立を願ったのは何時頃ですか。総力をあげたはずの開祖は平成5年に引退しています。総本山落慶祝新聞記事によると建設が始まったのが平成12頃です。時間的な辻褄が合いません。「総力をあげて」も漠然とした表現でどのように行動したのか不明です。週刊誌によると総工費500億円とも1000億円ともされています。例えいくら費やしたにせよ、どのようにしてこの莫大な金額を集めたのか、その実態に触れない記事文は偏っています。--CANIPSA 2009年12月2日 (水) 13:10 (UTC)
CANIPSAさんの御意見を考慮し、文案を変更しました。以下。
開祖は、インドにおける釈尊聖地が荒廃し、異教徒に管理され観光地と化している現状を嘆き、世界三大宗教の一に数えられるキリスト教バチカンイスラム教メッカに比すべき、全世界三億七千万人の仏教徒の心の拠り処を、建立することを願い、その悲願を実現すべく、完成したのが佛教之王堂です。佛教之王堂 落慶 2008年(平成20年)11月1日[18][6]
先ず、「インドにおける釈尊の聖地が荒廃し、異教徒に管理され観光地と化している現状」の典拠は、念佛宗 公式ホームページです。以下は、その典拠念佛宗 公式ホームページの裏付けとなる資料です。御参考になさってください。
  1. インドの仏教#現在には、『イスラム教徒の弾圧でインドから仏教が消滅したため置き去りにされていた仏教の聖地や寺院の多くは、現在はヴィシュヌ神(の化身の一つとしての釈迦)を祭る場としてヒンドゥー教徒が管理している。これらの聖地の仏教徒への返還も政治問題化している。』とあります。
  2. 舐園精舎と釈尊入滅の地クシナガラ
  3. サルナート
次に、「どのようにしてこの莫大な金額を集めたのか」というのは、事件でも犯罪でもありませんので、記載の必要がありません。従って、そのような記載がなければ、記事文が偏っているということにもなりません。また、「開祖の言葉として記事文を書くのであれば出典を示して下さい」との事で、佛教之王堂の総門前にある石碑[6]の裏書に、佛教之王堂の建立は、開祖の悲願であった旨が記されていますので、石碑を根拠として追加しました。「(開祖が)建立を願ったのはいつ頃か」という質問ですが、あれほどの総伽藍です。建立を願って直ちに着工することは到底不可能ですし、今のところ建立を願った年月日を知る資料がありませんので、落慶の年月日を追記しました。--お気楽蜻蛉 2009年12月9日 (水) 01:24 (UTC)
「インドにおける釈尊の聖地が荒廃し、異教徒に管理され観光地と化している現状」について豊富な典拠有難うございます。この部分については問題をクリア出来ました。総門前石碑の裏に開祖の「悲願」が刻まれているそうですが、是非写真掲載をお願いしたいところです。それはそれとして、お気楽蜻蛉 さんが記述された文案に独自研究的な要素が介在しないのであれば、この問題も解決です。
私は教団の資金に対し事件性や犯罪性を述べた訳では一切ありません。「事件でも犯罪でもありませんので、記載の必要がありません」とは如何なる根拠によるものでしょうか。Wikipediaには「事件性、犯罪性」なき要素についての記述は不要であるとなってしまいます。開祖の「悲願」だけで佛教の王堂が建立される筈もありません。王堂落慶は単なる結果でしかありません。その過程なき文案は閲覧者の理解が得られません。この(小)小節についても脚注リンク不要でしょう。--CANIPSA 2009年12月17日 (木) 12:26 (UTC)
CANIPSAさんの御意見を考慮し、文案を変更しました。以下。
開祖は、インドにおける釈尊聖地が荒廃し、異教徒に管理され観光地と化している現状を嘆き、世界三大宗教の一に数えられるキリスト教バチカンイスラム教メッカに比すべき、全世界三億七千万人の仏教徒の心の拠り処を、建立することを願い、念佛宗檀信徒が、30年の歳月をかけ、無駄を排し、倹約につとめ、心を集めて総本山を建立し、開祖の悲願を実現すべく、総本山にして佛教之王堂としました。佛教之王堂 落慶 2008年(平成20年)11月1日[18][12][6]
脚注(出典)無き記事文は、Wikipedia本文とすることができません。--お気楽蜻蛉 2009年12月24日 (木) 12:59 (UTC)
「CANIPSAさんの御意見を考慮し、文案を変更しました」とありますで、お気楽蜻蛉さんは総本山建立に関わる資金調達について、記述の必要性を認識して下さったものと解釈します。
お気楽蜻蛉さんの当初提案文「~~悲願を実現すべく、総力をあげて~~」部分が「~~無駄を排し、倹約につとめ、心を集めて~~」となった訳ですね。「無駄を排し、倹約につとめ」は今日何処の企業家庭でも行っています。公称五万人規模の教団が「工期7年間を要し、延べ350万人の力を結集」「総工費五百億とも一千億(週刊誌)」とも云われる事業を達成しました。「無駄を排し」「倹約につとめて」には何らこの巨額資金調達への具体性が含まれていません。「現状を嘆き」「心を集めて」「開祖の悲願を実現すべく」は心情描写でしかありません。提案文はWikipedia記事文ではなくエッセイの範疇です。--CANIPSA 2010年1月4日 (月) 07:36 (UTC)
「~~無駄を排し、倹約につとめ、心を集めて~~」の提案文には複数の出典があります。出典の要旨を損なわないよう慎重に文言を選んでいます。「~~無駄を排し、倹約につとめ、心を集めて~~」ということは、壇信徒の貴いお布施によって建立されたという資金調達への具体的な方法が記述されています。
「現状を嘆き」「心を集めて」「開祖の悲願を実現すべく」が、仮令、心情描写であったとしても、『佛教之王堂の由緒』を記事にするには必要な文言ですし、同様にこれらの提案文にも複数の出典があり、出典の要旨を損なわないようにと、慎重に文言を選んでいます。出典に沿った記事文を提案しています。--お気楽蜻蛉 2010年1月12日 (火) 05:47 (UTC)
「~~無駄を排し、倹約につとめ、心を集めて~~」の各表現に具体性がないという論拠は、それらの捕らえ方が十人十色だと言う事です。ある人は高級車を買うのにグレ-ドを1ランク落としたのを「倹約につとめ」たと思っているかも知れませんし、またある人は車を買わないのが「無駄を排し」と考えるかもしれません。「心を集めて」にいたっては公称五万人規模の教団では通常考えられないでしょう。もしそうならそれこそ全体主義ですね。「信者のお布施により仏教の王堂が建立された」とするならばかろうじて具体性の一端を表現しています。「お布施を」を匂わすだけの表現では具体性があるなどと言えないのではないでしょうか?いくら出典にそった文言を選んで記事案文を書かれたとしても、そこに具体的記述がない限りそれは麗句で飾られたエッセイに過ぎません。--CANIPSA 2010年1月21日 (木) 10:14 (UTC)
CANIPSAさんが、≪「~~無駄を排し、倹約につとめ、心を集めて~~」の各表現に具体性がないという論拠は、それらの捕らえ方が十人十色だと言う事です。ある人は高級車を買うのにグレ-ドを1ランク落としたのを「倹約につとめ」た、と思っているかも知れませんし、またある人は車を買わないのが「無駄を排し」と考えるかもしれません。≫と、仰せのとおり、各人それぞれの生活における価値観の違いがあり、倹約の仕方、無駄の排し方は、十人十色、百人百色でよろしいではないですか。いずれにしても「無駄を排し、倹約につとめ」た、という事実に何ら変わりがありません。「心を集めて」ですが、信仰は、信じる(信心の)世界ですので、心の世界です。お布施の金額は、一円から何十億円と各人それぞれですが、信仰(信心)によって、「無駄を排し、倹約につとめ」て、心でされたお布施です。出典は、「心を集めて」という文言で、その事実を忠実に表現しています。出典の「心を集めて」という以上に実体に即した文言は見当たりません。--お気楽蜻蛉 2010年1月27日 (水) 21:40 (UTC)
2010年1月30日付読売新聞朝刊2面に掲載された、「メガチャイナ・世界を黙らせる巨大市場」として、中国の経済発展を紹介した記事の一部です。
ある建設作業員が「年収5万元(約65万円)だが、2年分をため、国産の新車を10万元で買った」
これをお気楽蜻蛉さん流に書き直せば、「無駄を排し、倹約につとめ、(家族が)心を集めて、国産の新車を買った」となります。
前者が「具体的記述」、後者は「概念的記述」(あるいは百人百様の「抽象的記述」)になろうかと考えます。お気楽蜻蛉さんの提案文は、開祖の心象風景描写が多くを占め、資金調達への過程を「具体的」に書かない(書けない)、つまり具体的記述なき文です。文末「佛教之王堂 落慶 2008年(平成20年)11月1日」のみが具体的記述ですが、これは小節「念佛宗無量壽寺総本山・落慶祝 新聞記事広告」と重複します。開祖や壇信徒の「心象風景描写」や「概念的記述」が小・小節全体を占める記事に、HPやブログならともかく、Wikipedia本文としての価値があるでしょうか?
「具体的記述」あるいは「概念的記述」の摺り合わせはひとまずおくとして、他のWikipedianの皆様の考えを待つことにしましょう。如何ですか、お気楽蜻蛉さん。
脚注教団HP外部リンクの適否については、記事転載そのものを否定する立場ですので、ここでは言及いたしません。--CANIPSA 2010年2月5日 (金) 12:45 (UTC)
コメント 本ノートには久方ぶりのコメントになります。少々膠着気味のようですので、コメントさせていただきます。
お気楽蜻蛉氏には、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかWikipedia:検証可能性Wikipedia:大言壮語をしないあたりを再読することをお勧めします。Wikipediaは百科事典を作成するプロジェクトですから、基本的に美辞麗句は不要です。出典に書いてあるからといって、それをそのまま記事にしていいという訳ではありません。出典からの引用であるなら、今度は引用の要件を満たしているかの検討が必要になり、満たしていなければ削除しなければなりません。-- 2010年2月6日 (土) 03:12 (UTC)
さん、コメント有難うございます。
例えば、「教団の資料[18][12][6]によれば…………とある。」というようにすれば、中立的な記事になりませんか?如何ですか?--お気楽蜻蛉 2010年2月10日 (水) 09:37 (UTC)
少々厳しい物言いになりますが、本記事にその記述が必要かどうかを第三者的視点から検討しなおすべきではないでしょうか。少なくとも、当事者の主張を引き写すだけなら、無用な記述だと思います。極論を承知で書きますが、佛教之王堂とは「開祖の悲願により、信徒の寄付を原資として建立された」というだけのものではないでしょうか。それが適切に会計処理されているかどうかは興味深いところですが、その程度のものなら記述するまでもないでしょう。もし、建立資金等に(検証可能な出典により)疑問が呈されているなら、当事者の資料を出典とするのも分かりますが、由緒に当事者の主張を引き写すだけの記述は、はっきり言えば百科辞典には不要です。-- 2010年2月11日 (木) 03:53 (UTC)
さん、百科事典執筆の根幹ともいえるご指摘で大変参考になりました。有難うございます。--CANIPSA 2010年2月13日 (土) 06:50 (UTC)
久しぶりに参加させていただきます。さん、「当事者の主張を引き写すだけの記述、はっきり言えば百科辞典には不要です。」に関して。以前に開祖節で、お気楽蜻蛉氏と議論いたしましたが、本文中『教団は、「月刊無量壽211号」(1997年2月)において以下、~として仏教を教えた。』も不要になってしまわないですか。私はもう、これ以上の議論は平行線で無意味だと思い退がりましたが、この状況いかがでしょうか。--Yamazero 2010年2月18日 (木) 14:27 (UTC)
少々誤解があるようですが、私が問題にしているのは「由緒に当事者の主張を引き写すだけの記述」です。仮にも宗教団体の記事で開祖節があるのは問題ないでしょうし、既に著名な人物でなければ当事者の主張がメインとなるのも仕方のないことだと思います(第三者の資料があればそれに越したことはありませんが)。では、ある宗教団体が建立した施設の由緒に、どれほどの特筆性があるでしょうか。それは百科事典に載せるに足りるものでしょうか。相当な歴史を持つものや、特筆すべき特徴があるものでないなら、結局宣伝に類する記述にしかならないと思いますが、如何でしょうか。-- 2010年2月19日 (金) 12:37 (UTC)
さんの御意見に従い、「佛教之王堂の由緒」を記事にするのは、後の世の人たちに譲ります。--お気楽蜻蛉 2010年2月26日 (金) 04:21 (UTC)

本節に於ける最終の提案から異論なく10日以上経過しましたので、2~3日後を目処に、合意事項の本文転記を行ないます。--お気楽蜻蛉 2010年4月17日 (土) 20:15 (UTC)

  • (処置)異論なく経過しましたので、本文に転記します。尚、Joint Communiqué(The Fourth World Buddhist Summit)は、現在リンク切れの為、コメントアウトしました。--お気楽蜻蛉 2010年4月21日 (水) 22:41 (UTC)

サイコロ占い

サイコロ占いについての記述は、本項で取り上げるというよりサイコロとか双六で取り上げるべきものだと思いますが。本項で触れる場合でも脚注とすべきかと。--杉山真大 2010年4月22日 (木) 06:10 (UTC)

杉山真大さん、ノートでの提案に応じていただき有り難うございます。
御指摘のサイコロ占いについての段落は、第三者の出典のみを脚注に示しましたが、『教団は、「月刊無量壽211号」(1997年2月)において、・・・』から本段落の文末まで、「月刊無量壽211号」(1997年2月)が本来の出典でありまして、前文の『宗教法人設立より12年前の「週刊サンケイ」(1967年発行)によれば、・・・』に対応した一連の記事文という認識でおりますので、文頭に『尚、サイコロは、・・・』と接続詞を挿入し、文末に『・・・。などを例に挙げ、宗教法人設立以前に方便としてサイコロを利用した開祖の正当性を説明している[20]。』と補足し、修正したいと思います。--お気楽蜻蛉 2010年4月28日 (水) 22:25 (UTC)
開祖項本文中『教団は、~~中略~~人々の悩みや苦しみを、古代より仏教に伝承されてきたサイコロによって、それを方便として第一歩を踏み出したとしている』とあります。開祖は由緒正しき仏法に基づいたサイコロ占いを業としていたことがこの文ですでに明らかにされています。この上更に屋上屋を重ねる如くの正当性の主張など何故必要でしょうか?連休明けまで議論は待つとしましょう。 --CANIPSA 2010年4月30日 (金) 23:47 (UTC)

『…「週刊サンケイ」(1967年発行)によれば、・・・』の段落から、「開祖はサイコロ占いを業としていた」と書かれるのは致し方ありませんが、『・・・、古代より仏教に伝承されてきたサイコロによって、・・・』の段落から、「由緒正しき仏法に基づいたサイコロ占い」とまで読み取る人が、何人いるでしょうか。本段落では、仏教とサイコロとの関わりについて具体的に何も明らかになっていません。もしも、仏教とサイコロとの関わりについて世間一般に広く知れ渡っていれば、仰るように具体例を記述する必要はなく、屋上屋を架す如くの文章と言えるでしょう。しかし、実際は、サイコロというと、博打、賭博など、賭け事と関連してヤクザ(無職渡世で生業につこうとしない者)などを連想する人が多いのではないでしょうか。サイコロは、どのように古くから仏教と深い関わりがあるのかという具体的な例にまで言及して、初めて読者に認知され、『・・・、古代より仏教に伝承されてきたサイコロによって、・・・』という前段の記述をきちんと説明した、多くの人が納得のいく適切な記事文になると思います。--お気楽蜻蛉 2010年5月8日 (土) 22:56 (UTC)

週刊サンケイ1967年の久世太郎インタビュ-記事によると、名刺の肩書きが〝心霊判断、運命学〟とあります。開祖は「私は占いとちがいまっせ。占いは当たるも八卦やが、私は、フェ-ドフォ-サイト(予見)いうんか、先見なんやから」と自ら語っています。つまり、占いとしてのサイコロを明確に否定しています。六面に〝南無阿弥陀佛〟と記された法然上人サイコロ占いや、チベット密教のサイコロ占い等を持ち出すのは筋違いではありませんか。お気楽蜻蛉 さんは、サイコロ占いを否定する(心霊判断 運命学)開祖と、上記仏法サイコロ占いとの整合性をどのようにとるつもりですか?--CANIPSA 2010年5月14日 (金) 12:20 (UTC)
週刊サンケイ1962年は1967年の間違いでした。訂正しておきます。--CANIPSA 2010年5月14日 (金) 22:14 (UTC)

仰るまでもなく、本文には、『・・・「週刊サンケイ」(1967年発行)によれば、名刺の肩書きに"心霊判断"、"運命学"とあり、いろは四十八文字サイコロの組み合わせにより人の運命を予言するサイコロ予言者と紹介した。・・・』とあり、「週刊サンケイ」(出典)に沿っています。「私は、予見というか、先見で、当たるも八卦の占いとは違う。」は、一般的に考えれば、占いとの的中率の比較と取れますが、仮に、「占い」そのものを全否定したと受け取っても、仏教の歴史の中で法然上人や偉大なラマ僧が「サイコロ占い」をしていた事実が消えてなくなるわけではありません。「月刊無量壽211号」(出典)及び、本文が主題にして、説明しているのは、「開祖が利用したサイコロという物体・物(もの)と、仏教との古くからの深い関わり」です。占いとしてのサイコロであろうが、予言に役立つサイコロであろうが、スゴロクに用いるサイコロであろうが、サイコロにどのような用途を与えようと、サイコロはサイコロです。法然上人が使ったサイコロも、チベット仏教の偉大なラマ僧が使ったサイコロも、仏教を教えるために「仏法スゴロク」・「浄土スゴロク」で使ったサイコロも、形状や使い道が異なっても、サイコロという物体そのものに変わりはありません。繰り返しますが、出典(本文)の論旨は、『・・・、古代より仏教に伝承されてきたサイコロ・・・』という記述を裏付ける根拠として、その後段で、サイコロと仏教との古くからの深い関わりが明らかになる具体的な例を示して、前段で提起した歴史的事実を証明しています。--お気楽蜻蛉 2010年5月20日 (木) 03:25 (UTC)

月刊無量壽寺141号(1991年)で開祖は「仏教の根本」を執筆しています。八正道の第五は正命であるとし、これは人間が正しい生き方をする上で就いてはならない職業として維口食や仰口食等を上げています。維口食とは占いによって食を得る職業です。ここにおいてもまた開祖はサイコロ予見とサイコロ占いを明確に区分し、サイコロ予見である自身の職業の正当性を述べ、サイコロ占いで食を得ることを蛇命食として蔑んでいます。法然がサイコロを振ろうが、チベットラマ僧がサイコロを振ろうが、占いをする者を平等に開祖は蛇命食として退けている訳です。仏法で古くサイコロが振られていたとか、占いと予見の的中率の違いなど全く開祖の予見の正当性になっていません。蛇足ながら釈迦に属するサンガも、維口食や仰口食など犯してはならない戒律として厳しく定められていました。お気楽蜻蛉さんは論理的破綻を起こしていますよ。--CANIPSA 2010年5月30日 (日) 16:05 (UTC)
  1. ≪仏法で古くサイコロが振られていたとか、占いと予見の的中率の違いなど、全く開祖の予見の正当性になっていません。≫とされましたが、元々、「開祖の予見の正当性」を説明しようとはしていませんので、全く、開祖の予見の正当性になっていなくて、何ら問題ありません。
  2. 一点、お尋ねします。≪開祖は、サイコロ予見とサイコロ占いを明確に区分し、自身のサイコロ予見の正当性を述べ、占いをする者を退けている。≫という資料は、本文と関係がありますか?
2つの質問にまとめてお答えします。『≪開祖は、サイコロ予見とサイコロ占いを明確に区分し、自身のサイコロ予見の正当性を述べ、占いをする者を退けている。≫という資料は、本文と関係がありますか?』については、開祖自ら語るところの、(開祖の)サイコロ稼業は占いでなく予見であるとの主張の補強です。『大辞泉』(小学館発行)の【占い】まで参考資料として提示して頂きましたが、開祖の主張は『大辞泉』の定義さえも超越した孤高の「予見」ですね。開祖の主張を無視して、教団が「法然上人の南無阿弥陀仏サイコロ占いや、チベットラマ僧のサイコロ占いを取り上げ、「古代より仏教に伝承されてきたサイコロによって、それを方便として第一歩を踏み出したとしている」等の記事は方向違いです。≪「開祖の予見の正当性」を説明しようとはしていませんので≫ならば、本文「サイコロは、古くから仏教と深い関わりがあり、浄土宗の開祖・法然上人もその一人で、六面に〝南無阿弥陀佛〟と記されたサイコロを打ち、サイコロ占いをした~~中略~~古代より仏教に伝承されてきたサイコロによって、それを方便として第一歩を踏み出したとしている」の段落は「開祖」節には不要と考えます。本項は仏教一般を記述する場ではありませんし、まして仏教とサイコロ占いの関わりを読者に知らせたいのなら、サイコロ項にでもなさって下さい。--CANIPSA 2010年6月11日 (金) 02:31 (UTC)

≪開祖は、サイコロ予見とサイコロ占いを明確に区分し、自身のサイコロ予見の正当性を述べ、占いをする者を退けている。≫という資料は、開祖の場合であって、一般論ではありません。『大辞泉』(小学館発行)の【占い】にあるように、占い・予言(予見)などは、言い方が異なっても、何れも同じ範疇(部類)に属します。読者は、開祖節の本文にある「サイコロ占い」と「サイコロ予言」を区別しないでしょう。同様に、執筆者も一般論に則り、「サイコロ占い」と「サイコロ予言」を区別した上での議論は、無用です。CANIPSAさんが、「月刊無量壽211号」(出典)は、開祖の主張を無視した方向違いの記事であると固執されるなら、教団に異議を申し立て、訂正文を出させて後、改めて提案してください。

本文、『教団は、「月刊無量壽211号」(1997年2月)において、・・・(中略)・・・として仏教を教えた。』の段落は、「開祖の予見の正当性」ではなく、「方便としてサイコロを利用した開祖の正当性」を説明しており、その説明にサイコロと仏教の関わりについての記述が必要不可欠です。本段落の本旨は、他でもなく、Wikipedia:中立的な観点に基づき、前文の『宗教法人設立より12年前の「週刊サンケイ」(1967年発行)によれば、・・・』に対応した一連の記事文という認識でおります。--お気楽蜻蛉 2010年6月17日 (木) 21:00 (UTC)


「≪開祖は、サイコロ予見とサイコロ占いを明確に区分し、自身のサイコロ予見の正当性を述べ、占いをする者を退けている。≫という資料は、開祖の場合であって、一般論ではありません。」とのお気楽蜻蛉 さんの発言は何を仰りたいのかよく解りません。失礼ですが「開祖」節について論じているのをお忘れでしょうか?私自身も、開祖のサイコロ予見がサイコロ占いであろうとなかろうと、所詮サイコロの出目の偶然に賭した行為あると認識しています。≪「月刊無量壽211号」(出典)は、開祖の主張を無視した方向違いの記事であると固執されるなら、教団に異議を申し立て、訂正文を出させて後、改めて提案してください。≫につきましても、私は一人のWikipedianとしてこの場にいるだけです。私に対し「教団に意義を申し立てよ」等、Wikipedia上でこのような発言は不適当です。
問われるているのは”サイコロと仏教との関わりについて”の縷々たる記述が、本文「開祖」節においてWikipediaとして必要とされるか否かです。
さん、閲覧しておられましたらご意見をお願いします。--CANIPSA 2010年6月24日 (木) 14:37 (UTC)
コメント 履歴を確認しましたが、杉山真大氏のこの編集が発端のようですね。最新版を確認した上で、以下にコメントします。
第四段落は必要か? というのが第一印象。サイコロやすごろくが主題になっているほか、「偉大なラマ層」といった誇大な表現もあり、教祖節にあるのは違和感があります。既に杉山真大氏がサイコロ#サイコロと文化すごろく#源流に加筆していますが、これらを参照点として示しておけば充分と思われます。なお「占い」「予見」などは枝葉末節と思えるためコメントは控えます。
で、何故第四段落が教祖節にあるかですが、第二段落に引きずられているのではないかと推測します。杉山真大氏の編集もそのように理解すると、記述をできるだけ減らさず、意味内容を変えずに該当する部分に繋げると言う意味ではかなり妥当な編集であったと感じます(これまでの経緯から、ノートで提案してからの方が望ましかったのは確かですが)。
CANIPSA氏の仰る通り、問題とすべきは第四段落が主題(ここでは教祖)を説明する上で必要なものかどうか、必要であるならどのように記述すべきか、と言う点でしょう。-- 2010年6月25日 (金) 11:26 (UTC)


さん、早速の回答ありがとうございます。「問題とすべきは第四段落が主題(ここでは教祖)を説明する上で必要なものかどうか、必要:であるならどのように記述すべきか、と言う点でしょう」とのご指摘について、「既に杉山真大氏がサイコロ#サイコロと文化すごろく#源流に加筆していますが、これらを参照点として示しておけば充分と思われます」と受け取りましたが(即ち内部リンク)、この解釈でよろしいでしょうか?--CANIPSA 2010年6月27日 (日) 15:05 (UTC)
コメント 少々曖昧な書き方でしたね。失礼しました。私の見解としては、件の第四段落は不要。サイコロが仏教にとっていかに意義深いものであっても、それが当該節の解説に不可欠なものでない限り記述する必要はありません。脚注化やサイコロ#サイコロと文化すごろく#源流へのリンクも恐らく不要でしょう。もっとも、参照点の要不要は個人の主観に依存する部分もありますから、残されても異議を唱えるつもりはありません。-- 2010年6月28日 (月) 09:10 (UTC)


さん、コメントありがとうございます。これまでの経過から、第四段落は削除で行きたいと思います。サイコロ#サイコロと文化への参照点につきましては、週刊サンケイ」(1967年発行)によれば、名刺の肩書きに"心霊判断"、"運命学"とあり、当時開祖が宗教家であったという証拠がありません。私見ですがサイコロと仏教の関係についても参照点とする必要性を感じません。本文中サイコロ語句のみを内部リンクとし、7月10日前後を目途に本文改訂させて頂きます。--CANIPSA 2010年6月30日 (水) 13:10 (UTC)

第三段落と第四段落は、第二段落に対応したひと繋がりの記事文です。切り離しは出来ません。提起した史実が一般的で周知の事実であれば、後述での説明(根拠)は不要ですが、余り認知されていない史実を、後述で具体例等を示して説明するのは、一般的に良く見られるスタイルです。当該節から第四段落をコメントアウトすれば、第三段落で提起した「古代より仏教に伝承されてきたサイコロ」という余り知られていない史実の根拠を示さない記事文となり、本項目(念佛宗)の本質に対する正しい認識を妨げる結果となるのではと懸念します。

また、第二段落で開祖を『サイコロ予言者と紹介した。』と呼称したのは、今を遡ること43年前、1967年発行の「週刊サンケイ」からの転記ですが、その後にヤクザ映画ブームを経た現在、サイコロというと、博打、賭博など、賭け事と関連して、ヤクザなどを連想し、良くない印象をどうしても払拭できません。当時とは時代背景が異なる現在、百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で、開祖を『サイコロ予言者』と呼称すれば、結果として、本項目の開祖に対するネガティブイメージを植えつけるためのものという評価もできると思われます。第四段落は、本項目の開祖に博打、賭博など、賭け事と関連してヤクザなどと同等のイメージを与え、そのイメージを定着させようとする『サイコロ予言者』という呼称に対応しており、不可欠な記述です。

更には、不利益を与えようとする相手の振り下ろす太刀を迎え、防衛する側だけを収めさせれば、本項目(念佛宗)が傷つき血を流す結果となります。『サイコロ予言者』という呼称が、本項目(念佛宗)に招くであろう風評被害を最小限に止めようと、盾と為す記述(第四段落)に関して御高察を願います。是非ともフェアな御判断をお願いしたいと思います。過去、2008年9月29日 (月) 14:14 (UTC)には、Takeshi14さんから、≪「サイコロには、仏教の深い意義があり~」の箇所は、教団の主張と分かる形であれば、積極的に記述されたほうが記事が豊かになるように思えます。『Wikipedia:素晴らしい記事を書くには』を参考にしてください≫と賛同する御意見もありました。しかし、今般のように第四段落が独り歩きしてしまうといけませんので、第三段落に含めて纏めた代案を提案します。なお、「偉大なラマ僧」は、出典からの引用でしたが、誇大な表現であると御指摘を受けましたので、「ラマ僧」と変更しました。

以下、第三段落と第四段落を纏めた文案

教団は、「月刊無量壽211号」(1997年2月)において、その歩みを振り返り、まず、開祖は、一切衆生を済度するに当たって、『仏法』の真門に入らしめる方便(衆生を真実の教えに導くため、前段階で仮にとる便宜的な分かりやすい手段)として、『現世利益』の仮門より始めた。すなわち、迷いの衆生を救う手段として、人々の悩みや苦しみを、古代より仏教に伝承されてきたサイコロによって、それを方便として第一歩を踏み出したとしている。さらに、サイコロには、仏教の深い意義があるとした解説では、浄土宗の開祖・法然上人もその一人で、六面に〝南無阿弥陀佛〟と記されたサイコロを打ち、サイコロ占いをしたと文献に残っている[21]。そして、チベット仏教ではサイコロ占いの手引書がラマ僧によって書かれており、仏教の根本的な思想に則して使用されている[22]。また、サイコロを使った双六は、『涅槃経』にある「波羅塞戯」を語源とする仏教語で、日本でも「仏法双六」・「浄土双六」として仏教を教えた[23]。などの例を挙げ、宗教法人設立以前に、古くから仏教と深い関わりがあるサイコロを方便として利用した開祖の正当性を説明している[20]。--お気楽蜻蛉 2010年7月9日 (金) 12:06 (UTC)

コメント まず、一般に「サイコロというと、博打、賭博など、賭け事と関連して、ヤクザなどを連想し、良くない印象をどうしても払拭でき」ないことについて、検証可能な資料は提示できますか? 提示できないならお気楽蜻蛉氏の主観に過ぎませんし、提示できるなら、それこそその資料を添えてサイコロに書くべきことでしょう。逆に、本項目での記述にのみこだわるのは、念仏宗や開祖のイメージのみが問題で、サイコロや他の仏教宗派などどうでも良いという解釈さえ成り立ちますが、如何でしょうか。
なお、「不利益」「防衛」「血を流す」などという言葉が飛び出してきましたが、そのような考え方自体がWikipediaにはそぐわないものです。有益な情報提供の数々には感謝しますが、身内意識からの編集は控えていただけませんか。身内意識を抑えることができないなら、関連する項目の編集自体を取り止めることもご一考ください。(参考:Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかWikipedia:中立的な観点Wikipedia:自分自身の記事をつくらない)。-- 2010年7月11日 (日) 06:01 (UTC)
さん、いつも有難うございます。「サイコロというと、博打、賭博など、賭け事と関連して、良くない印象をどうしても払拭できません。」《(ヤクザなどを連想し)は蛇足でしたのでコメントアウトします。》についてですが、【サイコロ】とは、「双六や博打(ばくち)の用具。」『大辞林』(三省堂発行)とあり、サイコロと博打は、辞書にあるように一般的な関連です。博打、賭博など、賭け事が良くないという印象をもつことは、必ずしも主観に過ぎないとは言い切れないと思われます。
「逆に、本項目での記述にのみこだわるのは、……サイコロや他の仏教宗派などどうでも良いという解釈さえ成り立ちます」との御批判ですが、以前からの投稿で御存知のように不調法なもので、なかなか他の項目を編集するまでの知恵が回らず、申し訳ありません。
また、「身内意識からの編集は控えていただけませんか。」との御批判につきまして、第三段落と第四段落を纏めた文案は、まず、現在の開祖節が、過去ログ(開祖)--Gobodousamani 2008年7月29日 (火) 18:15 (UTC)を雛形に、約一年の歳月をかけて議論し、合意した本文であることを踏まえた上で、出典に準じて史実の根拠を示すスタイルを取り、第二段落とのバランスも考慮しています。しかし、ノートに於いて、さんに、編集意図を理解して貰いたいとの思いがあり、身内意識からの編集であるかのように大袈裟な言葉を使用し、大変な不快感を与えてしまいましたこと、深くお詫び申し上げ、謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした。--お気楽蜻蛉 2010年7月14日 (水) 07:07 (UTC)
コメント 辞書にあるような定義ではなく、一般にサイコロは博打等と関連しよくないイメージを持たれていることを証明だてるものが何かありますか、という意味です。お気楽蜻蛉氏の論法はスゴロクと博打を同一視するのみならず、サイコロに関連するすべてを「賭け事と関連して、良くない印象をどうしても払拭でき」ないと言うもので、少なくとも論拠となる資料なしには暴論と言って差し支えありません。かつ、そのことを本項目に記述するだけの強い関連性がなければ、本項目に記述するのは不適切です。-- 2010年7月17日 (土) 06:08 (UTC)
さん、分かりました。お手間をお掛けして申し訳ありませんでした。
郁さんが、2010年6月25日 (金) 11:26 (UTC)に、「既に杉山真大氏がサイコロ#サイコロと文化すごろく#源流に加筆していますが、これらを参照点として示しておけば充分と思われます。」とされ、また、2010年6月28日 (月) 09:10 (UTC)には、「もっとも、参照点の要不要は個人の主観に依存する部分もありますから、残されても異議を唱えるつもりはありません。」とされましたので、第四段落を削除して、同時に参照点を示すという提案をします。--お気楽蜻蛉 2010年7月24日 (土) 10:35 (UTC)

最終の提案から異論なく10日以上経過しましたので、2~3日後を目処に、合意事項を本文に反映します。--お気楽蜻蛉 2010年8月5日 (木) 10:24 (UTC)

本文「概要節」発祥之地の変更

  • 教団発祥の地は当該法人規則(無量壽会及び念佛宗三宝山無量壽寺)によると京・別格本山ではありませんね。教団規則に依り本文「概要節」は教団成立の時系列も踏まえ下記の如く訂正と編集を加えます。

本項目は、「念佛宗 三寶山 無量壽寺」ですので、先ず、現在の「念佛宗 三寶山 無量壽寺」のアウトラインから筆を起こすのが、妥当だと思います。発祥之地「京・別格本山」の引用元「月刊無量壽358号(平成21年4月)17-18頁」に所在地の住所表記はありません。発祥の地の所在地を、(法人規則)で「22-19」と確認されたのであれば、『発祥之地「京・別格本山」の所在地は、京都市西京区嵐山山ノ下町22-19』で間違いありません。但し、「認証時の初代法主はこの宗の開祖福井真尚(法名「久世」)」の出典が不明なため、「初代法主は、この宗の開祖」(出典:月刊無量壽211号)としました。現在の「概要節」にCANIPSAさんから提案していただいた情報を加え、修正しました。以下。

  • 本文の出だしを何処から記述するかについては、読者の教団理解の視点から考えるべきであり、<現在の「念佛宗 三寶山 無量壽寺」のアウトラインから筆を起こすのが、妥当だと思います>はその視点からは如何でしょうか。スタ-トを無量壽会からする方が良いのかは主観が絡んできますので、私はこの点を争点にするつもりはありません。とりあえず総本山から起筆する事に同意いたします。「無量壽会」(1997年12月19日認証)規則第2条によると「この宗教法人は事務所を京都市西京区嵐山山ノ下町22-19に置く」とあるだけで「京・別格本山」とは規定されていません。無量壽会発足当初から「京・別格本山」と呼称していた出典はありますか?出典がなければ独自研究に相当すると考えられます。「発祥之地」は特別な理由がない限り現代文表記で「発祥の地」として下さい。また<認証時の初代法主はこの宗の開祖福井真尚 法名「久世」>の出典は「宗教法人 無量壽会 規則」に依っています。--CANIPSA 2011年2月8日 (火) 11:10 (UTC)

CANIPSAさん、総本山から起筆する事に同意していただき有難うございます。「発祥之地」についてですが、「無量壽會」発足当初から「京・別格本山」と呼称していた出典はありませんので、御提案のように「京・別格本山」22-17、「発祥之地」22-19と分けて記述しました。「発祥之地」で【の】ではなく【之】を使う根拠は、「月刊無量壽358号」に依っています。出典の18頁に【わが母なる嵐山「念佛宗 発祥之地」】とあり、「念佛宗 発祥之地」という石碑が建っている写真が掲載されています。また、『<認証時の初代法主はこの宗の開祖福井真尚 法名「久世」>の出典は、「宗教法人 無量壽会 規則」に依っています。』とのことで、「福井真尚」というのは、この宗の開祖の本名です。本名は、『開祖は、圓心定(念佛宗三寶山無量壽寺#開祖を参照)[25]。』(開祖節冒頭に/本名:福井真尚/と記載有り)として紹介していますので、新たな情報として(法名「久世」)を加筆しました。以下。

本文「概要」節の大胆な編集

  • 今回、ノ-ト「概要節発祥之地の変更」の続編として現在の本文「概要」節を尊重しつつ、かつ新たな出典を加え、ペ-ジの編集を大胆に行いたく記事文を提案いたします。記事文の構成も先ず「教団の仏教主張」を冒頭に置き~箱~歴史~諸点、と重要度順を鑑み編集しました。至らない点もあろうかと存じますが宜しくお願いします。
  • お気楽蜻蛉さん、 〈「発祥之地」で【の】ではなく【之】を使う根拠が「念佛宗 発祥之地」という石碑が建っている〉のを根拠にされたのなら記事文としてやはり不適切と言わざるを得ません。どうしても「発祥之地」を使いたいのでしたら「念佛宗 発祥之地」という石碑が建っている」であり、「概要」節で記事にする程の価値があるとも思えません。ただ私的にはこのような語句で議論するつもりがありませんので「発祥」を使わない記事文を提案しす。また本文「概要」節冒頭 〈総本山「佛教之王堂」[1][2][3]の所在地は~~〉の脚注外部リンクのうち[2][3]についてノ-トでの協議があったのでしょうか?探したのですが見当たりませんでしたので教えて頂けませんか?

・・提案文・・

浄土思想を基にし、()の三宝揃った釈迦の正法を有する希有なる教団と主張し、現世利益を一切求めず死後浄土往生のみを目的とする[20]。また非公開の儀式等がある[28]総本山「佛教之王堂」」[10]兵庫県加東市上三草1136番地[4]に置く。開祖は圓心定(通称:久世太郎)。発足は前身である無量壽会が、教主を福井真尚(法名久世)とし、1979年12月19日に京都府知事により宗教法人として認証された[27]。所在地京都市西京区嵐山山ノ下町22-19(無量壽庵[29])。その後1992年10月12日法人名を念佛宗 三寶山 無量壽寺と変更する他、事務所住所の変更及び規則の一部変更を京都府知事により認証された(宗教法人法の改正により現在は文化庁の所轄[27]変更後の住所は京都市西京区嵐山山ノ下町22-17。「京・別格本山[5]と称されるに至る。同時に日本仏教第十四宗として[30][24]立宗宣言した。宗教法人法においては、単立宗教法人[31]であるため、いかなる宗派(包括宗教団体)の傘下にも属さず、また、宗派とはみなされないが、一方で、京都新聞の記事のように、仏教の一宗派との見方[7][8]もある。設立時期(1979年)からは新宗教と区分される。

インドカルカッタに本部を置く国際的仏教団体「インド大菩提会」(1891年設立)のメンバーであり、アジア各地の仏教指導者が一堂に会する「全世界佛教サミット」の運営およびスポンサーとして協力をしている[7][32]1979年教団発足当初の信徒数400名程度[33]1996年で2万2千人[34]2008年3月時点[35]及び2011年11月時点での公称信徒数は5万人[36]

秘密性が極めて高い教団とされ、高額の入信料や布施についても問題点として週刊誌等において取り上げられている[34][35][36][37]。そして「今や組織の実態を明らかにすべき時期に来ている」との指摘がある[36]。「本物には金がかかる」[38]とし、自ら金のかかる教団であることを明かしている。

信徒獲得は主として血縁関係による他[39]週刊誌等によると、社会的地位を利用し断ることの出来ない人への勧誘があるとしている[37][36]。また週刊誌等によれば、各地に宗教施設を建設するにあたって、地元住民の反対運動がたびたび起こっている[40][41][35]とされるが、一方で北國新聞によると、「地域外からのいろいろな雑音に惑わされたことが残念である」という一地元住民の投稿が掲載されている[42]1998年12月]]刊『関西に蠢くまだ懲りない面々』[40]に、「儀式と30万円とも100万円ともある入会金などは宗教を隠れ蓑にしたカルト商法を思わせる」との記載がある。また、1997年7月に岐阜県白川町で配布されたビラには「1人当たり300万円のお布施という計算になり、宗教法人法上も怪しいといわねばならい」等の記載があるが、これには名誉毀損の確定判決が出ている[43]。また一方で日本脱カルト協会滝本太郎弁護士は「関西を中心に、多額のお布施を出したことで、家庭崩壊したケ-スもあり、議論のある団体だ」と指摘している[36]。--CANIPSA 2011年2月25日 (金) 16:05 (UTC)

  • 文中「 や [[ の過不足文を削除もしくは追加し文の体裁を整えました。また「インド大菩薩会」の内部リンクが正しく表示されるよう訂正。また教団規則脚注部「無量壽会 規則 1979年12月19日」と「念佛宗 三寶山 無量壽寺 規則 1979年12月19日」が正しく表示されていません。原因を調べていますが、議論はこれに拘らず進めて下さい-CANIPSA 2011年3月1日 (火) 13:10 (UTC)
  1. どうしても「発祥之地」を使いたいという様な単なる希望を唱えているわけではありません。件の地を「念佛宗 発祥之地」と定めた旨、『月刊無量壽358号(平成21年4月)18頁』に掲載されていますので、その情報が本文に記述してあります(現在の本文記事)。CANIPSAさんが、(無量壽庵<ref name="月刊誌170">月刊無量壽170号 P2 </ref>)とされたのと変わりありません。
  2. ≪本文「概要」節冒頭〈総本山「佛教之王堂」[1][2][3]の所在地は~~〉の脚注外部リンクのうち[2][3]についてノ-トでの協議があったのでしょうか?探したのですが見当たりませんでしたので教えて頂けませんか?≫とのことですが、[2][3]は、新たなリンクではありません。佛教之王堂節で使用されているリンクと同一リンクです。
  3. 週刊ダイヤモンドに掲載された、「【た】だ、周辺からはよからぬうわさも聞こえてくる。~~~」からの節を始める起筆(【た】が色違いの大きな文字)から「~~~その動きに神経を尖らせている。(88ページの最後)」までは、「【た】だ、周辺からはよからぬうわさも聞こえてくる。~~~」の節であり、週刊ダイヤモンド(出典)自体が、念佛宗の周辺から聞こえてきたうわさを記述したものであると最初に断わっています。この部分の記述は、百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の本文とする典拠に相応しくありません。
  4. 第三段落の冒頭の≪秘密性が極めて高い教団とされ≫というのは、どういった部分の秘密性が極めて高い教団なのかということが閲覧者に分からず、漠然としています。また、同段落の≪「今や組織の実態を明らかにすべき時期に来ている」との指摘がある。≫も同様に、具体的な指摘ではなく、曖昧で分かり難いです。
  5. CANIPSAさんの文案では、本項目の「概要(本項目の要点をとりまとめた)」節の文中、「週刊誌等において取り上げられている。」「週刊誌等によると、」「週刊誌等によれば、」と同様の表現が、三回繰り返されています。「概要(本項目の要点をとりまとめた)」節ですので、三段落目・四段落目に点在する「週刊誌等」からの引用を一箇所にまとめていただいて、三段落目以降の再提案をお願いします。
  6. 一点お訊ねしますが、≪信徒獲得は主として血縁関係による他<ref>月刊無量壽「衆生済度」各号参照 </ref>≫とされましたが、例えば、何号にそういう記述がありますか?教えてください。宜しくお願いします。--お気楽蜻蛉 2011年3月5日 (土) 14:02 (UTC)


  1. 相変わらず機関誌に引っ張られた主張というか。提案文では無駄な議論を避けるため「発祥の地」なる用語を使いませんでした。従って、これ以上はノ-コメントとさせて頂きます。
  2. ノ-トでは「佛教之王堂」節と「概要」節は個別に協議されています。「佛教之王堂」節で脚注外部リンク[1][2][3]が合意に至ったからとして、「概要」節にも[2][3]を適用するのは強引に過ぎます。本文記述の変更追加は全てノ-トでの協議を経て下さい。
  3. 当該週刊ダイヤモンドを読んでおられない第3者にはお気楽蜻蛉 さんの反論は意味不明ですね。第三者にも議論出来るよう、あえて該当箇所を最終段落に引用いたします。
  4. ≪秘密性が極めて高い教団とされ≫の秘密性について、脚注に出典と共に週刊誌見出しを明示する事により読者に伝えています。また、「今や組織の実態を明らかにすべき時期に来ている」は具体的な指摘です。どこが曖昧なのでしょうか?理解に苦しみます。
  5. 「週刊誌等による」が点在しているのは、それ以降に続く記事文の出典メディアの種類を明確にするためでした。しかし、ご指摘のように三段落目・四段落目を一つの段落として記事文とすれば、「週刊誌等による」の文言は省略可能で文面がよりすっきりします。三段落目・四段落目を一つの段落とし、最初の「週刊誌等による」のみ残しそれ以下の「週刊誌等による」は削除します。
  6. 月刊無量壽「衆生済度」各号で血縁関係を利用し済度している例は枚挙にいとまがありません。ここで一つや二つの例を挙げても無意味でしょう。ただ、私も先に示した提案文を読み返し、ちょっと気になりました。というのは、この「衆生済度」シリ-ズは1996年頃打ち切られています。従って現在の済度がなお血縁関係を主としているかどうかを判断するには、月刊無量壽を出典とする限りにおいて無理があるなと考え直しました。古い「衆生済度」シリ-ズのみに頼って、現在もそうだとするのは独自研究にあたる恐れがあります。従って、提案文の「信徒獲得は主として血縁関係による」の内、「主として血縁関係による」部分を削除します。
週刊ダイヤモンド2010年11月13日号P88記事文
<ただ、周辺からはよからぬうわさも聞こえてくる。「地獄に落ちるぞ」無量寿寺から脱会した男性信者は、寺側からそう脅されたという。今年7月、霊感商法被害者救済担当弁護士連絡会に寄せられた相談で明らかになった。(中略)無量寿寺に詳しい富士宮市の渡辺佳正市議は「家族が半年で2000万円お布施を申し出た」というにわかに信じがたい相談を受けたことがある。(中略)現在の入会金は38万円と無量寿寺が明かした。しかし、入会の儀式など、無量寿寺に関する情報は非公開のものも少なくない。秘密主義も残っており、組織の全容を知る者は、ほとんどいないのが実情だ。(中略)日本脱カルト協会事務局の滝本太郎弁護士は「関西を中心に、多額のお布施をしたことで、家族崩壊したケ-スもあり、議論のある団体だ」と指摘する。公安当局も、資金源の不透明さなどから、無量寿寺に関する動向調査を行うなど、その動きに神経を尖らせている>
以上、引用が長くなりました。この記事が単なる噂話を元に書かれた記事でないことは明白です。お気楽蜻蛉 さんは、記事冒頭「ただ、周辺からはよからぬうわさも聞こえてくる」に縋って以下の記事を全て噂話として否定しているに過ぎません。--CANIPSA 2011年3月13日 (日) 06:35 (UTC)


  1. 教団が機関誌で「発祥之地」を公表すれば、その地が「発祥之地」で問題ありません。
  2. 了解しました。
  3. CANIPSAさんが「この記事が単なる噂話を元に書かれた記事でないことは明白です。」と判断されるのは御自由です。しかし、出典は、記事の冒頭で「ただ、周辺からはよからぬうわさも聞こえてくる」と断った上、聞こえてきたうわさを列挙しています。聞こえてきたうわさの列挙をCANIPSAさんが真実と判断されようとも、出典自身が、うわさとした記事を百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の本文とするに相応しくありません。
  4. ≪「秘密性が極めて高い教団とされ」の秘密性について、脚注に出典と共に週刊誌見出しを明示する事により読者に伝えています。≫とのことですが、本文を読んで、脚注を見なければ閲覧者に分からないことを記述されるのは如何なものでしょうか。「どこが曖昧なのでしょうか?理解に苦しみます。」とのことですが、≪「今や組織の実態を明らかにすべき時期に来ている」との指摘がある。≫の「組織の実態」とは具体的に何を指していますか?また、「時期に来ている」は、どういった時期なのか?具体性に欠けていて百科事典に不適切です。閲覧者に意味が分からないことを本文に記述すべきではありません。
  5. ≪最初の「週刊誌等による」のみ残しそれ以下の「週刊誌等による」は削除します。≫は、いけません。「週刊誌等による」ネタは、週刊誌ネタと分かる書き方をしていただきたいと思います(Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源を参照)。三段落目・四段落目に点在する「週刊誌等」からの引用を一箇所にまとめていただいて、三段落目以降の再提案を再度お願いします。
閲覧される方々に分かり易く、特に概要節ですので要点を簡潔にまとめていただきますよう宜しくお願いします。--お気楽蜻蛉 2011年4月17日 (日) 10:57 (UTC)


  1. 対象記事が何であろうと教団記述をそのまま本文に適用するのが必ずしもWikipedia記事文としてふさわしいとは限りません。その点だけ伝えておきす。
  2. 了解されたのでしたら即刻現在の本文記事中の当該脚注をお気楽蜻蛉 さんの責任の下で削除して下さい。
  3. ここにきて未だ「噂話の列挙」とされる理由がどこにありますか。霊感商法被害者救済担当弁護士連絡会に寄せられた相談や日本脱カルト協会滝本太郎弁護士発言など発信源も明白でかつ内容も具体的です。また「真実」と「事実」をはき違えないで下さい。
  4. 本文内容を脚注で補足する手法の否定ですか?ナンセンスです。「組織の実態」も「明らかにすべき時期」も抽象的ではなく具体的です。一例ですが公式HPでは宗教法人認証日時も不明、法主の名さえ出ていません。あるいは境内地として総本山しか存在しないのでしょうか?
  5. 2011年3月5日 (土) 14:02 (UTC)時点での要望と全く正反対の要望ですね。私自身記事出典の重要性は認識しています。
(2)~(4)についてお気楽蜻蛉 さんの編集態度は私には不可解です。(3)につきましては単に日本文読解力不足のせいとも思えません。(1)及び(4)についてもWikipedia編集を熟知されているはずのお気楽蜻蛉 さんの言葉でしょうか。
感触として双方の意見は収束しそうもありません。ここは第三者の中立的な意見を伺いたいところです。度々お願いして悪いですがさん閲覧されていましたらご見解お願いいたします。その上で提案文の修正削除追加等を行いたいと存じます。--CANIPSA 2011年4月24日 (日) 13:37 (UTC)

編集の一時中断について

僭越ながら提案です。今回の東北地方太平洋沖地震の影響を考慮し、ノ-ト編集の一時中断を提案します。適切な中断期間についての判断は難しいですが、甚大な被害状況から鑑み本日より4週間程度(4月11日再開)を目安としたいのですがいかがでしょうか?理解が得られましたら宜しくお願いします。--CANIPSA 2011年3月14日 (月) 12:02 (UTC)
東北地方太平洋沖地震の被害に遭われた全ての皆様へ、心よりお見舞い申し上げ、一日も早い御復興をお祈り申し上げます。--お気楽蜻蛉 2011年4月17日 (日) 10:54 (UTC)

脚注

  1. ^ a b 「念佛宗のみちしるべ」(念佛宗 宗務局、平成17年5月)
  2. ^ 念佛宗 勤行集(平成19年発行)
  3. ^ a b 月刊無量壽92号(昭和62年3月)
  4. ^ a b c d e f g h i j k 念佛宗 公式ホームページ>念佛宗の概要「念佛宗について」
  5. ^ a b c d e f 月刊無量壽358号(平成21年4月)17-18頁
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n 念佛宗 公式ホームページ>総伽藍建立>総門「石碑」
  7. ^ a b c 京都新聞1998年(平成10年)4月1日(水曜日)30頁
  8. ^ a b 日本語大辞典「宗派」には法的な定義は記載されておらず、『同じ宗教内の分派。流派。』とのみあることから、法的な定義とは別に、一般的には仏教の宗派といえると解釈 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "日本語大辞典"が異なる内容で複数回定義されています
  9. ^ 「日本からは、念佛宗の僧りょと信徒が出席し、他の仏教宗派は参加しない。七日に共同宣言を発表する。」京都新聞1998年(平成10年)4月1日(水曜日)30頁
  10. ^ a b c d e 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立「総本山 念佛宗無量壽寺」 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "念佛宗HP 総本山"が異なる内容で複数回定義されています
  11. ^ a b 念佛宗 公式 ホームページ>お知らせ「総本山 新聞記事掲載」
  12. ^ a b c d e f g 念佛宗 公式ホームページ>総本山>落慶「御挨拶」
  13. ^ 【登録番号】第5182053号【権利者】宗教法人 念佛宗三寶山無量壽寺【登録日】平成20年2008年11月21日
  14. ^ a b 念佛宗 公式ホームページ>行事報告「佛教サミット」
  15. ^ a b 月刊無量壽368号(平成22年2月)3頁
  16. ^ a b 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立>伽藍建築「経蔵」
  17. ^ a b 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立>伽藍建築「釈迦堂」
  18. ^ a b c d e f g h i 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立「佛教之王堂 落慶」
  19. ^ Joint Communiqué(The Fourth World Buddhist Summit:The World Buddhist Supreme Conference)Bangkok, Thailand 3 November 2005
  20. ^ a b c d e 月刊無量壽211号(平成9年2月) 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "月刊誌211"が異なる内容で複数回定義されています
  21. ^ 石井敎道編『昭和新修 法然上人全集』(浄土宗開宗八百年記念出版)平樂時書店、1955年、1181-1187頁
  22. ^ ダライ・ラマ法王日本代表部事務所ホームページ>チベットの占い「占いと仏教」「さいころによる占い」
  23. ^ 辻本敬順 『くらしの仏教語豆辞典(下)』 本願寺出版社、2008年、12-13頁 ISBN 978-4894161252
  24. ^ a b c d 月刊無量壽162号 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "月刊誌162"が異なる内容で複数回定義されています
  25. ^ a b c 「念佛宗の概要」(平成8年版)
  26. ^ a b c 「法人規則」
  27. ^ a b c d e 宗教法人「念佛宗 三寶山 無量壽寺」規則 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "規則"が異なる内容で複数回定義されています
  28. ^ 週刊誌などの一部マスコミにより記事にされている
  29. ^ 月刊無量壽170号 P2
  30. ^ 第二次世界大戦後、宗教法人法が施行された際には日本仏教十三宗(法相宗華厳宗律宗天台宗真言宗融通念仏宗浄土宗浄土真宗時宗臨済宗曹洞宗日蓮宗黄檗宗)の概念があった。
  31. ^ 文化庁「宗教年鑑」
  32. ^ 産廃疑惑/ダライ・ラマを招待した謎の新興宗教の「評判」(週刊朝日、1998年4月17日)
  33. ^ 月刊無量壽100号(昭和62年11月) P2
  34. ^ a b 「京都無量壽寺と三笠宮寛仁親王殿下」教義や儀式などは他言禁止(週刊文春、1996年12月26日号)
  35. ^ a b c 「名勝「白糸の滝」隣地を買い占める謎の団体「無量壽寺」の名士信者たち「特集」」(週刊新潮、2008年3月13日号)
  36. ^ a b c d e 「特集」宗教とカネ「豪華施設の建設に土地買い占め」「知られざるカネ持ち教団の実態」(週刊ダイアモンド、2010年11月13日号) 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "ダイアモンド2010年11月13日"が異なる内容で複数回定義されています
  37. ^ a b 「帯色経済界に潜む新興宗教『念佛宗無量壽寺』のカネと人脈」(月刊クオリティ、2008年6月号) 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "クオリティ2008年6月"が異なる内容で複数回定義されています
  38. ^ 月刊無量壽356号 (平成22年2月)「道の杖」
  39. ^ 月刊無量壽 「衆生済度各号参照
  40. ^ a b グループK21一ノ宮美成「第八章 奇怪集団・無量寿寺の正体-本山は嵐山」『関西に蠢く懲りない面々 暴力とカネの地下水脈』講談社+α文庫、2004年、276-298頁 ISBN 978-4062568227(『関西に蠢くまだ懲りない面々』かもがわ出版、1998年12月刊行の文庫化)
  41. ^ グループK21「各地で住民とトラブル、デマ脅迫で押さえ込む 奇怪集団・無量寿寺を検証する」『新 関西に蠢く懲りない面々』K21企画(かもがわ出版)、2002年、49-63頁 ISBN 978-4876997213
  42. ^ 北國新聞 平成12年3月17日(金曜日)29頁・読者の投稿欄“地鳴り”
  43. ^ 2000年9月27日岐阜地裁判決(平成9年(ワ)524号)。『無量寿(真如の里)について』『無量寿会について(春日村調査所見)』と題されたビラ中、「宗教を利用してつぼを高額で販売し、莫大(ばくだい)な利益を得る詐欺だ」など13の記述について、名誉毀損による慰謝料の支払いを命じ、「霊感商法まがいのオカルト的な体質」など11の記述については、名誉毀損にあたるとしながらも「真実と信じる相当な理由があった」として賠償は否定した判決。

【総本山「佛教之王堂」 】の一文が広告宣伝的な件について

初めまして。

【総本山「佛教之王堂」】の【念佛宗無量壽寺総本山・落慶祝 新聞記事 企業広告】という項目の中に、広告的でwikipediaに相応しくないと思われる一文がありましたので、変更または削除を提案いたします。   問題と思われるのは、次の一文です。

【工事に携わった人達は「職人として人生最大の幸せ」「歴史的意義のある今世紀最大級の伽藍」「世界に誇り得る日本一の庭園」等、念佛宗 無量壽寺の総本山建立に参加出来た喜びの談話を寄せている。】   この一文には、客観的に読み取れる情報がなく、「佛教之王堂」の良さをPRする以外に文章の効果がありません。   また、この後に続く理事長の西川俊男氏のあいさつと異なり発言者も不明です。特に、発言が一般人の単なる意見でしかなかった場合、ウィキペディアに掲載する必要は著しく乏しいと思われます。   以上の点から、この一文の削除を行いたいと思うのですが、いかがでしょうか。ご意見をお聞かせください。   --鰯の天麩羅 2011年2月26日 (土) 10:57 (UTC)

  • 工事を請け負った株式会社大林組大成建設株式会社等の方々の談話ということは、謂わばその道の専門家の方々の意見ですから、一定の客観性を含んでいると思うのですが、いかがでしょうか。【工事に携わった人達は、念佛宗 無量壽寺の総本山建立に参加出来た喜びの談話を寄せている。】と、客観的な事実だけを記述した文面に変更ということで如何ですか?--お気楽蜻蛉 2011年3月5日 (土) 14:09 (UTC)


    • う~ん、それはどうでしょうか。その理由で掲載を認めてしてしまうと、他の建造物すべてについて非常に大多数の人間の個人的な意見を掲載できることになってしまいます。また、今回は個人の特定も出来ませんので、検証も不可能ですしね。
    • また、この一文には「宣伝的な意味合い」以外に書き入れる意味が無いという点も重要な問題です。原文の執筆者ではないので、その意図は分かりかねますが、ウィキペディアには相応しくないと思います。いかがでしょうか?--鰯の天麩羅 2011年3月5日 (土) 17:59 (UTC)

件の一文を≪広告的でwikipediaに相応しくないと思われる一文≫とされれば、然もありなんとも思いますので、他の方から異論が無ければ、10日後くらいを目処に削除します。鰯の天麩羅さん、御指摘有り難うございました。--お気楽蜻蛉 2011年3月11日 (金) 01:06 (UTC)


【工事に携わった人達は~~中略~~~喜びの談話を寄せている。】文削除に同意します。またそれ以下に続く理事長の挨拶文もウィキペディアに掲載する必要性を感じません。念佛宗無量壽寺総本山・落慶祝 新聞記事 企業広告節ノ-ト協議において、お気楽蜻蛉さんは教団HPの脚注外部リンクについて議論が膠着した中で、さんにコメントを求めておられますね。さんはコメントに応じて下さいましたが、その中で「施主の挨拶が当該節に必要なのか、と言う点について疑問を感じます」(郁 2010年3月18日 (木) 12:24 (UTC) )と理事長挨拶文掲載に否定的立場をとられました。それにも拘わらず、お気楽蜻蛉さんはその件については何も意見を述べず、いきなり合意形成がなされたとし、理事長挨拶文を本文記事に転載されています。お気楽蜻蛉さんは自己に都合のいい部分だけをコメントの中から取捨選択していると指摘されてもやむを得ないでしょう。--CANIPSA 2011年3月13日 (日) 06:47 (UTC)
お気楽蜻蛉さんはその件については何も意見を述べず、いきなり合意形成がなされたとし、理事長挨拶文を本文記事に転載されています。≫は、事実無根です。理事長挨拶文は、2008年10月6日 (月) 14:28 (UTC)に本文記事となっています(2008-10-06T23:31:27時点における版)。御確認をお願いします。
教団の代表役員の理事長が説明している挨拶文のような内容の記述がなければ、大伽藍を建立した意義、或はコンセプトの記述がなくなってしまいます。総本山「佛教の王堂」節には大伽藍を建立した意義、或はコンセプトの記述が必要だと思われます。特に、現世利益を説かず、観光寺院にあらずというのは、特筆すべき事項です。--お気楽蜻蛉 2011年4月17日 (日) 10:59 (UTC)


お気楽蜻蛉 さんの「2008年10月6日 (月) 14:28 (UTC)に本文記事となっています」発言は、さんのコメント2010年3月18日 (木) 12:24 (UTC)との時系列を全く無視しています。よってお気楽蜻蛉 さんの2011年4月17日 (日) 10:59 (UTC)の反論はその点において矛盾しています。お気楽蜻蛉 さんは先ず さんに謝意を表すべきでしょう。
理事長挨拶文についても宣伝文的箇所が目立ちます。お気楽蜻蛉 さんが特筆すべき事項とされる「現世利益を説かず」は既に本文編集提案文で私が提起しています。「観光寺院にあらず」は何を以てそのように定義するのでしょうか?公式HPにあるように一般参詣者に対し拝観料を取らないからでしょうか。総本山での仏舎利開帳では、全国紙に二面を割いて(スリランカ政府が)催事宣伝していました。またその宣伝で総本山に行かれた多くの方がブログ等で物見遊山的な記事を書いています。平時は全予約制度をとっているようですが、参詣者はここで教団教義の説法でも聞けるのでしょうか。ギネス級鬼瓦や大伽藍見物以外何がありますか?理事長挨拶は事実上新聞記事広告に掲載された「工事に携わった人達は『「職人として人生最大の幸せ』」の感想文と等価でしょう。--CANIPSA 2011年4月24日 (日) 14:28 (UTC)
記述に一部不備がありましたので修正しました。--CANIPSA 2011年4月25日 (月) 01:44 (UTC)