ノート:コーカンド・ハン国

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  • 本記事の拡充に協力いただき感謝します。ただ、コーカンド汗国については日本語文献が乏しく、サイトも満足なものは見られない状態です。どのような参考文献(または外部サイト)があるのか、記載していただけると幸いです。Trek011 2005年5月30日 (月) 21:16 (UTC)[返信]

サイトは存じませんが、参考にした文献は

  • 『アジア歴史事典』平凡社、1959-62年。
  • 大塚和夫ほか編『岩波イスラーム辞典』岩波書店、2002年。
  • 小松久男編『中央ユーラシア史』山川出版社、2000年。
  • 小松久男ほか編『中央ユーラシアを知る事典』平凡社、2005年。
  • 間野英二ほか『内陸アジア』朝日新聞社、1992年。

この程度の、どれもそのあたりの公共図書館に置いてある本です(事典類はさすがに本棚には持ち合わせていないので仕事帰りに図書館で見てきました。東洋史事典・百科事典類は一通り目を通したので他の事典で拾った情報も入っていると思います)。近年日本では中央アジア近代史の研究は長足の進歩を遂げており、決して研究文献や外国語文献を読まなくとも概説書を漁っていけば百科事典的な記述をなんとかまとめるのに十分な知識は得られると思います。また、基本的な論調は諸々のモンゴル史、中央アジア史、西アジア史の概説書等にかかれている記述に拠っているはずです。例えばアフガン王国をドゥッラーニー朝、ペルシャをカージャール朝(ガージャール朝でもいいですが)としたのも、中央アジア史や西アジア史ではそういう言い方はあまりしないと思うからです。Trekさんの書かれたものについてなんですが、全体的に「中国からみた中国隣接国」というポジションによったスタイルが貫かれていたことがあり、「中央アジア史の視点からみたコーカンド・ハン国」というスタイルに書き直しが必要と判断したため僭越ながら大幅に手を入れさせていただき、あわせて事実の誤認あるいは読者の誤解を招くと思われる記述を削らせていただきました。Safkan 2005年6月1日 (水) 12:18 (UTC)[返信]