ノート:イーゴリ2世

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

上げた記事は[[1]]の抄訳です。

ロシア語やこのあたりの歴史については、独学でちょろっとやってみた程度なので、間違いがずいぶんあると思います。 以下に、訳した際に気になった点を載せますので、誤訳の修正や、記事の内容そのものの修正のたたき台にしてください。

1.訳しきれなかった部分について

ロシア語版の中の、「Доктор исторических…」から始まる段落は、あるロシアの歴史学者の論文の引用を交えて書かれた段落なのですが、語力が足りずイマイチ訳せませんでした。(イーゴリ2世の殺害の意義を述べているようです。イーゴリ2世の略歴には、深くは影響しないとは思います。)

2.宗教的な用語の訳について

「教会」「修道院」「僧」などを意味する宗教的な単語が、ロシア語版の中で数種類使い分けられているのですが、どれにどんな日本語訳を当てていいのかよくわかりませんでした。また、「ロシア正教会」「イーゴリの祭日」「聖シメオン修道院」「キリスト変容教会」と訳した固有名詞も、適切な訳ではないかもしれません。

3.イーゴリの祭日について

(私の訳がおかしいのかもしれませんが、)ロシア語版の中で、イーゴリの祭日の由来に関する記述が矛盾しているようです。

①記念日は6月5日(聖遺体を運び出した日)という記述が二ヶ所ある一方で、

память: 5 июня (Перенесение мощей)

Дни памяти: 5 (18) июня ? перенесение мощей.

②イーゴリの祭日は6月5日だが、それはこの迫害(=教会で捕らえられ殺害されたこと)に基づく。

(«Игоревский» образ; празднование — 5 июня) Игоря и повлекли его на расправу.

という記述がありました。とりあえず、①の文を採りました。

4.人物名・地名について 日本語版wikiの他の記事の人物名にあわせました(○○2世など)。また、ウクライナ語音写かロシア語音写か(チェルニーヒウとチェルニゴフなど)については、現時点で、歴史用語として一般的だと思われる方(つまりはロシア語読みの方)を用いました。


初めての記事作成なので、わからないことだらけです。 よろしくおねがいします。 --ノフノフ会話2013年4月29日 (月) 04:11 (UTC)[返信]