ノート:イスラエル王国

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ウィキペディア関連項目内での当記事の位置付けについて[編集]

結構な量の執筆おつかれさまです。読みやすくてよくまとまっているなあと思いました。ただ、惜しいことは記事のタイトルと内容がかみあっていないように思えることです。タイトルこそは「イスラエル王国」ですが、内容は完全に「イスラエルの歴史」ともいうべきものになっています。

さて現在あるユダヤ・イスラエルの歴史関係記事を年代順にならべると

  • 古代イスラエル 古代(ユダヤ戦争のおわりまで)を概説
    • イスラエル王国 (サウルから統一イスラエル王国をへて分裂後の北王国の滅亡まで)
    • ユダ王国 分裂後の南ユダ王国について、滅亡後からイスラエル建国までのパレスティナ統治者も記す。
    • ハスモン朝 ハスモン朝について詳述
    • ヘロデ大王 ヘロデ王朝について詳述
    • エルサレム王国 中世の十字軍国家
  • イスラエル 古代から近代までは簡単に記述し、近代以降はやや詳述。

このように見てみると、本項「イスラエル王国」は上記のように(各国版にならって)サウルから北イスラエル王国の滅亡までにしぼった内容にすると全体としてうまくまとまるように思います。今回せっかく執筆していただいた記述については、

  • サウル以前の歴史の部分は「古代イスラエル」に、
  • 北王国滅亡後の歴史は「古代イスラエル」と「イスラエル」の歴史の部分に

うまく融合させればよいのではないでしょうか。ご提案まで。 --Gakuinryou 2005年4月2日 (土) 03:24 (UTC)[返信]

融合及び改版へ向けての提言[編集]

提案ありがとうございます。指摘の項目を読んでみたのですが、確かに重複している箇所等が多く見られますよね。当方は、あまり筆力及び編集能力がないのです。できれば、どなたか、本項目の該当項目を分割して、各辞書項目の「アブストラクト」(要約)へ「アサイン」(挿入)すればよいのかな?と思います。
ちなみに、まだまだ本文書は改良及び改善の余地があると思います。なぜならば、この文書の元となっている資料が古いため、当時の人々の生活についてや生活習慣等に関しては、最新の考古学の成果に基づき改版する必要があると思います。多分、ヘブライ大学やイスラエル歴史資料館に資料があると思います。もちろん、世界中の研究者の方々が、さまざまな資料を保持していらしゃると思います。
それに基づき改版することが、正しいと思います。なぜならば、歴史とは内側から見た歴史と外側から見た歴史とがあり、その両面から検討することによって初めて客観性を得ることができるからです。--以上の署名のないコメントは、220.96.8.17会話/Whois)さんが 2005-04-02 08:12:21 (UTC) に投稿したものです。
(最初の投稿者から:現代においては、科学的な成果(実験・化学分析)に基づき歴史考察を行う試みが始まった時代です。ゆえに、歴史について詳述する場合には、さまざまな角度から検討を行うべきであると考えるのです。)--以上の署名のないコメントは、220.96.8.17会話/Whois)さんが 2005-04-02 11:05:21 (UTC) に投稿したものです。

提案(つづき)[編集]

それでは、内容の推敲は執筆者諸氏にお任せするとしてとりあえず、項目範囲をサウルから北王国の滅亡にしぼっていきたいと思います。--Gakuinryou 2005年4月3日 (日) 06:54 (UTC)[返信]

「第一次バビロン捕囚」について[編集]

北イスラエルのアッシリアによる捕囚は第一次バビロン捕囚とは呼ばないのではないでしょうか? --以上の署名のないコメントは、115.30.243.193会話/Whois)さんが 2010-02-05 11:38:12 (UTC) に投稿したものです。