チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏

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チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏』(チーズケーキのようなかたちをしたぼくのびんぼう)は、村上春樹短編小説ないしはエッセイ。著者自身は「短い小説(のようなもの)」と呼んでいる[1]

概要[編集]

初出 『トレフル』1983年1月号
収録書籍 カンガルー日和』(平凡社、1983年9月)

本作品の舞台となる「三角地帯」とは、東京都国分寺市西恋ヶ窪1丁目にある、JR中央本線西武国分寺線に挟まれた場所を指す。実際に村上夫妻は1970年代前半、この土地の一軒家に暮らしていた[1][2]

あらすじ[編集]

我々はその土地を「三角地帯」と呼んでいた。「三角地帯」の両脇には二種類の鉄道線路が走っていた。ひとつは国鉄線で、もうひとつは私鉄線である。その二つの鉄道線路はしばらく併走してから、くさびの先端を分岐点として、ひき裂かれるように不自然な角度で北と南に分かれるのだ。

「僕」と妻がわざわざそのような場所を選んで住んだのは一にも二にも家賃が安かったからだ。電車が通っているあいだはお互いの話は聞こえなかった。静かになって我々が話しはじめると、またすぐに次の電車がやってきた。そういうのってコミュニケーションの分断というか、すごくジャン=リュック・ゴダール風だ [注 1] [注 2] [注 3] [注 4]

四月には鉄道のストライキが何日かあった。ストライキがあると本当に幸せだった。「僕」と彼女は猫を抱いて線路に降り、ひなたぼっこをした。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 村上はゴダールの映画をよく比喩に用いる。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には次のような記述がある。「ちびは一言も口をきかずに、煙草の先端が燃えていくのをじっと見つめていた。ジャン・リュック・ゴダールの映画ならここで『彼は煙草が燃えていくのを眺める』という字幕が入るところだが、幸か不幸かジャン・リュック・ゴダールの映画はすっかり時代遅れになってしまっていた。」[3]
  2. ^ ゴダールに言及のあるその他の作品の例。「『だからといってわたしのことを嫌いになったりしないでね』とすみれは言った。彼女の声はジャン・リュック・ゴダールの古い白黒映画の台詞みたいに、ぼくの意識のフレームの外から聞こえてきた。」[4]
  3. ^ また、雑誌発表時の『羊をめぐる冒険』には次のような記述がある(単行本以降は別の表現に差し替えられた)。「海のかわりに埋立地と高層ビルが見えた。まるでジャン・リュック・ゴダールの『アルファヴィル』みたいな眺めだった。」[5]
  4. ^ ゴダールとは述べていないものの、別の短編で次のような比喩が見られる。「テレビ・カメラは静止したまま彼女の腰から上を我慢強い肉食動物のような視線でじっと捉えていた。アングルの移動もなければ、前進も後退もない。それはまるで一昔前のヌーベル・バーグ映画みたいな感じだった。」[6]

出典[編集]

  1. ^ a b スメルジャコフ対織田信長家臣団』朝日新聞社、2001年4月、読者&村上春樹フォーラム128。
  2. ^ 村上朝日堂の逆襲新潮文庫、21-22頁。
  3. ^ 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』上巻、新潮文庫、旧版、226頁。
  4. ^ スプートニクの恋人講談社文庫、99-100頁。
  5. ^ 群像』1982年8月号、75頁。
  6. ^ 彼女の町と、彼女の緬羊」 『カンガルー日和』講談社文庫、56頁。

関連項目[編集]