アンドレ・アウヴェス・ダ・クルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アンドレ・クルス
名前
本名 アンドレ・アウヴェス・ダ・クルス
André Alves da Cruz
ラテン文字 André Cruz
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1968-09-20) 1968年9月20日(55歳)
出身地 ピラシカーバ
選手情報
ポジション DF
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1986-1989 ブラジルの旗 ポンチ・プレッタ 14 (0)
1990 ブラジルの旗 フラメンゴ 26 (5)
1990-1994 ベルギーの旗 スタンダール・リエージュ 107 (18)
1994-1997 イタリアの旗 ナポリ 83 (13)
1997-1999 イタリアの旗 ミラン 13 (1)
1999 ベルギーの旗 スタンダール・リエージュ 10 (1)
1999 イタリアの旗 トリノ 13 (1)
1999-2002 ポルトガルの旗 スポルティングCP 78 (9)
2002-2003 ブラジルの旗 ゴイアス 16 (1)
2003-2004 ブラジルの旗 インテルナシオナル 10 (1)
2004 ブラジルの旗 ゴイアス 2 (0)
代表歴
1985 ブラジルの旗 ブラジル U-17 6 (1)
1987 ブラジルの旗 ブラジル U-20 4 (2)
1988-1998 ブラジルの旗 ブラジル 31 (1)
獲得メダル
男子 サッカー
オリンピック
1988 ソウル サッカー
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アンドレ・アウベス・ダ・クルス(André Alves da Cruz、1968年9月20日 - )は、ブラジルサンパウロ州出身の元サッカー選手。ポジションはセンターバック(リベロ)[1]ジーコを手本にフリーキックを磨いたという[2]、左足から繰り出す正確で強烈なFKを得意としていた[1][2][3]

経歴[編集]

ポンチ・プレッタのユースチームで本格的にサッカーを始めた、最初はウイング、その後中盤でプレーし、10番の役割を与えられていたが、ある日DFがに欠場者が出たことから、DFとして起用されるようになった[2]。ここでブラジルユースチームに召集される活躍を見せ、1987年にパンアメリカン競技大会サッカー競技で優勝を果たした頃には、コモからオファーを受けたが、これを断った[2]。1988年のソウル五輪では準優勝、シルヴァーメダルを獲得した[2]。同年の8月4日、オーストラリア戦でフル代表デビューを果たした[1][2]。1989年10月14日のイタリア戦ではワルテル・ゼンガから代表初ゴールを奪い、イタリアのクラブからも注目される存在となった[2]。その後も暫く代表入りしていたが、セバスティアン・ラザロニとの関係が上手くいかず、1990年、ワールドカップ・イタリア大会のメンバーから落選した[2]。同年、フラメンゴへと移籍した[2]

1990-91シーズン、スタンダール・リエージュに移籍、4シーズンをほぼレギュラーとして過ごし、ベルギーカップ優勝を果たした[2]。1994-95シーズン、SSCナポリに移籍、このシーズン、リーグ戦30試合で7得点を挙げ、チームは7位に入ったが、UEFAカップ出場権を逃した[2]。1995-96シーズン、チームは一時2位に付けていたが、後半失速して12位に終わり、自身も怪我で1年目程の活躍は出来なかった[2]。ここでの3シーズンのプレーは、自身の評価を高めた[3]。1997年にインテルと仮契約を結んだ、ルイジ・シモーニ監督は中盤で起用したいと考えていたが、本人はリベロでのプレーを望み、レアル・マドリード監督時代にクルスの獲得を希望していた、ACミランファビオ・カペッロ監督と話し合い、インテルとの契約を破棄し、ミランへの移籍を決めた[2]。しかし怪我を抱え、1998-99シーズン途中に退団した[2]。ミランでの1シーズン半で、14試合で2得点に終わった[2]。この間、ブラジル代表では、アウダイールらとセンターバックのポジションを争ったが[3]、1998年の1998 FIFAワールドカップでは出場機会が無かった[2]

1999-00シーズン途中、リエージュへ複帰、その後、トリノスポルティングCPなどでもプレーした。

2004年、数か所に怪我を抱え、35歳で現役を引退した[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c サンスパーク カップ1995(日本代表xブラジル代表) 大会公式パンフレット p10-11
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q André Cruz, duttilità tattica e calci di punizione: dal goal a Zenga alle esperienze in A”. GOAL. 2023年8月28日閲覧。
  3. ^ a b c 週刊サッカーダイジェスト 1998年2月4日 no.401号 p.64 日本スポーツ企画出版社

外部リンク[編集]