ホンソメワケベラ

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ホンソメワケベラ
ホンソメワケベラ Labroides dimidiatus
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: スズキ目 Perciformes
亜目 : ベラ亜目 Labroidei
: ベラ科 Labridae
亜科 : カンムリベラ亜科 Corinae
: ソメワケベラ属 Labroides
: ホンソメワケベラ L. dimidiatus
学名
Labroides dimidiatus
Valenciennes, 1839
和名
ホンソメワケベラ(本染分倍良)
英名
Bluestreak cleaner wrasse
ホウセキキントキの周囲を泳ぐホンソメワケベラ
ダイバーの手にやってきた

ホンソメワケベラ(本染分倍良、学名:Labroides dimidiatus)は、スズキ目・ベラ科・カンムリベラ亜科に属する魚の一種。白地に黒帯の特徴的な体色と、他の魚を「掃除」する行動が知られる掃除魚。元々は「ホソメワケベラ」(細染分倍良)であったが、和名を登録する際に、片仮名の読み違いにより「ホンソメワケベラ」と記録されたという経緯がある[1]

形態[編集]

体長は12cmほどで、雄のほうが雌より大きい。背と腹はいが、体側面には目を通って尾鰭(おびれ)までの一本線が走り、後方ほど黒色部が太くなる。尾鰭はほぼ黒いが上下の縁が青白い。また、臀鰭(しりびれ)と背鰭(せびれ)にも黒色のラインが入っている。

分布・生態[編集]

太平洋インド洋の熱帯・亜熱帯の海に分布し、日本でも房総半島以南の南日本に分布しているが、夏には暖流に乗って北上した個体が東北地方や北陸地方の海岸でも見られる。ただしこれらの個体は、冬には低温のため大部分が死んでしまう死滅回遊魚と考えられている。

サンゴ礁や岩礁の周辺に生息する。頭を斜めに下げ、波打つような軌道の独特な泳ぎ方をする。この特徴的な泳ぎと体色で、自分の掃除屋としての存在を他の魚に誇示していると考えられる。ニセクロスジギンポクロスジギンポも本種によく似ているが、泳ぎ方が違うため見分けるのは容易である。

他の魚はホンソメワケベラを発見すると近寄っていく。ホンソメワケベラはその魚の回りを泳ぎながら、ウミクワガタを主体に体表に食いついている寄生虫を捕食する。えらの中や口の中にも入りこみ、食べかすなどを食べてまわる。掃除される魚は、大型魚は胸びれを動かして身体の安定を保ちさせたり、小型魚はほとんど全身硬直状態になったりと、ホンソメワケベラを少しでも驚かさないように極度に運動を制止する[2]。ホンソメワケベラとこれに掃除を請求する魚との関係は、長い地史的な時間をかけ、生活のふれあいの中から成立してきたものと推定される[2]

掃除してもらう魚は、チョウチョウウオヒメジ類などの小型魚からギンガメアジなどのアジ類、クエマハタユカタハタなどの大型ハタ類まで、サンゴ礁にすむ魚のほとんどを占める。この中には魚食性の強い魚も数多く含まれるが、この魚たちは自分の体をきれいに掃除してくれるホンソメワケベラを捕食することはまずない。ホンソメワケベラの他にも近縁種のソメワケベラ、エビの仲間のアカシマシラヒゲエビ(アカスジモエビ)、オトヒメエビなどがこのような掃除行動をする動物として知られている。

産卵期は夏で、オスとメスが並んで水面近くまで泳いでいき、すばやく身を翻す瞬間に産卵・放精をおこなって海底に戻る。卵は分離浮性卵で、一粒ずつ離れて海中を漂いながら発生する。雄から雌へ、雌から雄へ性転換できる[3]

近縁種[編集]

ソメワケベラ属 Labroides には5種が含まれ、日本近海にはホンソメワケベラ、ソメワケベラ、スミツキソメワケベラ、クチベニソメワケベラの4種が分布する。

ソメワケベラ Labroides bicolor Fowler et Bean, 1928
英名:Bicolor cleaner wrasse
体長12 cm。若魚はホンソメワケベラに似るが、成魚は体の前半部が鮮やかな青、後半部が黄色くなる。三宅島和歌山県以南に分布する。
スミツキソメワケベラ Labroides pectoralis Randall et Springer, 1975
英名:Blackspot cleaner wrasse
体長8 cm。ホンソメワケベラに似るが、和名通り胸びれに大きな黒い斑点がある。西太平洋の熱帯域に分布し、日本では小笠原諸島慶良間諸島に分布する。
クチベニソメワケベラ Labroides rubrolabiatus Randall, 1958
英名:Redlip cleaner wrasse
体長8 cm。ホンソメワケベラに似るが、和名通り唇がい。太平洋の熱帯域に分布し、日本では南鳥島に分布する。
ハワイアン・クリーナー・ラス Labroides phthirophagus Randall, 1958
英名:Hawaiian cleaner wrasse
体長12 cm。ホンソメワケベラに似るが、尾鰭の端が紫色が帯びている。ハワイ諸島およびジョンストン諸島近海に生息する。
Labroides dimidiatus (Valenciennes, 1839)
英名:Bluestreak cleaner wrasse

ホンソメワケベラに擬態した魚[編集]

スズキ目イソギンポ科ニセクロスジギンポ Aspidontus taeniatus は、ホンソメワケベラとは全く別の仲間に分類される魚だが、ホンソメワケベラとよく似た体色をもち、泳ぎ方も似ている。これは一種の擬態である。

他の魚はホンソメワケベラと思って近寄るが、この魚は寄生虫どころか、皮膚や鰓を鋭い歯で食いちぎってすばやく逃げてしまう。英語では"False cleanerfish (ニセ掃除魚)"と呼ばれている。ホンソメワケベラと似た体色と行動を身につけることで、大型の魚から捕食されるのを防ぎ、食料も手に入れることができるという利点を得ている。これも生きる上での戦略の一つといえよう。

知性[編集]

ミラーテストに成功し、鏡像自己認知する能力があることが魚類で初めて確認された[4][5][6]。顎に茶色の印を付けると、を見たホンソメワケベラは、海藻や石で正しい側(鏡像とは反対)の顎をこすり、再び鏡の前に戻って印が取れたか確認する行為が観察されている。

大阪市立大学の実験では、ホンソメワケベラのミラーテスト合格率は「100%=14/14」で、知性が高いとされるチンパンジーの「40%」やゾウの「30%」より高かった[7]。この結果を同大理学研究科教授・幸田正典は、ホンソメワケベラの大脳皮質が発達している事と「野生の類人猿や大型ほ乳類ではを合わせることが相手への敵意に繋がる」ため鏡への注目度の低下による要因と推論している。また同大学による別の実験では、ホンソメワケベラは(番いのペアではない)仲良しの個体や家族の識別ができる結果も得られている。

参考文献[編集]

  1. ^ 桑村哲生「ホンソメワケベラ-ハレムの雄がいなくなると…」『渚の生物』海鳴社、1981年、16頁。 
  2. ^ a b 奥野良之助 (1969), ホンソメワケベラの掃除行動I, 一般社団法人 日本生態学会, doi:10.18960/seitai.19.5_184, https://doi.org/10.18960/seitai.19.5_184 2020年4月29日閲覧。 
  3. ^ 雑学総研『人類なら知っておきたい 地球の雑学』より「動植物」(KADOKAWA、2018年)
  4. ^ 「鏡に映る自分」がわかる魚を初めて確認!~世界の常識を覆す大発見〜大阪市立大学(2019年02月08日)2019年4月14日閲覧。
  5. ^ If a fish can pass the mark test, what are the implications for consciousness and self-awareness testing in animals?PLOS BIOLOGY, Published: February 7, 2019(2019年4月14日閲覧)。
  6. ^ 「鏡の中の自分」がわかる魚を初確認、大阪市大」『ナショナルジオグラフィック日本版』。2018年9月14日閲覧。
  7. ^ 幸田正典「魚にも自分がわかる」第5章(157頁)。筑摩書房(2021年10月5日) ISBN 978-4-480-07432-4

関連項目[編集]