サワガニ

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サワガニ
分類
: 動物Animalia
: 節足動物Arthropoda
亜門 : 甲殻亜門 Crustacea
: エビ綱(軟甲綱) Malacostraca
: エビ目(十脚目) Decapoda
亜目 : 抱卵亜目(エビ亜目) Pleocyemata
下目 : カニ下目 Brachyura
上科 : サワガニ上科 Potamoidea
: サワガニ科 Potamidae
: サワガニ属 Geothelphusa Stimpson1858
: サワガニ G. dehaani
学名
Geothelphusa dehaani White1847
英名
Japanese Freshwater Crab

サワガニ(沢蟹、学名:Geothelphusa dehaani)は、エビ目(十脚目)・カニ下目・サワガニ科に分類されるカニの一種。日本固有種で、一生を淡水域で過ごす純淡水性の淡水ガニである。学名の種名 dehaani は、日本の甲殻類分類に功績があったオランダ動物学ウィレム・デ・ハーンに対する献名となっている。

分布[編集]

日本固有種で、青森県からトカラ列島(中之島)までの分布とされている。本土周辺の島嶼では、佐渡島男女群島壱岐諸島種子島隠岐諸島五島列島屋久島なども生息が報告されている。稚ガニとして孵化する(海流に乗って分布を拡大することができるプランクトンとしての幼生期間を持たない)ことから長距離の移動能力に欠けるため、地域集団毎に遺伝子レベルでの分化が認められる。

北海道でも、1990年代から生息の報告があったが、モクズガニの幼個体の誤認[1]や人為的移入の可能性も指摘されており、標本がないため生息の確認には至らなかった[2]。2020年には、2018年9月に北海道渡島半島の河川にてサワガニ属の一種の生息及び繁殖を確認したことが北海道大学の杉目良平らにより報告された。ただし、このサワガニ個体群も北海道在来であることは確認されていない[3]

特徴[編集]

オスの腹部

甲幅20-30mm、脚を含めた幅は50-70mmほど。体色は甲が黒褐色・脚が朱色のものが多いが、青白いもの(地方によっては「シミズガニ」と呼ばれる)、紫がかったものなども見られ、よく見られる体色は地域個体群によって異なる。甲羅には毛や突起などはなく、滑らかである。オスは右の鋏脚が左よりも大きくなるが、左のほうが大きい個体もいる。 の上流域から中流域にかけて生息する。和名どおり水がきれいな渓流(沢)・小川に多いので、水質階級I(綺麗な水)の指標生物ともなっている。日中は石の下などに潜み、夜になると動きだすが、の日などは日中でも行動する。また、雨の日にはから離れて出歩き、川近くの森林や路上にいることもある。活動期は春から秋までで、冬は川の近くの岩陰などで冬眠する。

食性は雑食性で、藻類水生昆虫、陸生昆虫類カタツムリミミズなど何でも食べる。一方、天敵ヒキガエルアカショウビンカワセミサギ類、イノシシイタチイワナなどがいる。

から初夏にかけて交尾を行ったあと、メスは直径2mmほどのを数十個産卵し、腹肢に抱えて保護する。卵は他のカニに比べると非常に大粒で、産卵数が少ない。幼生は卵の中で変態し、孵化する際には既にカニの姿となっている。稚ガニもしばらくは母ガニの腹部で保護されて過ごす。同じく川に生息するモクズガニアカテガニなどは幼生に放さないと成長できないが、サワガニは一生を通じて海と無縁に生活する。寿命は数年-10年程とされる。

体色[編集]

茶色型
青色型

孵化時の体色は全て淡黄褐色で成長に伴い体色が変化していく。また、体色変異は照度、餌、底質の色などの生息環境に左右されると考えられているが十分に解明されていない。

1989年に鹿児島県で調査を行った鈴木廣志、津田英治らの報告によれば、14mmまでの個体はほぼ茶色型で、二次性徴が発現する時期の甲幅が14mm以上になると青色型もしくは赤色型の体色を呈するようになる[4]ことが明らかにされた。また、鹿児島県内には「赤色型」「茶色型」「青色型」の個体が生息しているが、「赤色型」「青色型」分布の境界は、約6300年前に発生した幸屋火砕流[5]に起因する堆積物の分布北限とほぼ一致するとしている[4]

別名[編集]

タンガネ(長崎県、「田蟹」の意味)、イデンコガニ(徳島県つるぎ町、「いでんこ」とは排水溝の意味)、ヒメガニ(和歌山県、赤い体色によるものと見られる)

利用[編集]

丸ごと唐揚げ佃煮にして食用にされる。和食の皿の彩りや肴などに用いられる。養殖もされており、食料品店などでもしばしば目にすることができる。後述のように危険な寄生虫の中間宿主となっているので、食べる際にはよく火を通さなければならない。

他に、子供にとってはとても身近で扱いやすいペットとなる。純淡水性で雑食性なので、低水温ときれいな水質を保つことができれば飼育も比較的簡単にできる。その場合えさはミミズやキャベツなどを与える。そして水槽には砂を入れ、草も植える。飼育する場合には縄張りに気をつけることが重要である。

その他の利用方法としては指標生物などが挙げられる。

サワガニを中間宿主とする感染症[編集]

肺気腫気胸を引き起こす肺臓ジストマの一種の中間宿主となる[6]為、生食或いは加熱不十分なサワガニを食用とした場合に発症することがある[7]。また、市販のモクズガニが感染経路として考えられる例が報告されている[8]

ウェステルマン肺吸虫症
ウェステルマン肺吸虫 (Paragonimus westermani Kerbert, 1878) が原因。成虫は肺に寄生し、血痰と胸部異常陰影が特徴。確定診断には血痰あるいは糞便から虫卵の検出。モクズガニも中間宿主。
宮崎肺吸虫症
宮崎肺吸虫 (P.miyazakii) が原因。幼虫は腸壁を突き破って、胸腔あるいは皮下まで移動するが、肺まで到達できない。胸膜炎、自然気胸、皮下腫瘤、好酸球増多などの症状がみられる。虫卵を検出することができないので、血中抗体測定法で診断。

近縁種[編集]

トカラ列島以南の南西諸島にはサワガニは分布しないが、近縁種が多数分布する。これらは孤立した島嶼や半島部で独自の種分化を遂げたものと考えられているが、同時に分布が局地的で、ほとんどの種類が絶滅危惧種となっている。また、近縁の淡水性カニは、マダガスカル[9]や、フィリピン[10]などの日本国外にも分布する。

ミカゲサワガニ G. exigua Suzuki et Tsuda, 1994
大隅半島の固有種。環境省レッドリスト準絶滅危惧(2019年)[11]
ヤクシマサワガニ G. marmorata Suzuki et Okano, 2000
和名のとおり屋久島の固有種。鹿児島大学水産学部・鈴木広志の研究グループによって発見され、2000年4月に新種と認められた。
サカモトサワガニ G. sakamotoana Rathbun1905)
甲幅40mmほどでサワガニより大きく、歩脚も長い。奄美大島徳之島沖縄本島に分布する。環境省レッドリスト準絶滅危惧(2000年)[11]
トカシキオオサワガニ G. levicervix
環境省レッドリスト絶滅危惧I類(2019年)[11]
オキナワオオサワガニ G. grandiovata
環境省レッドリスト絶滅危惧II類(2019年)[11]
イヘヤオオサワガニ G. iheya
環境省レッドリスト絶滅危惧II類(2019年)[11]
クメジマオオサワガニ G. kumejima
環境省レッドリスト絶滅危惧II類(2019年)[11]
ケラマサワガニ G. amagui
環境省レッドリスト絶滅危惧II類(2019年)[11]
カッショクサワガニ G. marginata fulva
環境省レッドリスト準絶滅危惧(2019年)[11]
ムラサキサワガニ G. marginata marginata
環境省レッドリスト準絶滅危惧(2019年)[11]
ミネイサワガニ G. minei
環境省レッドリスト準絶滅危惧(2019年)[11]
リュウキュウサワガニ G. obtusipes
環境省レッドリスト準絶滅危惧(2019年)[11]
アラモトサワガニ G. aramotoi Minei, 1973
甲幅30mmほど。甲羅がザラザラしており、歩脚にも毛がある。沖縄本島の固有種、環境省レッドリスト絶滅危惧II類(2019年)[11]
ヒメユリサワガニ G. tenuimana Miyake et Minei, 1965
甲幅40mmほど。サカモトサワガニよりもさらに歩脚が細長い。また、他のサワガニ類に比べて乾燥したところを好む。沖縄本島の固有種だが、環境省レッドリスト絶滅危惧I類(2019年)に指定されており[11]、日本のカニ類の中でも特に絶滅が危ぶまれる種類とされている。国内希少野生動植物種。
ミヤコサワガニ G. miyakoensis Shokita, Naruse & Fujii, 2002
甲幅30mmほど。宮古列島の固有種。環境省レッドリスト絶滅危惧I類(2019年)[11]、国内希少野生動植物種、沖縄県指定天然記念物[12]
センカクサワガニ G. shokitai Shy & Ng, 1998
尖閣諸島魚釣島の固有種。環境省レッドリスト絶滅危惧I類(2019年)[11]
タイワンサワガニ G. candidiensis Bott1967
甲幅2cmほどの小型種。和名のとおり台湾に分布する。
カクレサワガニ Amamiku occulta
環境省レッドリスト絶滅危惧I類(2019年)[11]
ヤエヤマヤマガニ Ryukyum yaeyamense Minei, 1973
石垣島、西表島の山間部の陸域に生息し、放卵期に湿地や水辺に集まる[13]。環境省レッドリスト準絶滅危惧(2019年)[11]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 円子紳一, 持田誠「浦幌川におけるモクズガニの記録」『浦幌町立博物館紀要』第20号、浦幌町立博物館、2020年3月、33-34頁、NAID 120006826259 
  2. ^ 駒井智幸、丸山秀佳、小西光一「北海道産の十脚甲殻類の分布リスト」『甲殻類の研究』第21巻、日本甲殻類学会、1992年、189-205頁、doi:10.18353/rcustacea.21.0_189NAID 110002698388 
  3. ^ 北海道におけるサワガニGeothelphusa Stimpson, 1858の学術的報告
  4. ^ a b 鈴木 廣志、津田 英治:鹿児島県におけるサワガニの体色変異とその分布 『日本ベントス学会誌』 Vol.1991 (1991) No.41 P37-46, doi:10.5179/benthos1990.1991.41_37
  5. ^ 九州地方の第四紀テフラ研究 巨大火砕流堆積物の第四紀学的諸問題 第四紀研究 Vol.30 (1991) No.5 P.329-338, doi:10.4116/jaqua.30.329
  6. ^ 寄生虫ミニ辞典 - 海外勤務健康管理センター
  7. ^ 両側胸水貯留で発症したウェステルマン肺吸虫症の1例 日本胸部疾患学会雑誌 Vol.21 (1983) No.4 P.388-392, doi:10.11389/jjrs1963.21.388
  8. ^ 家族内発症したウエステルマン肺吸虫症の2例 日本胸部疾患学会雑誌 Vol.32 (1994) No.5 P.476-479, doi:10.11389/jjrs1963.32.476
  9. ^ マダガスカル産サワガニの 1 新属と 2 新種 Skelosophusa (Crustacea, Decapoda, Brachyura), a New Genus of Potamonautid Freshwater Crab from Madagascar, with Descriptions of Two New Species Bulletin of the National Science Museum. Series A, Zoology 20(4) pp.161-172 1994122
  10. ^ フィリピン産サワガニ類 : I. サワガニ科 The Freshwater Crab Fauna (Crustacea, Brachyura) of the Philippines : I. The Family Potamidae ORTMANN, 189 Bulletin of the National Science Museum. Series A, Zoology 18(4) pp.149-166 19921222
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 環境省レッドリスト2019の公表について』(プレスリリース)環境省、2019年1月24日https://www.env.go.jp/press/106383.html 
  12. ^ “ミヤコサワガニを指定/政府、希少野生動物種に”. 宮古毎日新聞. (2016年12月15日). http://www.miyakomainichi.com/2016/12/95592/ 
  13. ^ Peter K. L. Ng, 諸喜田 茂充、「琉球列島産陸生サワガニの新属(Ryukyum)』 『Crustacean research』 1995年 24巻 p.1-7, doi:10.18353/crustacea.24.0_1, 日本甲殻類学会

関連項目[編集]

外部リンク[編集]