ウチワフグ

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ウチワフグ
保全状況評価
NOT EVALUATED (IUCN Red List)
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: フグ目 Tetraodontiformes
: ウチワフグ科 Triodontidae
Bleeker, 1859
: ウチワフグ属 Triodon
Cuvier, 1829
: ウチワフグ T. macropterus
学名
Triodon macropterus
Lesson, 1831
シノニム
  • Triodon bursarius
    Cuvier, 1829
英名
Threetooth puffer

ウチワフグ(学名: Triodon macropterus)は、フグ目に属する深海性の海水魚である。ウチワフグ属 (Triodon) を形成する現生では唯一ので、11種でウチワフグ科を構成する。腹部にうちわのような膜状の構造があることが大きな特徴で、和名の由来ともなっている。この膜は開閉可能で、外敵への威嚇に役立っていると考えられている。世界的にも稀な種だが、分布域自体は広く、太平洋インド洋熱帯亜熱帯域の各地で記録されている。日本でも南日本で稀にみられる。無毒で、食用にされることもある。

分類と名称[編集]

キュヴィエによる図版

ウチワフグはフグ目のウチワフグ科(Triodontidae)ウチワフグ属 (Triodon )に分類される[1][2]。ウチワフグ科に属する現生種は本種1種のみであるが、化石種としては3種が知られている[3][4]。特に始新世の地層から得られたTriodon antiquusは本種と非常によく似た形態を示す[3][5]

ウチワフグ科は形態情報からは長らくフグ科ハリセンボン科に近縁とされ、フグ亜目の最も原始的なグループと考えられていたが、近年の分子系統学的研究においては、本種はフグ亜目の魚よりもむしろハコフグ科イトマキフグ科の種に近縁であることが示されている。ただし本種のフグ目内での正確な系統的位置については未だ統一した見解が得られておらず、議論が続いているのが現状である[6]

現在有効とされている本種の学名Triodon macropterus である。この学名はフランス博物学者ルネ=プリムヴェール・レッソンによる命名で、彼が動物学分野を担当し、7年間かけて執筆したコキーユ号(La Coquille)の航海報告書Voyage au tour du monde sur La Coquille において記載されている。本種の記載文は1831年に出版されているが、図版はそれに先行して1829年初頭に出版されている。このレッソンによる図版の出版後、同じ1829年に、ジョルジュ・キュヴィエTriodon bursarius という種を記載しているが、この種は本種と同種と見なされている。記載文についてはキュヴィエが先行しているという特殊な状況のため、本種の有効な学名についてはしばらく混乱があった。しかし、先取権の原則に基づいて現在ではレッソンの学名が正式に用いられている[7]

属名のTriodon ギリシャ語で「三つの歯」という意味であり、英名のThreetooth pufferと同様、下で述べるように歯が3つあることに由来する。種小名macropterus はギリシャ語で「大きな翼の」という意味であり、和名の「ウチワフグ」と同様、腹部の膜状部が団扇のように大きく広がることに由来するものである[4][8]

形態[編集]

 
ウチワフグの歯(上)と、腹部膜状部の眼状斑点(下)。

概要[編集]

全長54 cmに達する。体は側扁し、やや長い。上顎の歯は2枚の歯板からなって中央に縫合線がみられるが、下顎の歯は縫合線がなく、1枚の歯板からなる。頭部には側線が発達する。背鰭は10-12軟条、胸鰭は14-17軟条臀鰭は9-10軟条からなる。体の表面には鋸歯状の鱗が密に存在する。尾柄は細く、尾鰭は深く二叉する[9][10][11][12]

腹部の膜状部は非常に大きく、うちわ状に発達する。この膜状部は開閉可能で、生きて泳いでいる時にはほとんど閉じた状態である。膜状部を閉じた状態の本種はセンニンフグクマサカフグといった大型のサバフグ属魚類と類似のほっそりとした体型を示す。魚類学者松浦啓一美ら海水族館のグループと共同で行った研究により、腹膜上の鱗が曲面を形成する微細な隆起をもち、この構造によって膜状部全体を完全に閉じることが可能となっていることが明らかとなった[13][14]

体色は背面と腹面で黄褐色で、膜状部のうち躯幹部に近い部分は白色、その他は黄色である。膜状部の中央には白く縁取られた黒色の眼状斑点が存在するが、膜状部を閉じた状態ではあまり目立たない。膜状部の辺縁に沿って2本の黄色帯が存在する。臀鰭は淡灰色で、その他のは淡褐色である[10][13]

稚魚が得られるのは極めて稀であるが、最小で標準体長20 mmの個体の報告がある。その報告によれば、稚魚では腹部膜状部の発達が見られず、体側面の眼状斑点も存在しない。頭部が標準体長の45%と著しく大きいことや、尾柄が標準体長の12%程度と極めて短いことも成魚と異なっている[15]

他科との識別[編集]

歯が上顎に2枚、下顎に1枚の計3枚であること、および腹部膜状部が極めて大きいことから、フグ目の他の全てのと容易に区別される[10]

分布[編集]

世界的に稀な種だが、分布域自体は広くインド洋、および西太平洋熱帯亜熱帯域に広く分布する。分布域は西はアフリカ東岸から東へフィリピン日本オーストラリアへと広がり、ニューカレドニアトンガまで生息が確認されている[16]

日本では三浦半島以南の南日本でみられる[10]。日本でも稀種とされるが、時折大量に獲れることもある[12]

本種は一般に深海性のフグといわれ、水深50-377 mで報告があるが、特に水深100 mより深い海域でよくみられる[10][13][14]。大陸棚周辺に分布する[9]

生態[編集]

捕獲された直後に撮影された、腹部膜状部が半開きの状態になっている個体

深海性の種で生きている個体の観察が難しく、捕獲されるのも稀であるため、生態に関する情報は限られている。先述の松浦らの研究により、生きている状態の本種の行動が初めて観察され、膜状部を開閉する行動が観察された。深海で深海探査艇による調査を行った際は、はじめ膜状部を完全に閉じていたが、探査艇が本種に近づくと突然膜状部を開き、そのまま泳ぎ去ったという。美ら海水族館で本種を飼育した際は、水槽に導入してしばらくは他の魚が近づくたびに膜状部を広げる行動がみられた。しかし、水槽環境に慣れた後は他の魚が近づいても膜状部を広げることはなくなった。こういった観察から、本種は膜状部を広げることにより、自らの体サイズを大きく見せ、他の魚を威嚇、警戒していると考えられている。膜を広げると目立つようになる眼状斑点も、威嚇に役立っている可能性が高い。この他水族館飼育個体では、あくびのように口を開ける行動に伴って膜状部が少し開くことが観察されている[13]

繁殖生態の詳細については不明である。本種の稚魚の胃内容物を調査した結果によれば、浮遊性の有孔虫海綿棘皮動物甲殻類などの体の一部が発見され、これらの生物を捕食している可能性が高いと考えられる[15]テトロドトキシンやその誘導体は体内にもたず、無毒である[17][18][19]

人間との関係[編集]

一本釣りなどで漁獲されることがあり、無毒のため、皮を剥いで食用にする[18][19]。先述の研究の中で、沖縄の美ら海水族館が6年間に渡る展示水槽での飼育に成功している[13]

出典[編集]

  1. ^ "Triodon macropterus" (英語). Integrated Taxonomic Information System. 2019年7月30日閲覧
  2. ^ ウチワフグ”. 日本海洋データセンター(海上保安庁). 2019年7月30日閲覧。
  3. ^ a b Tyler, J. C.; Patterson, C. (1991). “The skull of the Eocene Triodon antiquus (Triodontidae: Tetraodontiformes): similar to that of the Recent threetooth pufferfish T. macropterus. Proceedings of the Biological Society of Washington. 104 (4): 878-891. https://archive.org/details/cbarchive_110159_theskulloftheeocenetriodonanti1882/page/n7. 
  4. ^ a b 三澤遼 (2012年4月). “ウチワフグ”. 今月の魚. 高知大学理学部理学科 海洋生物学研究室. 2019年7月30日閲覧。
  5. ^ Nelson, Joseph S. (2006). Fishes of the World (4th ed.). John Wiley & Sons. p. 456. ISBN 9780471250319 
  6. ^ Matsuura, K. (2015). “Taxonomy and systematics of tetraodontiform fishes: a reviewfocusing primarily on progress in the period from 1980 to 2014”. Ichthyological Research 62: 72-113. doi:10.1007/s10228-014-0444-5. 
  7. ^ Boeseman, M. (1962). Triodon macropterus versus Triodon bursarius; an attempt to establish the correct name and authorship”. Zoologische Mededelingen 38 (4): 77–85. https://www.repository.naturalis.nl/record/317998. 
  8. ^ 中坊徹次、平嶋義宏『日本産魚類全種の学名: 語源と解説』東海大学出版部、2015年、272頁。ISBN 4486020642 
  9. ^ a b 『小学館の図鑑Z 日本魚類館』中坊徹次 監修、小学館、2018年、476頁。ISBN 9784092083110 
  10. ^ a b c d e 松浦啓一『日本産フグ類図鑑』東海大学出版部、2017年、1-2頁。ISBN 9784486021278 
  11. ^ 阿部宗明『原色魚類検索図鑑 Ⅰ』北隆館、1989年、244頁。 
  12. ^ a b 阿部宗明『原色魚類大圖鑑』北隆館、1987年、955頁。ISBN 4832600087 
  13. ^ a b c d e Matsuura, K.; Kaneko, A.; Katayama, E. (2017). “Underwater observations of the rare deep-sea fish Triodon macropterus (Actinopterygii, Tetraodontiformes, Triodontidae),with comments on the fine structure of the scales”. Ichthyological Research 64: 190–196. doi:10.1007/s10228-016-055-2. 
  14. ^ a b 世界初!ウチワフグの“うちわ”の構造解明に成功”. 美ら海水族館 (2016年11月7日). 2019年8月3日閲覧。
  15. ^ a b Johnson, G. D.; Britz, R. (2005). “A description of the smallest Triodon on record(Teleostei: Tetraodontiformes: Triodontidae)”. Ichthyological Research 52: 176–181. doi:10.1007/s10228-016-055-2. 
  16. ^ Froese, Rainer and Pauly, Daniel, eds. (2019). "Triodon macropterus" in FishBase. August 2019 version.
  17. ^ Saito, T.; Noguchi, T.; Shida, Y.; Abe, T.; Hashimoto, K. (1991). “Screening of Tetrodotoxin and Its Derivatives in Puffer-related Species”. Nippon Suisan Gakkaishi 57 (8): 1573–1577. doi:10.2331/suisan.57.1573. 
  18. ^ a b 蒲原稔治、岡村収『原色日本海水魚類図鑑』 (2)巻、保育社、1985年、70頁。ISBN 4586300736 
  19. ^ a b 益田一ほか『日本産魚類大図鑑』 《解説》、東海大学出版会、1984年、348頁。ISBN 4486050533