「ロトカ・ヴォルテラの方程式」の版間の差分

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[[Image:Lotka-Volterra.png|right|300px|thumb|'''ロトカヴォルテラ方程式の解の一例''' 捕食者(Predatori、青)と被食者(Prede、赤)の位相は一般にずれており、捕食者が増加すると、急速に被食者が減少し、さらに捕食者が減少する、という時間変化を示す。縦軸は個体数、横軸は時間]]
[[Image:Lotka-Volterra.png|right|300px|thumb|ロトカヴォルテラ方程式の解の一例。縦軸は個体数、横軸は時間。捕食者(Predatori、青)と被食者(Prede、赤)の個体数変動の[[位相]]は一般にずれており、捕食者が増加すると、急速に被食者が減少し、さらに捕食者が減少する、という時間変化を示す。]]
'''ロトカ=ヴォルテラの方程式'''('''ロトカ・ボルテラ方程式'''、Lotka-Volterra equation)とは、[[捕食者]]と被食者の増減関係をモデル化し、その増殖速度を表現した非線形[[微分方程式]]。この方程式を研究した二人の数学者[[アルフレッド・ロトカ]]と[[ヴィト・ヴォルテラ]]の名に由来する。具体的には以下の方程式で表される。


'''ロトカ・ヴォルテラの方程式'''(ロトカ・ヴォルテラのほうていしき、英語:Lotka-Volterra equations)とは、生物の[[捕食-被食関係]]による個体数の変動を表現する[[数理モデル]]の一種。2種の[[個体群]]が存在し、片方が[[捕食者]]、もう片方が被食者のとき、それぞれの個体数増殖速度を二元連立非線形[[常微分方程式]]系で表現する。'''ロトカ・ヴォルテラの捕食式'''や'''ロトカ・ヴォルテラ捕食系'''、'''ロトカ-ヴォルテラの捕食者-被食者モデル'''などとも呼ばれる{{Sfn|日本生態学会(編)|2004|p=141}}{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=44}}<ref>{{cite book|和書 |author=Steven H. Strogatz |translator=田中久陽・中尾裕也・千葉逸人 |title=ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで |publisher=丸善出版 |year=2015 |isbn=978-4-621-08580-6 |page=208 }}</ref>。
{{Indent|<math>\frac{dx}{dt} = x(\alpha - \beta y)</math>}}


具体的には以下の方程式で表される{{Sfn|巌佐|1990|p=35}}。
{{Indent|<math>\frac{dy}{dt} = -y(\gamma - \delta x)</math>}}


:<math>\frac{dx}{dt} = a x - b xy</math>
ここで ''x'' は被食者の個体数、 ''y'' は捕食者の個体数、''t'' は時間をあらわし、4つの係数 &alpha;, &beta;, &gamma;, &delta; は正の[[実数]]のパラメーターである。
:<math>\frac{dy}{dt} = c xy - d y</math>


ここで ''x'' は被食者の個体数、 ''y'' は捕食者の個体数、''t'' は時間をあらわし、4つの係数 ''a'', ''b'', ''c'', ''d'' は正の[[実数]]のパラメータである。
== 式の解釈 ==
二つのそれぞれの式に対して[[解釈]]を与える。


被食者と捕食者の個体数変動パターンの一つの例として、被食者が自然増殖して増えていくとそれを餌とする捕食者も増殖し、捕食者が増殖したことによって被食頻度が増えて被食者が減少し、被食者が減少したことによってそれを餌とする捕食者も減少し、捕食者が減少したことによって被食者の自然増殖数が被食頻度を上回って被食者が増え、そして最初に戻り…、このような形で被食者と捕食者が交互に増減し続けることが考えられる{{Sfn|日本生態学会(編)|2004|p=141}}{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|pp=40&ndash;41}}。ロトカ・ヴォルテラの方程式は、このような個体数の周期的な増減の様子を示すことができる簡素で基礎的なモデルとなっている{{Sfn|マレー|2014|p=71}}。
===被食者の増殖速度===
{{Indent|<math>\frac{dx}{dt} = \alpha x - \beta xy</math>}}


名称は、この方程式をそれぞれ独立発案したアメリカの数学者[[アルフレッド・ロトカ]]とイタリアの数学者[[ヴィト・ヴォルテラ]]に由来する{{Sfn|Berryman|1992|p=1531}}。ロトカは1920年に化学物質濃度の変動を説明するために、ヴォルテラは1926年に[[アドリア海]]の魚数の変動を説明するために発案した{{Sfn|マレー|2014|pp=65&ndash;66}}。
ここで被食者にとって餌は十分あると仮定する。右辺第一項は、被食者が自然増によって、その個体数に比例して増加することを表している。&alpha; は増加に関するパラメーターである。右辺第二項は、被食者が捕食されることによって、自身の個体数および捕食者の個体数に比例して減少することを表している。&beta;は減少に関するパラメータである。


== 式の導出と前提条件 ==
===捕食者の増殖速度===
===被食者の増殖速度===
{{Indent|<math>\frac{dy}{dt} = \delta xy - \gamma y</math>}}
[[File:Tiger chasing boar.jpg|thumb|[[トラ]]から逃げる[[イノシシ]]]]
モデルの連立方程式内の
:<math>\frac{dx}{dt} = a x - b xy</math>
は被食者の個体数増殖速度 ''dx''/''dt'' を表している。上記の式は、以下のような生態学的な前提条件から導出される。


ここで捕食者にとって餌は限られた量ない仮定する。右辺第一項は食者が捕食よっ個体数おび被食者の個体数に比例して増するを表している。&delta;は増加に関するパラメターである右辺第二項は食者が自然減って、そ個体数比例して減少するこを表している。&gamma;は減少に関するパラメータである。
まず、捕食者が存在しない場合を仮定する食者の個体数 ''x'' は順調自然増しいくと考えられる。この然増は、[[マルサスモデル]]のようにその個体数に比例して増殖速度が増え、制限なく指数関数的に増殖すると仮定する{{Sfn|マレ|2014|p=65}}すなわち食者にっての餌は不足することなく十分あるような環境あると仮定する{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=108}}。を表しているのが、右辺第一項 ''ax'' である{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=42}}


しかし、捕食者が存在する場合、被食者の個体数は捕食によって減少し、捕食者の存在は被食者増殖速度を抑制する効果を持つ。よって、捕食者数 ''y'' に比例して被食者増殖速度 ''dx''/''dt'' が減少すると仮定できる{{Sfn|寺本|1997|p=25}}。またさらに、捕食者がランダムに被食者を探索しているとすれば、被食者個体数が多いほど出会う割合が高まると考えられる{{Sfn|巌佐|1990|p=35}}。よって、被食者増殖速度は被食者個体数にも比例して減少すると仮定できる{{Sfn|伊藤|1994|p=80}}。これを表しているのが、右辺第二項 &minus;''bxy'' である{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=42}}。このような、それぞれの個体数の単純な積で個体数増殖速度への影響を表すことを、[[質量作用の法則]]や質量作用の仮定と呼ぶ<ref>{{cite book |和書 |others=瀬野裕美(責任編集)|editor=日本数理生物学会 |title=「数」の数理生物学 |publisher=共立出版 |series=シリーズ 数理生物学要論 巻1 |year=2008 |edition=初版 |isbn=978-4-320-05675-6 |page=9}}</ref>。ロトカ・ヴォルテラの方程式は、この原則を基礎としている{{Sfn|Berryman|1992|p=1534}}。
== 微分方程式の解 ==
この方程式は解析的に解く(解析解)ことは難しいが、初期値( ''x<sub>0</sub> , y<sub>0</sub>'' ) がどちらも正のときには、周期解となる。コンピューターなどを用いて[[数値計算]]を行えば解軌道(数値解)を求めることもできる。解析解は[[力学系]]の手法を用いることにより次のように求められる。


===捕食者の増殖速度===
===固定点===
[[File:Bobcat having caught a rabbit.jpg|thumb|[[ウサギ]]を捕食する[[ボブキャット]]]]
まず系の[[固定点]]を求める。連立方程式
捕食者の個体数増殖速度 ''dy''/''dt'' は

{{Indent|<math>x(\alpha - \beta y) = 0</math>}}
:<math>\frac{dy}{dt} = c xy - d y</math>
と表される。上記の式は、以下のような生態学的な前提条件から導出される。

{{Indent|<math>-y(\gamma - \delta x) = 0</math>}}

を解けばよい。これにより、固定点は次の二点であることがわかる。

{{Indent|<math>\left\{x = 0 ,y = 0 \right\}</math>}}

{{Indent|<math>\left\{x = \frac{\gamma}{\delta},y = \frac{\alpha}{\beta} \right\}</math>}}

一つ目の固定点はどちらの生物も存在しない状態であり意味がない。二つ目の固定点は平衡状態(平衡点)を表している。つまり、どちらの生物も個体数の増加速度と減少速度が同じ状態である。

===線形近似===
次に、[[線形近似]]を用いて固定点の安定性を求める。

この方程式の[[ヤコビアン]]は、

{{Indent|<math>J(x,y) = \begin{bmatrix}
\alpha - \beta y & -\beta x \\
\delta y & \delta x - \gamma \\
\end{bmatrix}</math>}}

である。


まず、被食者が存在しない場合を考える。被食者にとっての餌はこの方程式系に現れる変数とは別に常に十分あると仮定したが、捕食者にとっての餌は被食者のみとする{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=108&ndash;109}}。よって、被食者が存在しないことは食糧が尽きたことと同じであり、捕食者の死亡率は出産率を上回り、捕食者の個体数 ''y'' は減少の一途を辿ることになる。この減少の仕方も、被食者の自然増のように個体数が多ければ多いほど減少速度が大きくなる、すなわち個体数 ''y'' に減少速度 ''dy''/''dt'' が比例すると仮定する{{Sfn|マレー|2014|p=65}}。これを表しているのが、右辺第二項 &minus;''dy'' である{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=42}}。
まず、一つ目の固定点(0,0)でのヤコビアンは、


そして、捕食者が増える速度は、捕食に成功した回数に比例すると考えられる{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=43}}。捕食による被食者減少速度が &minus;''bxy'' と仮定されたように、捕食による捕食者増殖速度も同じ理屈から被食者数 ''x'' と捕食者数 ''y'' に比例するといえる。これを表しているのが、右辺第一項 ''cxy'' である{{Sfn|伊藤|1994|p=80}}。
{{Indent|<math>J(0,0) = \begin{bmatrix}
\alpha & 0 \\
0 & -\gamma \\
\end{bmatrix}</math>}}


==個体数の振る舞い ==
となる。 この[[行列]]の[[固有値]]は、
このロトカ・ヴォルテラ方程式を解析的に解いて ''x'' と ''y'' の ''t'' に関する明示的な解を得ることはできない{{Sfn|大串|1994|p=71}}。しかし、以下のような解の挙動を分析し、それぞれの個体数がどのように振る舞うかを知ることができる。


===平衡点===
{{Indent|<math>\lambda_1 = \alpha,\quad \lambda_2 = -\gamma</math>}}
[[File:Lotka-Volterra equations equilibrium points.png|thumb|ロトカ・ヴォルテラ方程式における2つの平衡点]]
どのようなときに、個体数 ''x'', ''y'' が増えも減りもしない、時間 ''t'' の経過によらず全く変化しない状態になるかについて考える。これは、方程式の ''dx''/''dt'' と ''dy''/''dt'' が 0 ということなので、次のような式が得られる。
:<math>x (a - b y) = 0</math>
:<math>y (c x - d) = 0</math>
この式を満たす ''x'', ''y'' の組み合わせは
:<math>x=0,\ y=0</math>
:<math>x=\frac{d}{c},\ y=\frac{a}{b}</math>
という2組である{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=112}}。''x'', ''y'' がこれら2組の値をとるとき、その ''x'', ''y'' の値は時間に関わらず一定となる。このような点を[[平衡点]]と呼ぶ{{Sfn|寺本|1997|p=77}}。''x'' = 0, ''y'' = 0 の平衡点は、捕食者も被食者も全滅してしまった状態である{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=112}}。一方、''x'' = ''d''/''c'', ''y'' = ''a''/''b'' の平衡点では、捕食者・被食者ともにある個体数で共存する状態となっている{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=43}}。


これらの平衡点から ''x'', ''y'' の状態点がわずかにずれて与えられるときに、状態点が時間発展によって平衡点に収束するのか、それとも離れていくのかを特徴づける[[安定性理論|安定性]]は、次のように判別できる。2次以上の項が無視できるほどズレが小さいとすれば、平衡点 (0, 0) 近傍で系は次のように表すことができる{{Sfn|マレー|2014|p=67}}。
であることから、点(0,0)はサドル(鞍点)であることがわかる。
:<math>\frac{dx}{dt}=ax</math>
:<math>\frac{dy}{dt}=-dy</math>
これを[[行列]]表記すると、
:<math>
\begin{pmatrix}
\frac{dx}{dt} \\
\frac{dy}{dt}
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
a & 0 \\
0 & -d
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x \\
y
\end{pmatrix}
</math>
となる。
:<math>A=
\begin{pmatrix}
a & 0 \\
0 & -d
\end{pmatrix}
</math>
と置いたとき、''A'' の[[固有値]]は ''a'' と &minus;''d'' となるので、正と負の固有値を持つことから平衡点 (0, 0) は[[鞍点]]となっている{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=246}}。また、少なくとも1つの固有値は正であることから、指数関数的にズレが増加する不安定な平衡点である{{Sfn|マレー|2014|p=67}}。


平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') についても同様に、 平衡点近傍で系を次のように表すことができる{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=116}}。
また二つ目の固定点でのヤコビアンは、
:<math>
\begin{pmatrix}
\frac{dx}{dt} \\
\frac{dy}{dt}
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
0 & -\frac{bc}{d} \\
\frac{ad}{b} & 0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x \\
y
\end{pmatrix}
</math>
固有値は <math>\pm i \sqrt{ad}</math> となる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=247}}。ここで ''i'' は[[虚数単位]]で、固有値は[[複素共役]]の純虚数となっており、平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') は渦心点となっている{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=60}}。よって平衡点近傍の限りにおいては、平衡点周りで状態点が近づきも離れもしない、中立安定な平衡点となる{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=116&ndash;117}}。


===アイソクライン法による概略===
{{Indent|<math>J\left(\frac{\gamma}{\delta},\frac{\alpha}{\beta}\right) = \begin{bmatrix}
''x'' と ''y'' を変数とする平面(相平面)上で、''dx''/''dt'' = 0 または ''dy''/''dt'' = 0 を満たす直線に注目することで、個体数がどのような振る舞いを起こしているかの概略を知ることができる。このような手法を'''アイソクライン法'''や'''等傾斜線法'''と呼ぶ{{Sfn|寺本|1997|p=21}}{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=71&ndash;73}}。
0 & -\frac{\beta \gamma}{\delta} \\
\frac{\alpha \delta}{\beta} & 0 \\
\end{bmatrix}</math>}}


相平面で横軸を ''x''、縦軸を ''y'' とする。現実の生物では個体数は正の値であるので、''x'' と ''y'' の値が正である相平面の[[直交座標系|第一象限]]が興味の対象となる{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=111}}。相平面上では、''dx''/''dt'' = 0 を満たす直線とは ''y'' = ''a''/''b'' と ''x'' = 0 の直線であり、''dy''/''dt'' = 0 を満たす直線とは ''x'' = ''d''/''c'' と ''y'' = 0 の直線である{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=43}}。このような傾き一定の線直線を '''アイソクライン'''や'''等傾斜線'''と呼ぶ{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=112}}。前者の直線の[[傾き (数学)|傾き]]は ''dy''/''dt'' = 0 で、後者の傾きは ''dy''/''dt'' = &infin; の直線でもある。そのため、前者を「傾きゼロのアイソクライン」、後者を「傾き無限大のアイソクライン」などとも呼ぶ{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=33}}。
である。この行列の固有値は、


相平面に ''y'' = ''a''/''b'' の水平線と ''x'' = ''d''/''c'' の鉛直線を描くと、平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') で2つの直線は交わり、相平面は4つの領域に分類される。''y'' = ''a''/''b'' の直線より上側の領域では、''dx''/''dt'' の値は常に負となっている。一方、下側の領域は ''dx''/''dt'' の値は常に正となる{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=114}}。ここで、''dx''/''dt'' の値が正ということは ''x'' の値が増加している状態であり、負ということは ''x'' の値が減少している状態である{{Sfn|大串|1994|pp=71&ndash;72}}。よって、方程式の解の曲線は、''y'' = ''a''/''b'' の直線より上側の領域では左向きに進み、下側の領域では右向きに進むことが予測できる{{Sfn|日本生態学会(編)|2004|p=144}}。
{{Indent|<math>\lambda_1 = i \sqrt{\alpha \gamma},\quad \lambda_2 = -i \sqrt{\alpha \gamma}
</math>}}


また同様に、''x'' = ''d''/''c'' の直線より左側の領域では ''dy''/''dt'' の値は常に負で、右側の領域は ''dy''/''dt'' の値は常に正となる{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=114}}。これによって上記と同じように、方程式の解の曲線は、''x'' = ''d''/''c'' の直線より左側の領域では下向きに進み、右側の領域では上向きに進むことが予測できる{{Sfn|日本生態学会(編)|2004|p=144}}。これらを組み合わせると、解の曲線は、平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') を中心にして反時計回りに回転する軌道となっていることが明らかになる{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=114}}。
であることから、線形近似ではセンター([[中立安定]])となるが、[[構造安定]]でないためこれだけではわからない(安定か不安定なスパイラルである可能性がある)。
{{multiple image
| align = center
| direction = horizontal
| width = 200
| image1 = Lotka-Volterra equations isocline method 2.png
| caption1 = 解曲線は、''y'' = ''a''/''b'' の直線より上側の領域では左向きに進み、下側の領域では右向きに進む
| image2 = Lotka-Volterra equations isocline method 1.png
| caption2 = 解曲線は、''x'' = ''d''/''c'' の直線より左側の領域では下向きに進み、右側の領域では上向きに進む
| image3 = Lotka-Volterra equations isocline method 3.png
| caption3 = 解曲線は、平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') を中心にして反時計回りに回転する軌道となる
}}


===保存量===
===保存量===
ロトカ・ヴォルテラの方程式は[[力学系]]における[[保存系]]に該当し、保存量と呼ばれる量を持つ{{Sfn|マレー|2014|p=67}}。式から微分 ''dx''/''dy'' を求めると、
ここで次のような実数値関数 ''V'' を考える。ただし、 ''x'' と ''y'' は正の場合のみを考える。どちらかが0の場合は後述。
:<math>\frac{dx}{dy}=\dfrac{\dfrac{dx}{dt}}{\dfrac{dy}{dt}}=\frac{a x - b xy}{c xy - d y}</math>
となる。この変数分離形は
:<math>\frac{cx-d}{x}dx=\frac{a-by}{y}dy</math>
となり、両辺を積分して
:<math>H=cx + by - d \log x - a \log y</math>
が得られる{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=119}}。ここで、log は[[自然対数]]である。右辺の ''H'' は一定の値を取る[[定数]]である。この式の意味は、時間経過に従って ''x'' と ''y'' が色々な値に変化しても、上式で与えられる ''H'' の値は常に同じに保たれるということである{{Sfn|寺本|1997|p=99}}。このような量は保存量や積分不変量と呼ばれ、保存量を持つ系は保存系と呼ばれる{{Sfn|寺本|1997|p=99}}。実際に ''H'' を ''t'' で微分すると、''dH''/''dt'' = 0 となり、''H'' が定数であることが確認できる{{Sfn|巌佐|1990|p=36}}{{efn|<math>\begin{align}
\frac{dH}{dt} &=\frac{\partial H}{\partial x}\frac{dx}{dt}+\frac{\partial H}{\partial y}\frac{dy}{dt} \\
&=\left( c-\frac{d}{x} \right) (ax-bxy) + \left( b-\frac{a}{y} \right) (cxy-dy) \\
&=acx - bcxy -ad +bdy +bcxy -bdy -acx +ad \\
&=0
\end{align}
</math>
}}。平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') で ''H'' は最小値を取り、その値は
:<math>H_{min} = a+d-a \log \left( \frac{a}{b} \right)-d \log \left( \frac{d}{c} \right)</math>
となる<ref>{{cite journal |author=Shagi-Di Shih |year=1997 |month=December |title=THE PERIOD OF A LOTKA-VOLTERRA SYSTEM |url=http://journal.tms.org.tw/index.php/TJM/article/view/1423 |journal=Taiwanese Journal of Mathematics |publisher=The Mathematical Society of the Republic of China |volume=1 |issue=4 |page=453 |issn=2224-6851 |accessdate=2016-03-02 }}</ref>。''H'' &minus; ''H<sub>min</sub>'' はこの系における[[リアプノフ関数]]でもある{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=248}}。


===解曲線と個体数振動===
{{Indent|<math> V = \delta x + \beta y - \gamma \log x - \alpha \log y </math>}}
[[File:VolterraLotka.PNG|thumb|230px|解曲線は平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') を周回する[[閉曲線]]となっており、1つの閉曲線が一意の保存量を持つ。初期値によってどの閉曲線となるかが決定される]]
[[File:Lotka–Volterra equations, conserved quantity 3D plot.svg|thumb|230px|''x''-''y''相平面に高さ軸 ''H'' を加え、保存量 ''H'' と各閉曲線の関係を3次元的に示した図]]
上記のアイソクライン法による解析だけでは、解曲線の形状は確定しない。解曲線は、平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') を中心に反時計回りに回転していることは分かったが、平衡点を中心としてそこから離れていく[[渦巻]]形状なのか、逆に平衡点へ近づいていく渦巻形状なのか、あるいは円や楕円のように一周して元の点に戻る[[閉曲線]]なのか、などの可能性がある{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=45}}。ロトカ・ヴォルテラの方程式の解は、これらの中の閉曲線に該当し、相平面の第一象限上で解曲線は平衡点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') を中心にして一周する閉じた軌道を描く。これは、前述の保存量 ''H'' の存在などから証明される{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=248}}。


解曲線の形状は、純粋な円や楕円というよりは卵のような形となっている{{Sfn|寺本|1997|p=100}}。どの大きさの軌道を取るかは、被食者 ''x'' と捕食者 ''y'' の初期値 ''x''<sub>0</sub>, ''y''<sub>0</sub> によって決まる{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=45}}。保存量 ''H'' の値は初期値 ''x''<sub>0</sub>, ''y''<sub>0</sub> によって決まり、''H'' の各値に1つの閉曲線が対応する{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=119}}。さらに、''x'' と ''y'' の1周期中の平均量を計算すると、それらの値は、それぞれの平衡点 ''d''/''c'' と ''a''/''b'' に一致する{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=125&ndash;126}}。
''V'' を ''t'' で微分すると、


[[File:Lotka Volterra equation Maple plot.png|right|330px|thumb|縦軸は個体数、横軸は時間で、捕食者(青)と被食者(赤)の個体数変動の時間変化を示している]]
{{Indent|<math>\frac{dV}{dt}
解曲線が閉じた曲線であることは、被食者と捕食者の個体数は一定周期で[[振動]]していることも意味する{{Sfn|マレー|2014|p=66}}。個体数の時間発展波形は複雑な形状となる{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=122}}。捕食者と被食者の個体数変動の[[位相]]は1/4周期ほどずれており、
= \delta x(\alpha - \beta y) - \beta y (\gamma - \delta x) - \gamma(\alpha - \beta y) + \alpha (\gamma - \delta x)
#被食者増加後に、捕食者増加
= 0 </math>}}
#捕食者増加後に、被食者減少
#被食者減少後に、捕食者減少
であることから、 ''V'' は[[保存量]]([[第一積分]])であることがわかる。よって、この力学系は、[[保存系]]である。
#捕食者減少後に、被食者増加
という変動の繰り返しを示す{{Sfn|日本生態学会(編)|2004|p=144}}。


個体数の範囲を平衡点近傍に限り、線形安定解析によって近似的な解析を行えば、それぞれの個体数変動の振動数を得ることもできる{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=115&ndash;117}}。このときの ''x'' と ''y'' は、上記の保存量 ''H'' と同じように、次のような関係で表される{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=117}}。
相平面上の保存系の性質から、二つ目の固定点が中立安定であることや解軌道が ''V'' の[[等値線]]であることがわかる。すべての等値線が[[有界]][[閉曲線]]であることから周期解をもつことがわかる。
:<math>C=\frac{a^2c^2}{b^2}x^2 +ad y^2</math>
ここで、''C'' は一定値である。また、それぞれの個体数変動の[[振動数]] ''&omega;'' あるいは[[周期]] ''T'' は
:<math>\omega=\sqrt{ad}</math>
:<math>T=\frac{2\pi}{\sqrt{ad}}</math>
で与えられる{{Sfn|ハーバーマン|1992|p=116}}{{Sfn|大串|1994|p=73}}。


===安定性===
====どちらかが0の場合====
前述のとおり、点 (''d''/''c'', ''a''/''b'') は中立安定な平衡点となっている。その周りに存在し得る軌道も初期値によって一つに決定され、一定の閉曲線を保ち続ける。すなわち、平衡点以外の軌道も、そこから離れも近づきもしない状態となっている。被食者も捕食者も絶滅することはなく、一方で、どちらの個体数も際限なく増え続けるということもない{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=249}}。
ここで ''x'' か ''y'' どちらかが0である場合を考える。どちらも0の場合は、固定点であることはすでに分かっている。


これは、系の外部から小さな乱れが加わった場合には、元の軌道から離れ、元に戻らないことも意味している。このような性質を「[[構造安定|構造的に不安定]]」などという{{Sfn|寺本|1997|p=100}}。現実にある多くの系を考えると、構造的に不安定であることは非現実的であることも多い{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=128&ndash;129}}{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|pp=45&ndash;46}}。そのためより現実に合うようにモデルの改善が模索され、例えば、大域的に安定な[[リミットサイクル]]となるようにモデルの修正がされる{{Sfn|マレー|2014|pp=71&ndash;73}}{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|pp=46&ndash;49}}。
''x'' = 0 の場合、 ''y'' は単調に減少し0に収束する。これは、y軸の正の部分が[[安定多様体]]であることを示している。


==実際の生物における例==
逆に ''y'' = 0 の場合、 ''x'' は単調に増加し、x軸の正の部分が不安定多様体であることがわかる。これは、被食者が無限に増加しつづけ、モデルとしてあまり適切でないと考えるならば、[[ロジスティック式]]のような考えでモデルの修正を行うことも考えられる。このような考えが、一般化につながる。
[[File:Milliers fourrures vendues en environ 90 ans odum 1953 en.jpg|thumb|250px|[[カンジキウサギ]]と[[カナダオオヤマネコ]]の捕獲頭数記録 (1845年-1935年)]]
[[File:Snowshoe Hare- Alert (6990916044).jpg|thumb|150px|[[カンジキウサギ]]]]
[[File:Canadian lynx by Keith Williams.jpg|thumb|150px|[[カナダオオヤマネコ]]]]
ロトカ・ヴォルテラの方程式で示された、被食者と捕食者の個体数が位相差を持ちながら一定振動を続ける振る舞いに近いといえる例は、実際の生物においていくつか確認されている。


野外環境における例としては、[[カナダ]]において、[[カンジキウサギ]]{{efn|[[カワリウサギ]]と記す文献もある{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=40}}。}}とその捕食者である[[カナダオオヤマネコ]]の個体数が長期間にわたって振動していたデータがよく挙げられる{{Sfn|日本生態学会(編)|2004|pp=141&ndash;142}}{{Sfn|ハーバーマン|1992|pp=107&ndash;108}}。2つの個体数振動は、周期はほぼ同じで、位相は少しずれている{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=40}}。ただし、このデータは個体数を直接観測したものではなく、毛皮取引を行っていた[[ハドソン湾会社]]による1845年から1935年までのカンジキウサギとカナダオオヤマネコの毛皮捕獲記録から、間接的に生息個体数を推定したものである{{Sfn|マレー|2014|pp=68&ndash;69}}。また、1973年のギルピン(M. E. Gilpin) による解析によれば、これらの個体数変動を相平面上にプロットすると軌道が時計回りとなっており、カンジキウサギがカナダオオヤマネコを捕食していると解釈できる奇妙な結果となっている{{Sfn|マレー|2014|pp=68&ndash;69}}。
== 解の解釈 ==
解は次のように解釈できる。例えば、二つ目の不動点よりも被食者 ''x'' が小さい初期状態の場合を考える。まず、被食者がすくないため、捕食者 ''y'' が減少する。このとき、捕食者が減っていくために被食者 ''x'' が増加していく、すると今度は ''x'' が増加したため ''y'' が増加し始め、次に ''x'' が減少し始め、最初と同じ状態に戻る。


環境を制御した飼育実験における例としては、ハフェイカー(C. B. Huffaker) による[[コウノシロハダニ]]とその捕食者である[[カブリダニ]]による飼育実験、[[内田俊郎]]による[[アズキゾウムシ]]とその寄生者である[[コマユバチ]]による飼育実験のデータが挙げられる{{Sfn|伊藤|1994|pp=80&ndash;81}}{{Sfn|日本生態学会(編)|2004|pp=141&ndash;142}}。ハフェイカーの実験では、単純な環境だと捕食が早すぎてどちらかの絶滅が起きるため、橋を設けたり扇風機を回したり環境を複雑にすることで、長期間にわたってそれぞれの個体数が振動しながら共存するデータを得ている{{Sfn|伊藤|1994|pp=80&ndash;81}}。
このモデル通りの状態が続くならば、定常的(平均的)に増やしたり減らしたりするにはパラメーターを変化させなければならないことがわかる。


==モデルの改良==
たとえ、一時的にどちらかを減らしたり増やしたりしても周期的に増加や減少を繰り返すだけだからである。
現実にある多くの系を考えると、ロトカ・ヴォルテラの方程式
:<math>\frac{dx}{dt} = a x - b xy</math>
:<math>\frac{dy}{dt} = c xy - d y</math>
は単純過ぎる部分がある。そのため、ロトカ・ヴォルテラの方程式を基礎としつつ、色々なモデルの研究がされてきた{{Sfn|マレー|2014|p=73}}。以下はその一例である。


問題点としてまず挙げられるのは、捕食者がいないときの被食者の増殖速度が ''ax'' となっており、青天井で増加し続ける点である。実際の系では、[[ロジスティック方程式]]のように、ある程度以上増加したら資源不足などが発生し、その増殖速度にブレーキがかかると考えるのが合理的である{{Sfn|マレー|2014|p=72}}。これを考慮に入れて、例えば、第1式の右辺第1項 ''ax'' をロジスティック型の ''ax''(1 &minus; ''x''/''K'') に置き換えたモデルが考えられる。ここで ''K'' は正の定数で、ロジスティックモデルにおける[[環境収容力]]である{{Sfn|Berryman|1992|p=1531}}。
== 例 ==
このモデルによく当てはまる例を挙げる。
{{節stub}}


また、被食者数に比例して無制限に捕食者増殖速度が増加する点も不自然である。これもある程度以上で飽和すると考えられる{{Sfn|マレー|2014|p=72}}。そのため、第1式の右辺第2項 &minus;''bxy'' を &minus;''bxy''/(1 + ''hx'') などと変形することが考えられる。ここで ''h'' は正の定数で、''x'' が増加してもこの項による捕食者1個体当たり増殖速度は ''b''/''h'' で飽和する{{Sfn|日本生態学会(編)|2015|p=46}}。
== ロトカ=ヴォルテラの競争モデル ==
類似の'''ロトカ=ヴォルテラの競争モデル'''


== ロトカ・ヴォルテラの競争モデル ==
{{Indent|<math>{dN_1 \over dt} = r_1N_1\left({K_1-N_1-\alpha_{21}N_2 \over K_1}\right)</math>}}
類似の'''ロトカ・ヴォルテラの競争モデル'''
{{Indent|<math>{dN_2 \over dt} = r_2N_2\left({K_2-N_2-\alpha_{12}N_1 \over K_2}\right)</math>}}


{{Indent|<math>{dN_1 \over dt} = r_1N_1\left({K_1-N_1-a_{21}N_2 \over K_1}\right)</math>}}
に関しては、[[競争 (生物)|競争]]を参照。
{{Indent|<math>{dN_2 \over dt} = r_2N_2\left({K_2-N_2-a_{12}N_1 \over K_2}\right)</math>}}


に関しては、[[競争 (生物)|競争]]を参照。このモデルも単に「ロトカ‐ヴォルテラの式」などと呼ばれることもある<ref>{{Cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E3%83%AD%E3%83%88%E3%82%AB%E2%80%90%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%A9%E3%81%AE%E5%BC%8F-791883 |title=法則の辞典の解説 ロトカ‐ヴォルテラの式【Lotka-Volterra equation】 |work=コトバンク |publisher=朝倉書店 |accessdate=2016-06-11}}</ref>。
このモデルの解は周期解を持たず、<math>\alpha_{21}<1</math> かつ <math>\alpha_{12}<1</math> のときには共存解に収束し、それ以外の場合にはどちらかの生物が絶滅して残った生物は[[環境収容力|キャリング・キャパシティ]]に落ち着く。


このモデルの解は周期解を持たず、''a''<sub>21</sub> < 1 かつ ''a''<sub>12</sub> <1 のときのみ、共存解に収束し、それ以外の場合にはどちらかの生物が絶滅し、残った生物個体数は[[環境収容力]] ''K''<sub>1</sub> または ''K''<sub>2</sub> に落ち着く。
== 一般化ロトカ=ヴォルテラ方程式 ==
上述のロトカ=ヴォルテラ方程式やロトカ=ヴォルテラの競争モデルは、3種以上の個体群に対して一般化することかできる。


== 注釈 ==
''n''種の個体群からなる一般化ロトカ=ヴォルテラ方程式は、
{{notelist}}
{{Indent|<math>\dot{x}_i = x_i(r_i + \Sigma_{j=1}^{n}a_{ij}x{j}), i = 1, \ldots, n</math>}}
で与えられる。ここで ''x<sub>i</sub>'' は個体群密度、''r<sub>i</sub>'' は内的増加率(または減少率)である。''a<sub>ij</sub>'' は ''i'' 個体群に対する ''j'' 個体群の影響を表し、増進効果ならば正、阻害効果ならば負となる。すべての種類の相互作用はこのようにモデル化できる。ただし成長率に対するすべての種の影響が、線形であると仮定している。行列 ''A'' = (''a<sub>ij</sub>'') は相互作用行列と呼ばれる。


==出典==
一般化ロトカ=ヴォルテラ方程式について、状態空間は非負の[[象限]]
===脚注===
{{Indent|<math>{\rm R}_{+}^{n} = \{ {\rm x} = (x_1, \ldots, x_n) \in {\rm R}^{n} : x_i \geq 0 (i = 1, \ldots, n) \}</math>}}
{{reflist|2}}
である。<math>{\rm R}_{+}^{n}</math> の[[境界点]]は座標面 ''x<sub>i</sub>'' = 0 上にあり、種 ''i'' が不在であることに対応する。これらの辺は ''x<sub>i</sub>'' (''t'') = 0 が ''x<sub>i</sub>'' (0) = 0 を満たす ''i'' 番目の一般化ロトカ=ヴォルテラ方程式に対する一意な解であるので、不変である。このモデルでは失われた種は移住することが不可能である。したがって[[境界 (位相空間論)|境界]] bd<math>{\rm R}_{+}^{n}</math> と <math>{\rm R}_{+}^{n}</math> 自身は一般化ロトカ=ヴォルテラ方程式に対して不変である。そのため、[[内部]] int<math>{\rm R}_{+}^{n}</math> も不変であり、''x<sub>i</sub>'' (0) &gt; 0 ならばすべての ''t'' に対して x<sub></sub>'' (''t'') &gt; 0 である。しかしながら密度 x<sub>i</sub>'' (''t'') は 0 に[[漸近]]する(対応する種の絶滅を意味する)ことは可能である。


===文献リスト===
2次元のロトカ=ヴォルテラ方程式の解の挙動は完全に分類されているが、高次元の場合、数多くの未解決問題が残されている。特に3種の個体群の場合でさえ、ある種のカオス的運動が出現することが、数値シミュレーションによって判明している。この解の漸近的挙動は非常に不規則な振動から構成されており、初期条件に大変鋭敏に依存している。このような場合、長期間の予測は不可能といえる。
※文献内の複数個所に亘って参照したものを示す。
*{{cite book ja-jp
|author=R. ハーバーマン
|translator =稲垣宣生
|title=生態系の微分方程式
|year=1992
|edition=初版
|publisher=現代数学社
|isbn =4-7687-0307-0
|ref ={{Sfnref|ハーバーマン|1992}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=寺本英
|editor =川崎廣吉・重定南奈子・中島久男・東正彦・山村則男
|title=数理生態学
|year=1997
|edition=初版
|publisher=朝倉書店
|isbn =4-254-17100-5
|ref ={{Sfnref|寺本|1997}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=巌佐庸
|title=数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る
|year=1990
|edition=初版
|publisher=HBJ出版局
|isbn =4-8337-6011-8
|ref ={{Sfnref|巌佐|1990}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=伊藤嘉昭
|title=生態学と社会―経済・社会系学生のための生態学入門
|year=1994
|edition=初版
|publisher=東海大学出版会
|isbn =4-486-01272-0
|ref ={{Sfnref|伊藤|1994}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=大串隆之
|chapter = 3章 昆虫の個体群と群集
|pages=49&ndash;98
|title=昆虫生態学
|year=2014
|edition=初版
|publisher=朝倉書店
|isbn =978-4-254-42039-5
|ref ={{Sfnref|大串|1994}}
}}
*{{cite book ja-jp
|editor= 日本生態学会
|others=巌佐庸・舘田英典(担当編集委員)
|title=集団生物学
|series=シリーズ 現代の生態学 1
|year=2015
|edition=初版
|publisher=共立出版
|isbn =978-4-320-05744-9
|ref ={{Sfnref|日本生態学会(編)|2015}}
}}
*{{cite book ja-jp
|editor= 日本生態学会
|title=生態学入門
|year=2004
|edition=初版
|publisher=東京化学同人
|isbn =4-8079-0598-8
|ref ={{Sfnref|日本生態学会(編)|2004}}
}}
*{{cite book ja-jp
|others =三村昌泰(総監修)、瀬野裕美・河内一樹・中口悦史・三浦岳(監修)
|author=ジェームス・D・マレー
|translator =勝瀬一登・吉田雄紀・青木修一郎・宮嶋望・半田剛久・山下博司
|title=マレー数理生物学入門
|year=2014
|edition=初版
|publisher=丸善出版
|isbn =978-4-621-08674-2
|ref ={{Sfnref|マレー|2014}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author=Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney
|translator=桐木紳・三波篤朗・谷川清隆・辻井正人
|title=力学系入門 原著第2版―微分方程式からカオスまで
|publisher=共立出版
|edition=初版
|year=2007
|isbn=978-4-320-01847-1
|ref={{Sfnref|Hirsch et al.|2007}}
}}
*{{cite journal
|author=Alan A. Berryman
|year=1992
|month =Oct.
|title=The Orgins and Evolution of Predator-Prey Theory
|url=http://www.jstor.org/stable/1940005
|journal=Ecology
|publisher=Ecological Society of America
|volume=73
|issue=5
|pages=1530&ndash;1535
|doi=10.2307/1940005
|ref ={{Sfnref|Berryman|1992}}
}}


== 関連項目 ==
==外部リンク==
{{Commonscat}}
*[[捕食-被食関係]]
*{{MathWorld|title=Lotka-Volterra Equations|urlname=Lotka-VolterraEquations}}
*[[アルフレッド・ロトカ]]
*{{Spedia|Predator-prey_model|Predator-prey model|[[スカラーペディア]]にある「捕食者-被食者モデル」についての項目。Lotka-Volterra Modelについての説明も含む}}
*[[ヴィット・ヴォルテラ]]
*[[個体群生態学]]
*[[個体群動態学]]
*[[人口動態学]]
*[[ロジスティック式]]
*[[競争 (生物)|競争]]
*[[線形力学系]]
*[[カオス理論]]


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2016年6月20日 (月) 11:44時点における版

ロトカ・ヴォルテラ方程式の解の一例。縦軸は個体数、横軸は時間。捕食者(Predatori、青)と被食者(Prede、赤)の個体数変動の位相は一般にずれており、捕食者が増加すると、急速に被食者が減少し、さらに捕食者が減少する、という時間変化を示す。

ロトカ・ヴォルテラの方程式(ロトカ・ヴォルテラのほうていしき、英語:Lotka-Volterra equations)とは、生物の捕食-被食関係による個体数の変動を表現する数理モデルの一種。2種の個体群が存在し、片方が捕食者、もう片方が被食者のとき、それぞれの個体数増殖速度を二元連立非線形常微分方程式系で表現する。ロトカ・ヴォルテラの捕食式ロトカ・ヴォルテラ捕食系ロトカ-ヴォルテラの捕食者-被食者モデルなどとも呼ばれる[1][2][3]

具体的には以下の方程式で表される[4]

ここで x は被食者の個体数、 y は捕食者の個体数、t は時間をあらわし、4つの係数 a, b, c, d は正の実数のパラメータである。

被食者と捕食者の個体数変動パターンの一つの例として、被食者が自然増殖して増えていくとそれを餌とする捕食者も増殖し、捕食者が増殖したことによって被食頻度が増えて被食者が減少し、被食者が減少したことによってそれを餌とする捕食者も減少し、捕食者が減少したことによって被食者の自然増殖数が被食頻度を上回って被食者が増え、そして最初に戻り…、このような形で被食者と捕食者が交互に増減し続けることが考えられる[1][5]。ロトカ・ヴォルテラの方程式は、このような個体数の周期的な増減の様子を示すことができる簡素で基礎的なモデルとなっている[6]

名称は、この方程式をそれぞれ独立発案したアメリカの数学者アルフレッド・ロトカとイタリアの数学者ヴィト・ヴォルテラに由来する[7]。ロトカは1920年に化学物質濃度の変動を説明するために、ヴォルテラは1926年にアドリア海の魚数の変動を説明するために発案した[8]

式の導出と前提条件

被食者の増殖速度

トラから逃げるイノシシ

モデルの連立方程式内の

は被食者の個体数増殖速度 dx/dt を表している。上記の式は、以下のような生態学的な前提条件から導出される。

まず、捕食者が存在しない場合を仮定すると、被食者の個体数 x は順調に自然増していくと考えられる。この自然増は、マルサスモデルのようにその個体数に比例して増殖速度が増え、制限なく指数関数的に増殖すると仮定する[9]。すなわち、被食者にとっての餌は不足することなく十分あるような環境にあると仮定する[10]。これを表しているのが、右辺第一項 ax である[11]

しかし、捕食者が存在する場合、被食者の個体数は捕食によって減少し、捕食者の存在は被食者増殖速度を抑制する効果を持つ。よって、捕食者数 y に比例して被食者増殖速度 dx/dt が減少すると仮定できる[12]。またさらに、捕食者がランダムに被食者を探索しているとすれば、被食者個体数が多いほど出会う割合が高まると考えられる[4]。よって、被食者増殖速度は被食者個体数にも比例して減少すると仮定できる[13]。これを表しているのが、右辺第二項 −bxy である[11]。このような、それぞれの個体数の単純な積で個体数増殖速度への影響を表すことを、質量作用の法則や質量作用の仮定と呼ぶ[14]。ロトカ・ヴォルテラの方程式は、この原則を基礎としている[15]

捕食者の増殖速度

ウサギを捕食するボブキャット

捕食者の個体数増殖速度 dy/dt

と表される。上記の式は、以下のような生態学的な前提条件から導出される。

まず、被食者が存在しない場合を考える。被食者にとっての餌はこの方程式系に現れる変数とは別に常に十分あると仮定したが、捕食者にとっての餌は被食者のみとする[16]。よって、被食者が存在しないことは食糧が尽きたことと同じであり、捕食者の死亡率は出産率を上回り、捕食者の個体数 y は減少の一途を辿ることになる。この減少の仕方も、被食者の自然増のように個体数が多ければ多いほど減少速度が大きくなる、すなわち個体数 y に減少速度 dy/dt が比例すると仮定する[9]。これを表しているのが、右辺第二項 −dy である[11]

そして、捕食者が増える速度は、捕食に成功した回数に比例すると考えられる[17]。捕食による被食者減少速度が −bxy と仮定されたように、捕食による捕食者増殖速度も同じ理屈から被食者数 x と捕食者数 y に比例するといえる。これを表しているのが、右辺第一項 cxy である[13]

個体数の振る舞い

このロトカ・ヴォルテラ方程式を解析的に解いて xyt に関する明示的な解を得ることはできない[18]。しかし、以下のような解の挙動を分析し、それぞれの個体数がどのように振る舞うかを知ることができる。

平衡点

ロトカ・ヴォルテラ方程式における2つの平衡点

どのようなときに、個体数 x, y が増えも減りもしない、時間 t の経過によらず全く変化しない状態になるかについて考える。これは、方程式の dx/dtdy/dt が 0 ということなので、次のような式が得られる。

この式を満たす x, y の組み合わせは

という2組である[19]x, y がこれら2組の値をとるとき、その x, y の値は時間に関わらず一定となる。このような点を平衡点と呼ぶ[20]x = 0, y = 0 の平衡点は、捕食者も被食者も全滅してしまった状態である[19]。一方、x = d/c, y = a/b の平衡点では、捕食者・被食者ともにある個体数で共存する状態となっている[17]

これらの平衡点から x, y の状態点がわずかにずれて与えられるときに、状態点が時間発展によって平衡点に収束するのか、それとも離れていくのかを特徴づける安定性は、次のように判別できる。2次以上の項が無視できるほどズレが小さいとすれば、平衡点 (0, 0) 近傍で系は次のように表すことができる[21]

これを行列表記すると、

となる。

と置いたとき、A固有値a と −d となるので、正と負の固有値を持つことから平衡点 (0, 0) は鞍点となっている[22]。また、少なくとも1つの固有値は正であることから、指数関数的にズレが増加する不安定な平衡点である[21]

平衡点 (d/c, a/b) についても同様に、 平衡点近傍で系を次のように表すことができる[23]

固有値は となる[24]。ここで i虚数単位で、固有値は複素共役の純虚数となっており、平衡点 (d/c, a/b) は渦心点となっている[25]。よって平衡点近傍の限りにおいては、平衡点周りで状態点が近づきも離れもしない、中立安定な平衡点となる[26]

アイソクライン法による概略

xy を変数とする平面(相平面)上で、dx/dt = 0 または dy/dt = 0 を満たす直線に注目することで、個体数がどのような振る舞いを起こしているかの概略を知ることができる。このような手法をアイソクライン法等傾斜線法と呼ぶ[27][28]

相平面で横軸を x、縦軸を y とする。現実の生物では個体数は正の値であるので、xy の値が正である相平面の第一象限が興味の対象となる[29]。相平面上では、dx/dt = 0 を満たす直線とは y = a/bx = 0 の直線であり、dy/dt = 0 を満たす直線とは x = d/cy = 0 の直線である[17]。このような傾き一定の線直線を アイソクライン等傾斜線と呼ぶ[19]。前者の直線の傾きdy/dt = 0 で、後者の傾きは dy/dt = ∞ の直線でもある。そのため、前者を「傾きゼロのアイソクライン」、後者を「傾き無限大のアイソクライン」などとも呼ぶ[30]

相平面に y = a/b の水平線と x = d/c の鉛直線を描くと、平衡点 (d/c, a/b) で2つの直線は交わり、相平面は4つの領域に分類される。y = a/b の直線より上側の領域では、dx/dt の値は常に負となっている。一方、下側の領域は dx/dt の値は常に正となる[31]。ここで、dx/dt の値が正ということは x の値が増加している状態であり、負ということは x の値が減少している状態である[32]。よって、方程式の解の曲線は、y = a/b の直線より上側の領域では左向きに進み、下側の領域では右向きに進むことが予測できる[33]

また同様に、x = d/c の直線より左側の領域では dy/dt の値は常に負で、右側の領域は dy/dt の値は常に正となる[31]。これによって上記と同じように、方程式の解の曲線は、x = d/c の直線より左側の領域では下向きに進み、右側の領域では上向きに進むことが予測できる[33]。これらを組み合わせると、解の曲線は、平衡点 (d/c, a/b) を中心にして反時計回りに回転する軌道となっていることが明らかになる[31]

解曲線は、y = a/b の直線より上側の領域では左向きに進み、下側の領域では右向きに進む
解曲線は、x = d/c の直線より左側の領域では下向きに進み、右側の領域では上向きに進む
解曲線は、平衡点 (d/c, a/b) を中心にして反時計回りに回転する軌道となる

保存量

ロトカ・ヴォルテラの方程式は力学系における保存系に該当し、保存量と呼ばれる量を持つ[21]。式から微分 dx/dy を求めると、

となる。この変数分離形は

となり、両辺を積分して

が得られる[34]。ここで、log は自然対数である。右辺の H は一定の値を取る定数である。この式の意味は、時間経過に従って xy が色々な値に変化しても、上式で与えられる H の値は常に同じに保たれるということである[35]。このような量は保存量や積分不変量と呼ばれ、保存量を持つ系は保存系と呼ばれる[35]。実際に Ht で微分すると、dH/dt = 0 となり、H が定数であることが確認できる[36][注釈 1]。平衡点 (d/c, a/b) で H は最小値を取り、その値は

となる[37]HHmin はこの系におけるリアプノフ関数でもある[38]

解曲線と個体数振動

解曲線は平衡点 (d/c, a/b) を周回する閉曲線となっており、1つの閉曲線が一意の保存量を持つ。初期値によってどの閉曲線となるかが決定される
x-y相平面に高さ軸 H を加え、保存量 H と各閉曲線の関係を3次元的に示した図

上記のアイソクライン法による解析だけでは、解曲線の形状は確定しない。解曲線は、平衡点 (d/c, a/b) を中心に反時計回りに回転していることは分かったが、平衡点を中心としてそこから離れていく渦巻形状なのか、逆に平衡点へ近づいていく渦巻形状なのか、あるいは円や楕円のように一周して元の点に戻る閉曲線なのか、などの可能性がある[39]。ロトカ・ヴォルテラの方程式の解は、これらの中の閉曲線に該当し、相平面の第一象限上で解曲線は平衡点 (d/c, a/b) を中心にして一周する閉じた軌道を描く。これは、前述の保存量 H の存在などから証明される[38]

解曲線の形状は、純粋な円や楕円というよりは卵のような形となっている[40]。どの大きさの軌道を取るかは、被食者 x と捕食者 y の初期値 x0, y0 によって決まる[39]。保存量 H の値は初期値 x0, y0 によって決まり、H の各値に1つの閉曲線が対応する[34]。さらに、xy の1周期中の平均量を計算すると、それらの値は、それぞれの平衡点 d/ca/b に一致する[41]

縦軸は個体数、横軸は時間で、捕食者(青)と被食者(赤)の個体数変動の時間変化を示している

解曲線が閉じた曲線であることは、被食者と捕食者の個体数は一定周期で振動していることも意味する[42]。個体数の時間発展波形は複雑な形状となる[43]。捕食者と被食者の個体数変動の位相は1/4周期ほどずれており、

  1. 被食者増加後に、捕食者増加
  2. 捕食者増加後に、被食者減少
  3. 被食者減少後に、捕食者減少
  4. 捕食者減少後に、被食者増加

という変動の繰り返しを示す[33]

個体数の範囲を平衡点近傍に限り、線形安定解析によって近似的な解析を行えば、それぞれの個体数変動の振動数を得ることもできる[44]。このときの xy は、上記の保存量 H と同じように、次のような関係で表される[45]

ここで、C は一定値である。また、それぞれの個体数変動の振動数 ω あるいは周期 T

で与えられる[23][46]

安定性

前述のとおり、点 (d/c, a/b) は中立安定な平衡点となっている。その周りに存在し得る軌道も初期値によって一つに決定され、一定の閉曲線を保ち続ける。すなわち、平衡点以外の軌道も、そこから離れも近づきもしない状態となっている。被食者も捕食者も絶滅することはなく、一方で、どちらの個体数も際限なく増え続けるということもない[47]

これは、系の外部から小さな乱れが加わった場合には、元の軌道から離れ、元に戻らないことも意味している。このような性質を「構造的に不安定」などという[40]。現実にある多くの系を考えると、構造的に不安定であることは非現実的であることも多い[48][49]。そのためより現実に合うようにモデルの改善が模索され、例えば、大域的に安定なリミットサイクルとなるようにモデルの修正がされる[50][51]

実際の生物における例

カンジキウサギカナダオオヤマネコの捕獲頭数記録 (1845年-1935年)
カンジキウサギ
カナダオオヤマネコ

ロトカ・ヴォルテラの方程式で示された、被食者と捕食者の個体数が位相差を持ちながら一定振動を続ける振る舞いに近いといえる例は、実際の生物においていくつか確認されている。

野外環境における例としては、カナダにおいて、カンジキウサギ[注釈 2]とその捕食者であるカナダオオヤマネコの個体数が長期間にわたって振動していたデータがよく挙げられる[53][54]。2つの個体数振動は、周期はほぼ同じで、位相は少しずれている[52]。ただし、このデータは個体数を直接観測したものではなく、毛皮取引を行っていたハドソン湾会社による1845年から1935年までのカンジキウサギとカナダオオヤマネコの毛皮捕獲記録から、間接的に生息個体数を推定したものである[55]。また、1973年のギルピン(M. E. Gilpin) による解析によれば、これらの個体数変動を相平面上にプロットすると軌道が時計回りとなっており、カンジキウサギがカナダオオヤマネコを捕食していると解釈できる奇妙な結果となっている[55]

環境を制御した飼育実験における例としては、ハフェイカー(C. B. Huffaker) によるコウノシロハダニとその捕食者であるカブリダニによる飼育実験、内田俊郎によるアズキゾウムシとその寄生者であるコマユバチによる飼育実験のデータが挙げられる[56][53]。ハフェイカーの実験では、単純な環境だと捕食が早すぎてどちらかの絶滅が起きるため、橋を設けたり扇風機を回したり環境を複雑にすることで、長期間にわたってそれぞれの個体数が振動しながら共存するデータを得ている[56]

モデルの改良

現実にある多くの系を考えると、ロトカ・ヴォルテラの方程式

は単純過ぎる部分がある。そのため、ロトカ・ヴォルテラの方程式を基礎としつつ、色々なモデルの研究がされてきた[57]。以下はその一例である。

問題点としてまず挙げられるのは、捕食者がいないときの被食者の増殖速度が ax となっており、青天井で増加し続ける点である。実際の系では、ロジスティック方程式のように、ある程度以上増加したら資源不足などが発生し、その増殖速度にブレーキがかかると考えるのが合理的である[58]。これを考慮に入れて、例えば、第1式の右辺第1項 ax をロジスティック型の ax(1 − x/K) に置き換えたモデルが考えられる。ここで K は正の定数で、ロジスティックモデルにおける環境収容力である[7]

また、被食者数に比例して無制限に捕食者増殖速度が増加する点も不自然である。これもある程度以上で飽和すると考えられる[58]。そのため、第1式の右辺第2項 −bxy を −bxy/(1 + hx) などと変形することが考えられる。ここで h は正の定数で、x が増加してもこの項による捕食者1個体当たり増殖速度は b/h で飽和する[59]

ロトカ・ヴォルテラの競争モデル

類似のロトカ・ヴォルテラの競争モデル

に関しては、競争を参照。このモデルも単に「ロトカ‐ヴォルテラの式」などと呼ばれることもある[60]

このモデルの解は周期解を持たず、a21 < 1 かつ a12 <1 のときのみ、共存解に収束し、それ以外の場合にはどちらかの生物が絶滅し、残った生物個体数は環境収容力 K1 または K2 に落ち着く。

注釈

  1. ^
  2. ^ カワリウサギと記す文献もある[52]

出典

脚注

  1. ^ a b 日本生態学会(編) 2004, p. 141.
  2. ^ 日本生態学会(編) 2015, p. 44.
  3. ^ Steven H. Strogatz 著、田中久陽・中尾裕也・千葉逸人 訳『ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで』丸善出版、2015年、208頁。ISBN 978-4-621-08580-6 
  4. ^ a b 巌佐 1990, p. 35.
  5. ^ 日本生態学会(編) 2015, pp. 40–41.
  6. ^ マレー 2014, p. 71.
  7. ^ a b Berryman 1992, p. 1531.
  8. ^ マレー 2014, pp. 65–66.
  9. ^ a b マレー 2014, p. 65.
  10. ^ ハーバーマン 1992, p. 108.
  11. ^ a b c 日本生態学会(編) 2015, p. 42.
  12. ^ 寺本 1997, p. 25.
  13. ^ a b 伊藤 1994, p. 80.
  14. ^ 日本数理生物学会 編『「数」の数理生物学』瀬野裕美(責任編集)(初版)、共立出版〈シリーズ 数理生物学要論 巻1〉、2008年、9頁。ISBN 978-4-320-05675-6 
  15. ^ Berryman 1992, p. 1534.
  16. ^ ハーバーマン 1992, pp. 108–109.
  17. ^ a b c 日本生態学会(編) 2015, p. 43.
  18. ^ 大串 1994, p. 71.
  19. ^ a b c ハーバーマン 1992, p. 112.
  20. ^ 寺本 1997, p. 77.
  21. ^ a b c マレー 2014, p. 67.
  22. ^ Hirsch et al. 2007, p. 246.
  23. ^ a b ハーバーマン 1992, p. 116.
  24. ^ Hirsch et al. 2007, p. 247.
  25. ^ Hirsch et al. 2007, p. 60.
  26. ^ ハーバーマン 1992, pp. 116–117.
  27. ^ 寺本 1997, p. 21.
  28. ^ ハーバーマン 1992, pp. 71–73.
  29. ^ ハーバーマン 1992, p. 111.
  30. ^ 日本生態学会(編) 2015, p. 33.
  31. ^ a b c ハーバーマン 1992, p. 114.
  32. ^ 大串 1994, pp. 71–72.
  33. ^ a b c 日本生態学会(編) 2004, p. 144.
  34. ^ a b ハーバーマン 1992, p. 119.
  35. ^ a b 寺本 1997, p. 99.
  36. ^ 巌佐 1990, p. 36.
  37. ^ Shagi-Di Shih (December 1997). “THE PERIOD OF A LOTKA-VOLTERRA SYSTEM”. Taiwanese Journal of Mathematics (The Mathematical Society of the Republic of China) 1 (4): 453. ISSN 2224-6851. http://journal.tms.org.tw/index.php/TJM/article/view/1423 2016年3月2日閲覧。. 
  38. ^ a b Hirsch et al. 2007, p. 248.
  39. ^ a b 日本生態学会(編) 2015, p. 45.
  40. ^ a b 寺本 1997, p. 100.
  41. ^ ハーバーマン 1992, pp. 125–126.
  42. ^ マレー 2014, p. 66.
  43. ^ ハーバーマン 1992, pp. 122.
  44. ^ ハーバーマン 1992, pp. 115–117.
  45. ^ ハーバーマン 1992, p. 117.
  46. ^ 大串 1994, p. 73.
  47. ^ Hirsch et al. 2007, p. 249.
  48. ^ ハーバーマン 1992, pp. 128–129.
  49. ^ 日本生態学会(編) 2015, pp. 45–46.
  50. ^ マレー 2014, pp. 71–73.
  51. ^ 日本生態学会(編) 2015, pp. 46–49.
  52. ^ a b 日本生態学会(編) 2015, p. 40.
  53. ^ a b 日本生態学会(編) 2004, pp. 141–142.
  54. ^ ハーバーマン 1992, pp. 107–108.
  55. ^ a b マレー 2014, pp. 68–69.
  56. ^ a b 伊藤 1994, pp. 80–81.
  57. ^ マレー 2014, p. 73.
  58. ^ a b マレー 2014, p. 72.
  59. ^ 日本生態学会(編) 2015, p. 46.
  60. ^ 法則の辞典の解説 ロトカ‐ヴォルテラの式【Lotka-Volterra equation】”. コトバンク. 朝倉書店. 2016年6月11日閲覧。

文献リスト

※文献内の複数個所に亘って参照したものを示す。

  • R. ハーバーマン、稲垣宣生(訳)、1992、『生態系の微分方程式』初版、現代数学社 ISBN 4-7687-0307-0
  • 寺本英、川崎廣吉・重定南奈子・中島久男・東正彦・山村則男(編)、1997、『数理生態学』初版、朝倉書店 ISBN 4-254-17100-5
  • 巌佐庸、1990、『数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る』初版、HBJ出版局 ISBN 4-8337-6011-8
  • 伊藤嘉昭、1994、『生態学と社会―経済・社会系学生のための生態学入門』初版、東海大学出版会 ISBN 4-486-01272-0
  • 大串隆之、2014、「3章 昆虫の個体群と群集」、『昆虫生態学』初版、朝倉書店 ISBN 978-4-254-42039-5 pp. 49–98
  • 日本生態学会(編)、巌佐庸・舘田英典(担当編集委員)、2015、『集団生物学』初版、共立出版〈シリーズ 現代の生態学 1〉 ISBN 978-4-320-05744-9
  • 日本生態学会(編)、2004、『生態学入門』初版、東京化学同人 ISBN 4-8079-0598-8
  • ジェームス・D・マレー、三村昌泰(総監修)、瀬野裕美・河内一樹・中口悦史・三浦岳(監修)、勝瀬一登・吉田雄紀・青木修一郎・宮嶋望・半田剛久・山下博司(訳)、2014、『マレー数理生物学入門』初版、丸善出版 ISBN 978-4-621-08674-2
  • Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney、桐木紳・三波篤朗・谷川清隆・辻井正人(訳)、2007、『力学系入門 原著第2版―微分方程式からカオスまで』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-01847-1
  • Alan A. Berryman (Oct. 1992). “The Orgins and Evolution of Predator-Prey Theory”. Ecology (Ecological Society of America) 73 (5): 1530–1535. doi:10.2307/1940005. http://www.jstor.org/stable/1940005. 

外部リンク