兵藤慎剛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
兵藤 慎剛
名前
愛称 ヒョードー、ヒョウさん、ヒョウ
カタカナ ヒョウドウ シンゴウ
ラテン文字 HYODO Shingo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1985-07-29) 1985年7月29日(38歳)
出身地 長崎県長崎市
身長 172cm
体重 68kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2016 横浜F・マリノス 268 (32)
2017- 2018 北海道コンサドーレ札幌 47 (2)
2019-2020 ベガルタ仙台 23 (1)
2021 SC相模原 7 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年12月21日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

兵藤 慎剛(ひょうどう しんごう、1985年7月29日 - )は、長崎県長崎市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー

来歴[編集]

私立海星中学に入学し、中学1年ながらレギュラーに定着。小学校時代から特筆すべきサッカーの技術を発揮していた。13歳ながらリフティングは体力がなくなるまでできたという。長崎県の名門国見高校では2年時にレギュラーに定着し、全日本ユース選手権制覇、3年時にはインターハイ高校選手権を制覇し、高校サッカー部の三大タイトルを全て獲得した。高校時代の同期に平山相太中村北斗らがいる。また、3年時の8月には平山らとともに、一年代上のU-20日本代表候補トレーニングキャンプに招集された経歴も持つ。

卒業後は早稲田大学スポーツ科学部)に進学し、当時東京都リーグ[1] だったア式蹴球部に入部した。

U-20日本代表として、2005年のワールドユース選手権に出場。日本代表の背番号10を背負い、キャプテンも任されるなど大熊清監督に重用されたが、周囲のプロ選手とのプレイスピードが合わず、孤立する場面が多かった。

ユニバーシアード日本代表として、2005年イズミル大会に出場。日本代表の金メダル獲得に貢献した。

最終学年である2007年度には第56回全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)で優勝、自身もMVPを受賞し大学サッカーでの有終の美を飾った。

2008年度はプロとして横浜F・マリノスでの新たな選手生活が始まった。 これまでの輝かしい実績を引っ提げ、大物ルーキーとして期待されたが、シーズン序盤は出番が回ってくることは少なかった。しかし、同年シーズン中にF・マリノスに木村浩吉監督が就任してからは兵藤は持ち味を発揮し、プロ初得点も含めてレギュラー定着のみならず、主軸にまで上り詰めた。本職は左サイドハーフオフェンシブハーフだったが、センターハーフでの起用も多かった。

2009年度からは副キャプテンにも任命され、チームからの信頼も更に増した。

2010年度は栗原勇蔵とともにキャプテンを務めた。

2013年10月7日に一般女性と入籍。

2017年1月10日、北海道コンサドーレ札幌へ完全移籍することが両チームより発表された[2]

2017年12月2日、第34節のサガン鳥栖戦で、史上98人目となるJ1通算300試合出場を達成する[3]

2018年12月29日、ベガルタ仙台に完全移籍することが発表された[4]

2020年をもってベガルタ仙台との契約が満了[5]

2021年は暫く、所属クラブはなかったが、8月にSC相模原に加入することが発表された[6]

2021年12月9日、SC相模原との契約が満了[7]

2022年2月5日、現役を引退することが発表された[8]

2023年1月22日、母校である早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任する事を、自身のインスタグラムにて発表した。

エピソード[編集]

  • 国見高校では「歴代最高のキャプテン」と呼ばれ、F・マリノスでは2年目にしてキャプテンマークを巻いた。
  • チーム内ではヘアスタイルに因み「カッパ」と呼ばれる。
  • 国見、早大、F・マリノスの後輩である渡邉千真とは2011年まで計8年一緒にプレーした。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 国見高 9 - - - 3 0 3 0
2003 10 - - 2 1 2 1
2008 横浜FM 17 J1 28 2 7 0 4 1 39 3
2009 30 1 10 1 2 0 42 2
2010 7 32 6 6 1 3 0 41 7
2011 34 6 5 1 4 1 43 8
2012 34 4 5 1 5 1 44 6
2013 33 7 10 1 5 2 48 10
2014 31 3 2 0 1 1 34 4
2015 28 1 5 0 2 0 35 1
2016 18 2 8 1 2 0 28 3
2017 札幌 6 32 2 1 0 0 0 33 2
2018 15 0 4 0 2 1 21 1
2019 仙台 13 1 3 0 3 0 19 1
2020 10 1 0 0 - 10 1
2021 相模原 37 J2 7 0 - - 7 0
通算 日本 J1 338 36 66 6 33 7 437 49
日本 J2 7 0 - - 7 0
日本 - - 5 1 5 1
総通算 345 36 66 6 38 8 449 50

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2014 横浜FM 7 5 1
通算 AFC 5 1

代表歴[編集]

出場大会など[編集]

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ トップリーグである関東学生リーグ1部からは2つもカテゴリが下である。
  2. ^ 横浜F・マリノス 兵藤 慎剛選手 完全移籍加入のお知らせ 2017年1月10日付 株式会社コンサドーレ 2017年1月10日閲覧。
  3. ^ 2017明治安田生命J1リーグ 第34節 兵藤 慎剛 選手(札幌)J1通算300試合出場達成”. Jリーグ.jp (2017年12月2日). 2018年6月1日閲覧。
  4. ^ 北海道コンサドーレ札幌 兵藤慎剛選手 完全移籍加入のお知らせ - ベガルタ仙台公式サイト、2018年12月29日
  5. ^ 兵藤慎剛選手 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2021年1月13日https://www.vegalta.co.jp/news-team/2021/01/post-955.html2021年1月31日閲覧 
  6. ^ 兵藤慎剛選手 新加入のお知らせ』(プレスリリース)SC相模原、2021年8月6日https://www.scsagamihara.com/news/post/202108060022021年8月7日閲覧 
  7. ^ 契約満了選手のお知らせ』(プレスリリース)SC相模原、2021年12月9日https://www.scsagamihara.com/news/post/202112080012021年12月21日閲覧 
  8. ^ 兵藤慎剛選手 現役引退のお知らせ”. SC相模原. 2022年2月5日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]